ぼくの初恋は、始まらない。第2章

さとみ・はやお

第15話

火曜日の放課後、ぼく窓居まどい圭太けいたは日本一の繁華街・銀座で、シスコン女子中学生高槻たかつきみつきの買い物に、いつのまにやら付き合う羽目になっていた。これも一種のデートなんだろうか?

みつきはデパートの松屋で、まずはひとつめの買い物を済ませた。彼女とぼくのチョイスが偶然ながらうまく一致して、花柄のブラ・ショーツのセットを買ったのだった。

それにしても、ランジェリーコーナーでの小一時間は、ぼくにとっては修行、苦行、荒行の連続で、数時間にも感じられた。

これに比べたら、先日の拉致監禁など、ちょろいもんだったと言わざるをえなかったぜ、まったく。

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続いて、ぼくたちは再びエスカレーターに乗り、階下に向かった。

「さっきのところで、だいぶん予算をセーブ出来たわ。

残りの1万6千円分あれば、けっこういいものが買えそう。楽しみだわ」

と、テンションが上がっているみつき。

彼女がぼくに告げた次の行く先は、3階、キャリアファッションのコーナーだった。

先ほどのリサーチで、彼女にふさわしいブランドやスタイルは見つかったのだろうか。

果たしてみつきは、今度はブランドをひとつずつ見るのでなく、迷うことなくすたすたと、お目当てと思われる売り場まで歩いて行ったのだった。

それは、「23区」のスモールサイズのコーナーだった。

「23区」といえば、日本を代表するアパレルメーカー、オンワードがプロデュースするキャリアファッションブランド。

まだミドルティーンのみつきに着こなせるんだろうか?

そう彼女に尋ねてみたら、こともなげにこう答えた。

「心配は無用よ。たしかに大人っぽいアイテムが多いけど、カジュアルなラインならあたしでも十分いけると思うわ。

23区は、オールエイジなところが好きなの」

「へえー、そうなんだ」

その発言は、いつぞやのギャル系ファッションだけがみつきのレパートリーだとばかり思っていたぼくにはちょっと意外だった。

だが、お洒落に敏感だと自認する彼女が、周りの子たちより先を行きたいと考えるのも自然な流れかな、そうも思った。

売り場にあるシャツ類をしばらく見ていたみつきは、ふたつを手に取り、スタッフのお姉さんに試着を申し出たのだった。

「このシャツのうちひとつは、雑誌で中村アンさんが着てたのよねー。
あたしにも、似合うかな?」

と、有名なモデルさんを引き合いに出して、ワクワク感がダダ漏れなみつき。

先ほど購入した品や学生鞄も持って、彼女は試着室の中に入って行ったが、入る前にぼくにこう言った。

「着たら圭太にも見てもらいたいから、試着室の前にいてよね」

そう言われてしまえば、しかたない。シャツがみつきに似合っているか、しっかりチェックしてあげなきゃなと、ぼくは試着室の前で待つことにした。

待つこと、4、5分。みつきは試着室の中から、小声でこうぼくに指示して来たのだった。

「ねえ、圭太。できたら、靴を脱いで中に入ってきてくれないかしら」

「ええっ、そ、そりゃ構わないけど」

ぼくはてっきりみつきが試着室のカーテンを開けて、試着状態を見せてくれるものと思っていたので、彼女のリクエストにちょっとだけ不安を感じながら、彼女の言った通り、靴を脱いで試着室の中に入ったのだった。

すると、みつきが上半身、セーラー服の上着からコットンのシャツに着替えて、うつむいた姿勢で立っていた。

「圭太、きょうは、ホント、ありがとね。

何もお礼は出来ないから、せ、せめてその代わりにと思って……」

みつきはおどおどと話しながら、顔を上げて、ぼくの方を見た。心なしか、頬があかくなっている。

彼女が羽織ったスカイブルーのシャツのボタンはひとつも止まっておらず、はだけたままだった。

つまり、下着のブラ、さっき買ったばかりのトリンプの青い花柄のブラジャーが、まる見えだった。

しかも、そこにはきれいな谷間まで出来ている。
それは美景とさえ言えた。

日曜日の時にも思ったことだが、みつきは小柄でスリムな体つきにしては、意外とバストが豊かなのだ。

この光景には、ぼくも一瞬、言葉を失った。

先日もこれによく似たシチュエーションがあったような気がしたが、あの時はさすがに修羅場の最中だったし、色っぽい雰囲気はゼロで、むしろ男性、つまりぼくをドン引きさせるだけだった。

だがきょうは、かなり雰囲気が違った。

デートもどきのショッピング中という、ある意味友好的なムードさえ漂うような流れでの、ニューブラお披露目。

これってけっこう、ヤバくないですか?

「それって、さっきの……?」
「そう、6階で買ったブラを、もう一度着けてみたの。
着けた状態を、圭太にも見て欲しかったの。

どう?  似合ってる、かな?」

みつきは、自分に酔っているのだろうか、焦点の合わない熱っぽい眼差しでで、ぼくに語った。

「圭太はこないだ、男性にしか興味がないって言ってたじゃない。

こういう、若い女の子の下着姿とか見ても、圭太は決していやらしい気持ちになったりはしないんだよね?

色仕掛けで迫って来たってムダって言ったよね?」

そう言って、いたずらっぽく微笑んだ。
ぼく、からわれてます?

先日、拉致監禁された時に、榛原はいばらからの演出指導により苦肉の策として言った「ぼくには色仕掛けで迫って来たってムダだからなっ!」というセリフを彼女はちゃんと覚えていて、今またぼくに突きつけてくるあたり、その小悪魔性は健在だった。

ここでそれを、相手の挑発に乗って正直に否定してしまうと、これまでいろいろ積み上げて、獲得してきたみつきの信用を、一気にフイにすることになりかねないな。そう思った。

こういう時は、ヘタに逆らわず、お姫様の言うことには「はい」とだけ言ってれば、無難にやり過ごせるはず。

幸いというべきか、ぼくは彼女の下着姿を見るのは二度目、いささか免疫が出来ているので、彼女にあわてた表情は見せずに済んだ。

……済んだと思う。済んだはずだ。たぶん。

ぼくは、脳内の防衛本能の指示に従って、こう答えた。

「あ、あぁ、もちろんさ。

ぼくは若いピチピチの女の子の下着姿を見ても、絶対いやらしい気持ちにはならないから、安心しな。

そのブラ、フレッシュな感じで、みつきちゃんにとてもよく似合っているよ。

みつきちゃんとぼくの見立ては、大正解だったね」

その答えを聞いて、みつきはうれしそうな表情になった。

「そうかそうか。女性の下着に興奮しないような男性のほうが、冷静にその良し悪しが判断出来るはずだから、圭太の鑑識眼は信用できると思うよ。

それじゃあ、シャツの方はどうかな?

もうひとつあるから、それを今から着るから、ふたつを比べての感想をちょうだい」

そう言って、着ていたシャツを脱ぎ、白とブルーのストライプシャツにさっそく着替えた。

前のボタンを止めていなかったので、作業はあっという間だった。

しかも、今回も前ははだけて、ブラはまる見えのままだ。

それを見てぼくは、こう答えた。

「そうだなぁ、最初のシャツもいいけど、今のストライプのほうが、いっそうみつきちゃんの若さや雰囲気に合っているんじゃないかな。

なんていうか、南フランスでバカンスを過ごすパリジェンヌみたいで」

思いつきの言葉で、感想を語るぼく。

「それにさ、青い花柄とのブラとのマッチングも、今のシャツの方がいいかな、と」

うっかり口にした言葉に、みつきのツッコミが入る。

「ちゃんとボタン止めて着たら、ブラは見えないから関係ないけどね」

そう言ってから、いかにもおかしげにハハッと笑った。

「あ、そうかー、こりゃ一本取られたな、アハハ」

と、ぼくも苦笑い。

これで、まるで本物のカップルのようになごやかな雰囲気になったのだった。

その笑い声を、外にいたスタッフのお姉さんがどういう感想を持って聞いたか、そのへんは考えないようにしておこう。


結局、買い物の方は、みつきがぼくの意見を採用してくれて、ストライプのシャツに決まった。

「残りの商品券の金額だと、千円ほど予算オーバーになっちゃうけど、それはあたしのお小遣いで補うつもり。
それで、親にも認めてもらうよう、話してみる」

「うん、それで大丈夫だと思うよ。
いい買い物、したじゃない」

ぼくもみつきの言葉に賛同し、買い物の成果をたたえたのだった。

レジで支払いを済ませ、満足げに商品の包みを受け取るみつきを見て、ぼくは安堵のため息をついた。
ようやく、重ーい肩の荷が下りた感じだった。

ふだんぼくがユニク●だの、ジー●ーだのでしている買い物と比較すれば、一流メーカー製品の値段はいかにも高いように感じたが、その品質の高さから見れば、けっして高価なわけではないのだろう。

みつきはこんな若いころから、本物の良さに触れて、数より質優先で服を選んでいるんだな。
それは、なかなか出来ないことだ。
普通は、たくさんアイテムを揃えて満足するところだが、あえてストイックな道を選ぶ。

彼女のファッションへのハンパない情熱に感心したぼくだった。

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1時間半ほどにおよぶショッピングを終え(正直、もっとかかるんじゃないかと思っていた)、ぼくとみつきは帰途に着いた。

帰りは五反田までは地下鉄、そこで普段使う私鉄に乗り換えた。

みつきの家に近い中町なかまち駅でぼくも降りて、彼女を家まで送っていくことにした。

家までの道のりで、みつきはこんな話をし始めた。

「男の人とふたりきりで外出したなんて、あたし初めてよ。あ、パパとならはさすがにあるけどね。

でも、相手が圭太でよかった。ほかの男の人とだと、異性を意識しちゃうでしょ。ホントに助かったわ」

はあ、それはなによりで。

でもなあ、相手がぼくでよかったと言われても、ぼくがガチ●モだからという理由からなら(ホントはそうじゃないんだけど)、ちょっと喜べない気もするね。
ぶっちゃけ、複雑な気分だぜ。

そんなふうにぼくが内心モヤモヤしていると、みつきはさらにこう言った。

「あたし、これまではたしかに男性アレルギーだったと思うの。

でも、圭太と知り合えたから、これからは男性と本当にお付き合いする前の、準備が出来ると思うわ。

圭太はあたしにいやらしい気持ちになって、襲いかかったりしないから、安心して男女交際のシミュレーションが出来るわね。
デート、じゃなくて、デートごっこよ。

いいでしょ?」

なるほど、ぼくはフライトシミュレーターならぬデートシミュレーターってことか。
あるいは、仮免状態の女性ドライバーのための訓練用車ってとこか。どうにもさえないな。

まあ、ぼくにしてみても、名うての跳ねっ返りのじゃじゃ馬娘とリアルに付き合おうなんてまるで考えてないから、別に問題はないけどね。

それに、ものは考えようで、みつきとしばらく彼氏彼女のシミュレーションをやっていれば、しかるべきリアル男女交際のチャンスがやって来た時に、無用の失敗をせずに済むんじゃないかとも思えた。
いきなり本番の恋愛で失敗するリスクは、大幅に減るはずだ。

よし、この提案、乗ることにしよう。

ぼくはみつきに、こう伝えた。

「ああ、まかせときな。
みつきちゃんの彼氏役、やってみせるから」

それを聞いて、みつきはちょっとだけ顔を赤らめて、身をよじらせるようにしながらこう言った。

「そんな、ストレートに言わないでよ。なんか照れるから。

あくまでもデートごっこだから。
それを忘れないでちょうだい」

「うん、ジャストジョークだよ。わかってるって」

そうぼくたちは笑い合って、彼女の自宅前で別れを告げたのだった。(続く)

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