約束の大空

佳川鈴奈

54.晋兄の奇跡 -舞-


晋兄にしがみつきながら、
馬の背に乗る私は背後から晋兄に話しかける。


「ねぇ、晋兄。
 怖くないの?」


そうやって紡いだ言葉に手綱を操る手が、
私の手に重なって声が聞こえる。


「怖くないヤツがいると思うか?」

「えっ?」

「怖いって事は自身の力量を知っているから怖い。

 バカはしねぇって事だ。

 だから舞、怖さを恐れちゃいけない。
 怖さを越えて、その先の奇跡を掴むんだ」



そう言って答えてくれる晋兄。


晋兄は何時だって私の中では英雄だよ。



「だったら……一人でも行った?」

「一人で行くことなんてねぇだろ。
 俺には舞も、こいつらもいる」

「でも……最初は皆反対してた。
 現に来てない人もいるよ」

「大丈夫だよ。
 時が来たら、自ずと集まってくる」


晋兄は噛みしめるように言葉を紡いだ。


今、晋兄たちと一緒に萩を目指してくれている人たちを
馬の上から見つめる。


石川小五郎さんが総督を務める遊撃隊。

そして伊藤俊輔。
後の伊藤博文さんが総督を務めた力士隊。

総勢80人。



「よぉーし。
 まず夜明けと共に新地会所を襲撃する」



そうやって告げた晋兄。



「一里行けば一里の忠を尽くし、
 二里行けば二里の義を表す。
 我らの忠義、今示さん。

 なぁに俺たちには女神が微笑んでる。

 舞、お前も何か言ってやれ」


そう言いながら、晋兄は私の方を見る。


えっ?
晋兄、それっていきなり無謀すぎない?
 

「えっと、今日こうやって晋兄を信じて集まってくれた人たちに
 本当に感謝してる。
 
 晋兄を信じてくれて有難う。

 人、一人の力は小さくて頼りないけど
 皆の力が沢山集まった時、国は動く。未来は拓くって信じてる。

 晋兄はそうやって、何時も遠い世界を見続けた人だから。
 今、出来る事をして未来を変えて行こう。

 だけど……一人一人の、その命は無駄にはしないで。
 必要のない命なんて何処にもないから。

 その命は、未来を生き抜くために大切な命だから」



そう……後悔だけはしたくない。


どんな歴史になっても、ただ同じ出来事が繰り返されるだけでも
知らされるのではなく、自分の足でその場所に居たい。

そう思ったから。



「無駄な命は一つもない。
 お前ら死ぬ気でやっても死ぬなよ」



晋兄の掛け声と共に、
力士隊と遊撃隊が動き出す。


「舞、お前も剣を握れ。

 目を背けずに今から起こる全てを刻み込め」




そう言うと晋兄は馬を走らせ始める。




人の波が押し寄せて打ち壊された会所のドア。


すでに晋兄の馬が辿りついた頃には、
切り合いが始まっていた。


放たれた弓矢が、頬をかすめる。


スーっと流れ落ちた血を拭って
周囲を見つめる。



「舞、後ろ」



そう言いながら晋兄は、馬の向きを変えて
弓矢を剣で叩き落とした。



「舞、目で見ようとするな。
 空気の振動を感じろ」


戦いながら実践を教えてくれる晋兄。


目を開けてちゃ、私は目に頼っちゃう。


だったら……今は目を閉じて、
晋兄の背中を預かる。


晋兄が駆る馬の振動を感じながら、
僅か向こう側で空気を切り裂く感覚。


反射的に、
その方角へ剣を向けて振り下ろす。



「舞、馬を降りるぞ」



そのまま晋兄は、私を抱き寄せて
一気に地面へと飛び降りる。


そのまま私の手を繋いで切り込んでいく。


目を閉じてたら歩けないから、
今度は目を開けながら、
向かってくる敵を見定めて、
私も刀を何度も振るう。


刀と刀が交わる音。


そして、一際目立つ銃声が周囲に響いていく。


「武器と食糧を確保」


目的が達成されたことを告げると、
何時の間にか戦意を喪失したらしい会所側の人たちは、
闘うことをやめる。



「お前たち、良くやった。
 舞、次の目的を果たすぞ」



荷車に乗せて運び出す武器と食糧。


そうやって次から次へと藩の主要拠点になってそうな場所を
襲撃しては必要なものを確保していく。

そんな繰り返しをしている中、
少しずつ、仲間たちも増え始めていた。



「舞、俺はこれより決死隊を募り
 三田尻の海運局を襲い船を奪う。

 船を失くして先の未来はない。 

 舞、お前はこいつらと共に俺たちの帰る場所を守ってくれ」

 
 
晋兄はそう言って私をこの中に残すと、
20人に満たない人たちを連れて一気に会所を飛び出していった。



時間だけが過ぎていく。




私に出来る事は、
そう……今、出来る事を精一杯するだけ。



さっきの戦いで怪我をした人の手当をして、
次の戦に備える。

そして……食事。



今は晋兄が帰ってくるのを信じて。

腹が減っては戦は出来ぬ。


限りある食糧を無駄には出来ないけど、
全く使わなければ、それも士気が低下しちゃう。

そう言う、もろもろの雑務をこなしながら
一日、二日と時間が過ぎていた。




「伝令有。
 
 丙辰丸(へいしんまる)・ 癸亥丸(きがいまる)など、三艇確保」



突如、もたらされた吉報に
留守を守ってる私たちの方にも喜びが走る。



「山縣狂介、奇兵隊と共に到着」


一気に膨らんでいく晋兄の勢力。




山縣狂介は山縣有朋のことだったはず。 



「遅くなってすまぬ。
 我らはこれより、金麗社へと本陣を構える」



遅れて来た山縣さんが告げると、
集まっていた人たちは、一斉に出陣の準備を始める。




「君はこちらへ」



そう言って山縣さんから差し伸ばされた手。



「君は戦女神なのだろう。
 高杉も後で合流する」



そのまま陣を移動して闘い続けた時間。


長州の骨肉の争い。


戦い開始から3日後。


一度は、負け始めていた戦は晋兄たち決死隊の合流もあって
一気に息を吹き返した。


その争いが決着したのは10日の後。


後の世で言う、大田絵堂の戦いは
晋兄たち正義派の勝利で幕を下ろした。







「舞、祝杯だ」




そう言って手を伸ばしてくれたその手を
私は、迷わずに掴み取った。




未来を切り開くために必死に立ち向かう、
そんな人の強さ。



思い。




その全てを噛みしめるように自分の中に、
刻み込みながら私は遠い京で「今を生きる」
二人の友を空を見上げながら考えていた。 
  



晋兄の起こした奇跡を一番近くで感じながら。

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