TSお姉様が赤面プルプルするのって最高だよね
TSお姉様、街中を練り歩く
「ジル、美味しい肉が入ったぜ!」
「魔力銀製ナイフが入荷したよ!」
「ジルさん!注文してた茶葉が入りました。あとで取りに来ませんか?」
「ジル、此間の薬ありがとな。お陰で爺様も痛みが取れたって大喜びだ」
「相変わらずいい尻だ……」
……最後の奴、またお前かよ! 顔は覚えてるからな!
笑顔を振り撒きつつ俺達は街の中心部を練り歩く。承認欲求を十二分に味合わせてくれる街歩きは、非常に大好きだ。お土産も沢山手に入るし、それだけで1日の御飯が手に入る程。当然偶に恩返しもするので、俺の人気は留まることを知らない。
アートリスに来た頃はナンパも激しく遇らうのに苦労したが、超級冒険者の俺に声を掛ける馬鹿は随分減った。まあ、ゼロではないが。
「ジル、その可愛い子は誰だい? 変わった服といい何処か別の国から来たんだろ?」
そんな俺が手を繋いで歩く少女がいれば気になって当然だろう。よく寄らせて貰う雑貨屋のおばさんが自然に聞いてくる。
「今度一緒に住む事になったターニャちゃんです。おば様? 後で揃えたい物があるので、また来ますね」
一緒に住む……そのキーワードに一瞬周りが騒つく。
今まで孤高の女冒険者だった俺の、突然の同棲宣言に皆が驚いたのだろう。いや、同性だけどね。見た目も中身も! 言葉にすると俺キモいな……考えるのはやめよう。
「へえ、そうなのかい。ターニャちゃん、宜しくね。私はこの店の看板オババ、マリシュカさ。 ジルの妹分なら何時でも安くして上げるからね!」
看板娘という寒い台詞を言わないだけ良かったが、看板オババとは新しいな。
「マリシュカさん、ありがとうございます。ターニャと言います。まだこの街に来たばかりなので、御迷惑をお掛けすると思いますがよろしくお願いします」
日本では良く出来た子だねぇと感心される位だろうが、この世界では異常と言っていい返しだった。頭までちょこんと下げられては、変わった挨拶の仕方だなとは済まない。周りも固まったし、案の定マリシュカは俺の腕を引っ張ってターニャちゃんから引き離した。
「ジル、貴族様ならちゃんと教えておくれよ! 失礼があったら大変じゃないか!」
「いや……貴族と言うか……事情がありまして。兎に角心配する様な事にはならないですから、安心して下さい」
実際貴族だったらこの対応すら良くないですよ、マリシュカさん。
しかし設定を考えて無かったし、説明も面倒くさい。 余り続く様なら考えよう。今重要なのは、ターニャちゃんが俺の保護下にある事を知らしめる事だ。いつも張り付いている訳にもいかないし、危険性は少しでも減らしておきたい。
マリシュカは俺の中でアートリスの看板オババならぬ、拡声器オババだ。彼女が知れば一晩でアートリス全域に伝わるのだ! ツェツエ王国の魔素伝達網を超えるとの噂もある……流石に冗談だと思いたい。
「妹分と言うか、実質妹と言っていい子なので私からもお願いします。あっ、血は繋がってないですから」
よし、これで大丈夫だろう。後で上手く話すつもりだったが一手間省けたぞ。
「そりゃ見たら分かるよ。あの子も綺麗だけど流石にアンタ程じゃないし、髪も眼も違いすぎじゃないか。それにジルから見た目以外貴族様らしいとこなんて感じないからね! ハハハ!」
色々と失礼なオババだな! 今度思い切り値切ってやる! それにターニャちゃんは原石なんだ、服とか整えて驚かせてやるぜ!
「おば様、失礼ですよ!」
「だって本当の事じゃないか! ハッハッハッ!」
「全く……」
周りで聞き耳を立てていた連中も、明るい雰囲気に何かを察したのだろう。一様にホッとした様子だった。
何処か憎めないマリシュカにジト目を送ったあと、二人で店先に戻ろうと振り返った。
「……ん?」
視線の先にはターニャちゃんに絡む3人の男達がいるし。
ええ……? 今はそういうの要らないんですが……出来ればターニャちゃんに魔法を教えた後が良かったなあ。絡まれながら男心もわかっちゃうターニャちゃん……遠慮しがちに断っても引き下がらないアホ達、そして仕方なく魔法でお仕置きするまでが決まりじゃん。
ていうか、今の周りの雰囲気分かってないのかよ。恐らく他国から流れてきた冒険者だろうなあ。汚いし髭もじゃだし、装備も整えてない。高くてもクオーツか下手したらスカベンジャーかもなぁ。
此方からはターニャちゃんの背中しか見えないが、きっと怖がっているだろう。ここは格好良いお姉さんの登場で済ましておくか。
「ちょっとアナタたち……」
バキッ! ブオン! ドグッ! ガキン!
……いや、だってホントにそんな音がしたからね?
背中越しだけど見えたし。
真ん中の男が腰から鞘ごと外し自慢気に見せた小剣を、躊躇せずにターニャちゃんは上に引き抜いた。その勢いのまま男の顎をボンメル、つまり柄頭で撃ち抜いたのがバキ!で。ブオン!ドグ!は更に剣を持った自身の腕を巻き込む様に振り回して勢い良く剣の腹を隣の男に当てた音。ガキン! 狙いが逸れたのか、最後の男の脛当てに当たった音です。はい。
「えぇ……」
歩き出した俺は思わず立ち止まり、持ち上げた手すら固まったままだよ。
「痛えっ……この餓鬼が、よくも兄貴達を!」
よくも兄貴達をって……そんな嘘みたいな台詞を真面目に聞く事になるとは、笑いが我慢出来るかな?
て言うかターニャちゃん、なんか手慣れてないですか!?
ターニャちゃんは終わらせるつもりだったのか、身体が泳いだままで防御も躱す事も難しいだろう。痺れたのか小剣も地面に落ちてしまっている。
「はいはい、そこまでです」
出鼻を挫かれた気がするが当初の目的をクリアしよう。
3人目の男が振り上げた腕を右手で留め、残り二人の様子を伺う。二人とも意識はあるが、顎と脇腹を押さえて呻き声を上げている。余程上手くしないとこんなダメージ入らないけどなぁ……油断してたとはいえ魔力強化なしなら尚更だよ。
「なんだテメェ!邪魔すんな!」
俺の顔と全身を見た雑魚キャラCは、直ぐにダラしなく表情を崩して此方に向き直った。因みに呻いてる二人がA,Bね。
「なんだ? お前が代わりに責任を取ってくれるのか? ああん!?」
「責任も何も絡んだアナタ達が悪いんでしょう? この子が可愛いからって無理矢理は駄目ですよ」
無理矢理じゃなければいいよ? 俺の目の前が条件だけど。口説かれて困り顔のターニャちゃんも見たいからね。
「ああ!? なに難癖つけてんだ!」
魔力強化した俺の力に腕を振り解く事も出来ずに、少しだけ焦った様子の雑魚キャラC。まあ、確かに全部を見ていた訳ではないな。
「ターニャちゃん、これって難癖?」
「いえ、間違いなく無理矢理連れて行かれそうでした」
「だそうです」
このまま立ち去れば……とか言う無駄はしない。二度と悪さしない様釘も刺さないといけないからね。
「このツェツエ王国では子女誘拐は死罪ですよ? 未遂とは言え許される事ではありません」
「誘拐って何だよ! 少しだけ遊ぼうとしただけだろうが!」
「あら? 簡単に自供してくれてありがとうございます。まあ、此処で私を倒して逃げれば何とかなるかもしれませんね」
この辺りから周りは距離を取り始めて鑑賞スタイルに移行している。分かっているけど他人事過ぎない?
雑魚キャラCは少しだけ考える素振りをしたが、腹を決めたのだろう。少ないチャンスに賭けるみたいだ。残念ながら僅かな可能性も無いけどね。
此処で倒れていたABも何とか立ち上がり、参戦するみたいだな。3人になり強気になったのかCも余裕の表情に戻る。
ふふふ……久しぶりに人相手の無双だぜ。ターニャちゃんだけでなく、みんなも注目だよ!
「やったな、久しぶりに超級冒険者の戦いが見れるぜ」
「魔剣少しだけでも見せてくれるかな?」
「いや街中だし剣は抜かないだろ、魔力強化で一瞬で終わりだな」
「何秒持つか賭けるか?」
「馬鹿、賭けにならねぇよ。一瞬をどうやって計るんだよ」
あっ……やばい。
雑魚キャラさん達が不安そうに顔を見合わせてるぞ……ほらこっちだよー、超絶美人のジルさんだよー。
「超級ってまさか……」
「ああ……馬鹿みたいに美人な若い女で、ドラゴンすら斬れる魔剣使い……」
「白金の髪は珍しくないが、水色の瞳を見たら逆らうなって……」
揃って俺の眼を見て、顔色が真っ青を通り越して白くなったし……
「超級冒険者、魔剣のジル?」
あちゃー……。
「「う、うわーー!」」
「こらー! 今度この子にちょっかい掛けたら許さな……」
地面に再び剣を放り投げると、直ぐに通りの角から姿を消し走り去って行った。
またも持ち上げた腕はそのままになり、観衆からは何故か憐憫の眼差しが送られて来る。いや、皆んなのせいだからね!? しかもターニャちゃん、何か面白いものを見た的な顔してるし……。
「……お騒がせしました」
漸く下ろせた腕はダランと力無く垂れるのみ。腹立たしい事に風まで吹いてピューと音を立ててくれた。
「みんな助けてくれても良かったじゃないですか……お二人なんて昔コランダムまで達した冒険者だったんでしょう?」
刃物屋と肉屋の親父達は確か冒険者上がりの筈だ。あの位の雑魚なら引退したとは言え片手で捻る事も出来ただろう。
「スマンスマン。この娘、ターニャちゃんだっけ? あしらい方も上手い、更に余裕もありそうだったからな。それにジルの知り合いならさぞ強いと思ってたし、お前も近くにいたから……勿論いざって時は助けるつもりだったぞ? なあ?」
「ああ、その通りだよ。実際凄い腕前だし……流石に魔剣ジルの妹分だね」
くそー……そう言われたら反論出来ないな。
まあ、結果的にターニャちゃんに怪我も無かった訳だから良しとしよう。
「ジル! 急ぎの用事じゃなかったら先に寄っていきな。ついでにお茶でも飲んで落ち着いたらどうだい? お昼も一緒にね!」
マリシュカから大声を張り上げての有難いお誘いの言葉を頂いた。選んだ商品は取り置いて上げるし、後で取りに来ればいいと言われれば断わる理由も無い。それに今から服を選んでいたら中途半端な時間になるだろう。
「ターニャちゃん、それでもいい?」
「はい、御馳走になりましょう」
素直な返事に思わず笑顔になるが、さっきの大立ち回りの説明して貰うからね? 大の男達相手に怪我までさせて動揺なしとか普通じゃないから! それとも俺が転生して22年の間に日本は戦国時代に逆戻りでもしたのだろうか? そんな下らない事を考えながら、雑貨屋の扉を潜る。
先を歩くターニャちゃんの背中は小さな少女にしか見えなかった。
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