ぼくの初恋は、始まらない。第2章

さとみ・はやお

第24話

木曜日の夕刻、高槻たかつきさおりに招待されてぼく窓居まどい圭太けいたが出席した食事会には、高槻の妹みつきや神使しんしきつこのみならず、わが姉しのぶや従妹いとこ明里あかりまでがばれていた。

宴たけなわとなるにおよんで、さらにサプライズなゲストがもうひとり、登場した。その人とは……。

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「さおり、みきさんというかたがお見えになったわよ」

高槻のお母さんの一言に、ぼくは一瞬、耳を疑った。

「みきさん」って、あの美樹みき先輩?!

襖の向こう側を見ると、果たしてそこに立っていたスリムで長身の女性は、美樹みちるだった。

帰宅後に着替えを済ませたと見えて、来客のぼくたちのような制服姿ではなく、私服だった。
いかにも彼女らしい、シンプルな白のブラウスに黒のスリムなパンツルックというマニッシュな出で立ちだ。

「やあ、皆さん、こんばんは!

わたしは、高槻くんや窓居くんと同じく池上いけがみ高校に通う、美樹みちるという者だ。初めてのかたは、よろしく。

高槻くん、きょうは素晴らしい会にお招きいただき、本当にありがとう!」

高らかにそう挨拶をして、まずは高槻の隣りに座った。

高槻は、美樹先輩に対して、こう返事をした。

「先輩、どういたしまして。ようこそいらっしゃいました。

先輩が先日、わたしの妹や、窓居くんのお姉さまともお会いになりたいとおっしゃっていたのを聞いたので、これまでいろいろお世話になったことへのささやかなお礼として、この会にお誘いさせていただきました。

さっそくにお運びをいただき、ありがとうございます。

どうか、心ゆくまで会をお楽しみください」

これで、さっきの高槻の電話の相手は美樹先輩だったとわかったのだが、そういえば高槻が電話を切ってから十分くらいしか経っていない。

先輩が普通に徒歩と電車でここまで来るならば、間違いなく十五分以上かかるはず。

ということは、タクシーでここまで飛ばして来たとしか考えられない。

どんだけ気合い入ってんだよ!!

先輩は着席した後、改めて周囲をしげしげと見まわして、再び彼女らしく芝居がかった調子でこう言った。

「なんだここは、この世の楽園ってやつか!?

高槻くんや狐島こじまくんはもちろんのことだが、高槻くんの妹くん、さらには予想してなかった窓居くんの姉上、従妹くんまで勢揃いしていたとは!

わたし好みの美少女ばかり揃えてくれて、先輩は感涙にむせんでいるよ、高槻くん」

あー、この会は本来そういう趣旨ではないのですが、先輩?

だが、そんなぼくのツッコミなどまったくおかまいなしに、先輩は女子ひとりひとりに声をかけ、歓談を始めた。
まあ、いつもの先輩のペースだけどな。

この会は、先輩の参加によってたちまち、「美樹ハーレム」と化した!!(ドラクエ風に)

にわかにしぼんでいく、ぼくの存在感。ああ……。

ひとわたり、初対面の女子と挨拶を交わした後、先輩はきつこにも声をかけた。

「狐島くん、どうだね、このグループに入れてよかっただろう?  実に素晴らしい学園生活だ」

「うん、そう思うよ。ボクは美樹先輩、圭太やさおり、それにみつきやしのぶ、明里と友達になれて本当によかったよ」

立て板に水の調子で、きつこはそう返事をした。

それを聞いて、一瞬、先輩は「?」といった表情になった。

「狐島くん、そんな喋りかた、してたっけ……?」

あちゃー、昼間の外人キャラを忘れてるぜ、きつこ!

ぼくが、あわてて間に入った。

「いやー、先輩、きつこは実はまったく外国帰りでもなんでもないんです。

ただ……ちょっと大人の事情がありまして、交換留学生という名目でないと、この高校に入れなかったので、そういうキャラを演じているわけでして……。

すみませんが、このことは学校のほうには内緒にしていただけませんかねぇ。
この通り、お願いします」

ぼくがそう言って頭を下げると、先輩は「うんうん」とうなずきながら、こう答えた。

「わかったよ、いろいろ事情があるということは。
先輩も、その程度のことで学校に告げ口をしたりはせんよ。安心したまえ」

そのへんはいかにも男前な性格の先輩らしく、すんなりと承知してくれた。助かったぜ。

「よかった。恩に着ますよ、先輩」

ぼくは先輩にお礼を言った。

きつこはしばらくキョトンとした顔をしていたが、そこまで聞いて、さすがに自分のやらかしたボカを自覚したと見えて、自分の頭を拳で軽く叩いて、反省のポーズをしたのだった。

まったく、天然なやつ。
きつこには、これからもハラハラさせられそうだな。

今回は「ニセ外人」がバレただけで済んだからいいようなもんだが、彼女の正体が「あやかし」だとバレて学校中に広まったら、こんなことじゃ済まんだろ。ヒヤヒヤしたぜ。

まあそんなこと、今は美樹先輩がいる以上、口に出して言うわけにはいかないんだけどな(苦笑)。

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さて、食事会のそれからの展開はといえば、ぼくが予想した通り、美樹先輩がもっぱら主導権を取るかたちになった。

食事が済んだあとには、先輩が「じゃあ、余興にみんなでゲームでもしようじゃないか」と提案して、おおかたの支持を得た。

彼女がやりたいというゲームは、やはりというか、当然というか「王様ゲーム」だった。
もう、やる事がベタ過ぎません、先輩?

最初は、わがお姉ちゃんが「えー、いやだー、明里ちゃんがわたし以外の人と、きわどいことになっちゃうかも」などと言って参加を渋っていた。

それに対し明里が「これはゲームやから、ノーカウントやで、しのぶちゃん」などとわけのわからない理屈で説き伏せようとしたのだが、さすがにこのままではまずいと考えたのだろう、高槻が「罰ゲームはキス・脱衣・告白の三つは禁止したほうがいいわね」と提案、他の連中もそれを承諾したので、お姉ちゃんもやっと納得した。

これでなんとか全員参加で開始する運びとなったのだ。

実はそれから二時間以上も「王様だーれだ?!」が繰り返されたのだが、ぼくは正直言ってその詳細をここに述べたくはない。

もう、ゲームの展開でひたすら神経をすり減らし、疲れたからね。

でも、かいつまんで言えば、終始美樹先輩のお楽しみタイムだったということだ。

三つの禁止事項こそあったが、裏返せばあとはなんでもありということになってしまい、ポッキーゲームありーの、ツイスターもどきありーの、チークダンスありーので、自分がその特典にあずかるだけでなく、他の女子のキャッキャウフフという歓声・嬌声を聞いて楽しんでいた先輩は、まさに桃源郷のぬしの気分だったろう。

え、そういうお前だって女子だらけの環境の中、ウハウハだったろうって?

いやー、そうならなんの苦労もいりませんって。

まだまだぼくには、美樹先輩ほど場を楽しむ才能がないってことになるのかな。

ぼく自身は、王様になっても周囲の女子の思惑が気になって、あまり無茶ぶりな罰ゲームを与えられず、いささかきわどいシチュエーションの罰ゲームが回ってきても、それを楽しむ心のゆとりもなく、ひたすら疲弊するだけだったのだよ。

結局、美樹先輩という王様をフルに楽しませて、ゲームは終了したのだった。


いつの間にやら、時間は八時を過ぎているのにぼくは気づいた。

「そろそろ、おいとましたほうがいいんじゃないのかい、ぼくたち?」

と、ぼくはお姉ちゃんと明里にお伺いを立てた。

すると明里は、こう答えた。

「そやけど、もうちょっといさせてくれへん?

こんな楽しい会、めったにないわ」

お姉ちゃんも、

「明里ちゃんがそう言うんだったら、お姉ちゃんも、もう少しいたいと思うの。

けーくん、高槻さんにお願いしてくれない?❤️」

と、甘えた声を出してぼくに懇願してきた。しょうがないなあ。

ぼくは高槻に、おずおずと聞いてみた。

「高槻さん、姉や従妹もああ言っていまして……。

もう少しおじゃまさせてもらっていいかなぁ……?」

高槻は、全然問題ないと言わんばかりの表情でうなずいた。

「もちろんよ。わたしもお姉さまたちといると、とっても楽しいしね。

なんなら、うちにこのまま泊まっていってもいいわよ」

「いや、それはさすがに図々しすぎるよ。

それに、明里は明日、新しく入る学校の手続きに行かなきゃいけないんで、遠慮しときます……」

「えー、ぜんぜん構わないのにー。

じゃあ、終電までということでどうぞ」

明里はそれを聞いて、がぜん意気が上がった。

「高槻さん、おおきにありがとうね。

やったね、しのぶちゃん。さっそく、叔母さまに電話して、帰りが遅うなること、伝えるわ」

と、携帯電話を出して、わが母にかけ始めるのだった。


その後しばらくして、高槻は立ち上がって、全員にあることを発表した。

「いましがた父が帰って来たので、きつこさんの下宿の件をお願いしたの。彼女を父に引き合わせてね。

無事、オーケーをもらえたわ。きょうから、彼女はわたしたちと一緒に暮らすことになりました。

きつこさん、これからよろしくね」

「ありがとう、さおり。うれしい!」

報告を聞いたきつこはさっそく高槻に飛びかかり、熱いハグ攻撃をして高槻をたじたじとさせたのだった。

「よかったな、狐島くん。
じゃあ、今夜はそのお祝いを兼ねて、また祝杯だ。
イェーイ、チアーズ!!」

美樹先輩、アルコールが一滴も入っていないのに(高校生だから当然だが)、そのハイテンションぶりはとどまるところを知らない。

そんなこんなで、もはやなにが趣旨の会だかまったくわからなくなってきたが、会はまだまだ夜更けまで続くのであった。

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夜半近く、やっとのことで姉や明里をせき立てて、高槻姉妹やきつこが見送ってくれる中、ぼくは美樹先輩とともに高槻邸を辞したのだった。

とんでもなくカオスな一夜だったけれど、それなりに得るものはあった。

高槻さおりという同級生の、これまでは気づくことのなかった一面を、知ることが出来たのだから。

そして、その妹みつきもいつも通りの勝気キャラだったことに、心底ホッとした。

「美樹先輩、いい夜でしたね」

「ああ、みんな楽しそうだった。これはやっぱり女子全員が、窓居くんのことを頼っているからこそじゃないのかな」

「えー、そうですかね。ぼく、そんなに頼もしい人間じゃないですけど」

「そんなに自分を低く評価する必要はないよ。女子の中でも高槻くんは転入した日以来、きみと榛原くんを本当に頼りにしている。

きょうの彼女の晴れやかな表情、そして妹くんとの仲むつまじい様子を見るに、月曜日にわたしに相談してきた問題は、すっかり解決できたようだね。

先輩はきみたちから聞いた限りの事情しかしらないが、その解決にあたってはきみも大いに貢献したんだろう。

そのくらいは先輩にもわかる」

先輩のその言葉に、ぼくはゆっくりとうなずいた。

「はい、お察しの通り、高槻さん姉妹の問題はきょう、完全に解決しました。

ぼくも、そのお手伝いぐらいは出来たかなと思っています」

「やはり、そうか。それはよかった。

そういうことの積み重ねが、相手の信頼を勝ち得ることにつながるし、引いては恋愛関係の土台にもなると、先輩は思っているよ」

「恋愛関係の土台、ですか?」

ぼくは先輩に、聞き返した。

「ああ。これまできみが告白した相手へ対して十分出来ていなかったことがあるとすれば、そういう地道な信頼関係を築く努力だったのかもしれないね。

今回のきみは、十分それをしてきたと思う。

ならば、友人から恋人になるのもそんなに遠い将来じゃないと思うな。きみには頑張って欲しい」

「そうなんですか?  ぼくと高槻姉妹のどちらかが恋人同士になる可能性もゼロではないと?」

「ああ、ゼロどころか、相当な高確率で。
これは先輩のカンだ」

「そんなものですかねぇ」

「先輩もまた、思いびとに思われるよう、せいぜい頑張るよ。

願わくは、きみと思いびとがバッティングしないことを祈るけど。ハハッ」

そう言って、先輩は高らかに笑ったのだった。

そりゃ、ぼくだって、先輩の恋仇こいがたきにはなりたくないけどね。

ちょっとだけ複雑な思いを抱きながら、ぼくは先輩に笑みを返した。

その後、私鉄電車に乗ったぼくたちは、本町ほんまち駅で先輩に別れを告げて家路を急いだ。

長い水曜日が、こうしてようやく終わりを告げたのだった。

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翌朝のことだ。

きょうからは別に早起きする必要がない気安さから、目覚まし時計のアラーム設定をせずに、ぼくは安眠をむさぼっていた。

と、いきなりぼくの身体の上に誰かが降って• • •きた。

「フライング・ボディ・アターック!!」
「ゲフッ!!」

かなり手荒い目覚ましだった。ラブコメではフツー、ありえない展開だろ?!

目を開けて、ぼくの上に乗っかっている人物を確認すると、白い浴衣にスリムな身体を包んだきつこだった。

しかも胸もとがはだけていて、中身が丸見えだ。正視するのはいささかはばかられる。

「ちょっ、きつこ、お前どうしてここに?!」

きつこは例によって能天気な調子で、こう答えた。

「あ、圭太は知らなかったっけ?

ボクはあやかしだから、瞬時に空間移動するぐらい、朝メシ前• • • •なのさ。

どう、今のシャレ、キマった?」

「うまいこと、言ったつもりかよ?」

「とにかく、圭太のお目付を引き受けた以上、こうしてさおりと圭太の家を自由に行き来して監督しなさいとの、神様のおおせなのさ。

朝イチは圭太の起床をがっちりサポートしてあげるから、安心してて」

「お前、頼みもしないのに勝手に引き受けるんじゃないって。

だいたい、ラブコメでは主人公の起こし役は、となりの幼なじみと決まっているだろうが!」

そんなやりとりをわちゃわちゃとやっていると、いきなりぼくの部屋のドアが開いた。

「誰か来とるの? なんか騒がしいわ」

パジャマ姿の明里だった。重なりあっているぼくたちをいきなり目の当たりにして、まん丸な明里の目が点になった。

「あらー、朝っぱらからお盛んやねー。

しっつれい、しやした。ほな!」

「こらこら明里、これにはわけがあるんだーっ!」

と、ぼくがあわてて言うも手遅れで、明里はさっそくキッチンにいるお姉ちゃんのところまで報告に行ってしまった。あぁ……。

せめて、高槻家に泊まったはずのきつこがなんでここにいるのか、ツッこめよ!


明里の反応を見てもきつこはまったく悪びれることなく、こう言った。

「じゃあ圭太、また学校で会おうね」

そして魔法のように、一瞬にして消えてしまった。

なんてことだ。何かとうざいきつこを高槻家に預ければのんびり出来ると思っていたのに、これじゃまったく意味ないじゃん!!

朝っぱらから完敗のぼくだった。

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とはいえ、一週間前を考えればずいぶんと状況は変わった。

高槻姉妹は、好意とまではいわないまでも、ぼくをだいぶん頼りにしてくれるようになったし、恋人にするにはいろんな意味で毛色が変わってるけど、少なくともぼくになついてくれるきつこもいる。

これだけ選択肢が揃えば十分だろう。
……ていうか、選ぶとかそういったレベルじゃないだろ、自分。
その中のひとりだけでもいいから、なんとかしろって(苦笑)。


そんなこんなで、二十四話の長きにわたってあれこれ奮闘したわりに、ぼくの初恋はまるで始まってない、やれやれ。

けどな、焦りは禁物だ。これからが勝負とも言える。

まだページに余裕があるらしいから、次章で巻き返しを図るぜ。期待しててくれ。

(第2章・了 第3章に続きます)


          

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