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約束の大空

佳川鈴奈

52.山南さんの苦悩 -花桜-


伊東甲子太郎。

その人が来てから山南さんは益々、表に姿を見せることがなくなった。

山南さんが居る場所は、自室に引き籠っているか、明里さんの暮らす場所。

私はと言えば、新選組の中で距離をとじ始めているように感じる
山南さんの傍に少しでも寄り添いたくて、屯所内の仕事の合間に
何度何度も、山南さんの部屋へと足を運ぶことしか出来なかった。


*

「山南さんが見えねぇ。

 あの人の心が何処にあるのか、山波花桜。
 偵察して、報告しろ」

*


あの日、土方さんに堂々と許可を貰った。

だけど私がやってることなんて、偵察とは程遠いし
偵察なんて最初からする気はさらさらない。

偵察なんて、私に頼むよりも山崎さん頼む方が効率がいいに決まってる。

だけど……土方さんは、あえて私に頼んでくれた。

勝手な思い込みだけど、山南さんの傍に居たいと望む私の想いを叶えてくれたんだって
そんな風にも思える。


その日も朝餉の支度・後片付け・屯所内の洗濯が終わった後、
僅かに見つけ出した時間を利用して、私は山南さんの部屋へと足を向けた。


ふいに山南さんの部屋の中から、カラカラ・ゴトンっと
何かが落ちるような物音が耳を刺激して私は慌てて部屋の障子を開いた。



「失礼します。山波です。
 山南さん、大丈夫ですか?」


勢いで開けてしまった扉。
いつもは必ず山南さんの返事を貰ってから開くのに……。


部屋の中には板の上に転がり落ちている真剣。
腕を抑えながら、床にうずくまっている山南さん。


「……山南さん……」


どう声をかけていいのかわからなくて、
私は名前を紡ぐしか出来なかった。


「山波君でしたか……情けないところを見せてしまいましたね」


そう言って私に告げる山南さんの表情は何処か寂しそうで悲しげに映った。



私の練習相手になるために、木刀で稽古はつけてくれる。

だけど私の練習相手なんて、山南さんにとってはリハビリにもなりはしない。
多分……そう言うことなのかもしれない。

山南さんはずっと、こうやって……再び真剣を握れる日を信じて練習していたのかもしれない。
一人、孤独な時間を抱えながら。


そんな山南さんの様子を見ていたら、何とか力になりたいって思っちゃう。
だけど私出来ることなんて、たかが知れてる。


山南さんのテリトリーである部屋に心を決めてツカツカと入り込むと、
内側から障子を閉める。

そして次に手を伸ばすのは、山南さんが持とうとしていた真剣。


「山南さん、剣を持ちたいんですか?
 持ちたいんですよね。

 山南さんの腰にあるものは飾り太刀なんかじゃないから」



そう言って山南さんの剣を鞘にしまって手渡す。
山南さんは私が渡した刀を受け取る。



「山南さん、今日も練習付き合っていただけませんか?
 お時間があれば……ですけど……」



私が言葉に出来たのは、山南さん私とって必要な存在なのだと
伝えることしか出来なくて、ご先祖様だと告げていない私には
練習相手になって欲しいって形でしか、きっかけを作りだせない。


こうすることが山南さんに寄り添えることなのか
山南さんを精神的に追い詰めることなのか、
そんなことどれだけ考えても答え何て見つけられなかったけど、
山南さんが何かをやりたいって思うならただその手伝いをしたかった。



この穏やかな優しさの裏に真っ直ぐな強さを併せ持つこの人は、
私の大切なご先祖様。


本来はこんな形で交わるなんて出来なかった
その人の傍に今の私は居る。

私が今、この場所にいるって言うことが
意味のあることの様に思えるようになったから。



文明の利器もない。
生きるためには、人殺しも止むおえない。


心を殺しながら、必死に未来を切り開こうと、
自身が傷つきながらも前進してい巨大な力をこの身で体感しながら
その渦の中で身を投じることを決めた私。


何度も何度も覚悟をしたつもりでいたけど、
私の覚悟なんて、薄っぺらすぎてすぐに心が折れてしまったけど、
それでも、私を支えてくれる大切な存在に本当の意味で気づかされた。


誰かが自分のことを思って寄り添ってくれる。


ただそれだけが、どれだけ自分にとって
力をくれるのかを身を持って知った。


まだまだ未熟な私が誰かに何をしてあげれるなんて
思ってない。


ただ……山南さんの事を思って、
精一杯、寄り添って居たいだけ。



「わかりました。
 それでは山波君は先に支度をして寺の境内へ。
 私も準備をして行きます」

「有難うございます。
 じゃ、私は先に行ってますね」


極力明るい声で返事をして、一礼すると山南さんの部屋から出ていく。

慌ただしく自室に戻る途中「山波」っと聞きなれた声に呼び止められる。
立ち止まって、背筋を伸ばして振り返る。


「おいっ、騒々しい。
 少しは大人しく歩けないのか?」

「あっ、すいません。土方さん」


覗き込んだ先には、
伊東さんや近藤さんたちが集まって何かを話し合ってたみたいだった。

この場所に居たはずの……山南さんは、今はいない。



「すいませんでした。以後気をつけます。失礼しました」


半分逃げるように口早に告げると、
今度は出来る限り足音を立てずに慌てて部屋へと戻る。

イライラとしてる感情を発散させるように、素早く着替えをすませて
道場から木刀を借りて、お寺の携帯で素振りを始める。


こういう時に舞が居たら、いつも練習相手になって貰えたんだけどな。

真っ青な空を見上げながら舞を思う。
今頃、どうしてるかな?



「お待たせしました。山波君。
 さぁ、稽古を始めましょうか?」


準備を整えて木刀を手にした山南さんが姿を見せる。


「宜しくお願いします」


一礼して木刀と木刀を交差させると、
その後は打ち合いを始める。


一心不乱に打ち合う。


そんな時間が、私にとって凄く優しい時間になってた。


日が暮れ始める頃、お寺の境内に沖田さんと瑠花が姿を見せる。



「花桜、山南さん一息入れませんか?」


お茶と一緒に、お団子を用意してくれる瑠花。


「総司、岩倉君」

山南さんは手をとめて、私に休憩を促す。



久しぶりに四人で団子を囲んで休憩をした後、
山南さんは沖田さんに何かを頼んで、二人何処かに歩いていった。



「ごちそうさまでした。
 瑠花、有難う」

「ううん。
 どうせなら、皆で美味しく食べたいもの。
 でも本当、総司は美味しい甘味のお店知ってるんだ。

 何か私、太っちゃいそうだよ」


そんな風に柔らかく微笑む瑠花。


最初に、幕末に来た時には思いもしなかったほど
優しく笑うことが出来てる瑠花。


「さっ、夕餉の仕度しなきゃ」

「そうだね。
 さて、晩御飯作りも頑張ろう」



子供たちがかけまわるお寺の境内を後にして、
屯所内へと歩いて戻る。



道場から中庭から今も隊士たちが
鍛錬を続ける掛け声が木霊していた。



いつも隊士たちの掛け声を耳にする山南さんは
どんな気持ちになんだろう。



私の練習相手はしてくれる。
全く動かないと思ってた腕は少しは動くことがわかった。
だけどその腕では実践までは熟せない。


一人の武士として新選組の為に日々を歩み続けて来たその人が
その腕を振るうことすら出来なくなってしまった。


そのストレスはどれくらいなんだろう。


山南さんの本音が知りたいよ。





夕餉を作り終えると、私の分と山南さんの分。
二人分の食事を持って、山南さんの部屋へと向かう。



「山南さん。山波です。
 夕餉をお持ちしました」

「どうぞ」




山南さんの声を受けて、
私は襖を開けて、部屋の中へ入室する。


文机の前で書物を読み進めている山南さんは、
書物を少し閉じて、膳の前へと擦り寄る。



向かい合わせに座って箸を進めながら、
何度も何度も山南さんをチラチラと見つめる。


「山波くん、何かありましたか?」

山南さんはいつもと変わらぬ穏やかな話し方で
私を気遣いながら、湯呑を手にしてお茶を一口飲む。


「山南さん……ずっと考えてました。
 
 だけど……私は山南さんじゃないから、
 答え何てわからない。
 
 私は武士じゃないから、剣を振るうことが出来なくなった
 その気持ちを分かることは出来ないです」



絞り出すように告げた言葉に暖かい雫がポタポタと落ちる。

泣いちゃダメなのに……。



「確かに、この腕が完全に動けば今の私の居場所は
 今以上に存在したかも知れません。

 だけど……私にも思うところはあるのですよ」



そう言って、山南さんはまた湯呑に視線をうつしてお茶を飲んだ。



「私、土方さんに山南さんを監視して、
 何を思ってるのか報告しろって言われました。

 だけど、だからここに居るんじゃない。

 何を聞いても私は土方さんに話したりしない。
 私じゃダメですか?

 頼りなくて山南さんの抱える荷物を分ける相手にはなれませんか?」



私がまだ子供だから?

私がまだ未熟だから?




だから……心に抱える荷物も分けて貰えないのかも知れない。
そう思ったら、ますます苦しくなった。


「私……知ってます。

 禁門の変の時、山南さんが頑張ってくれてどれだけ心強かったか。

 屯所を守れたのも、焼け出された町の人の心を救えたのも
 山南さんが居たから……。

 山南さんはちゃんと新選組の総長です。

 あの新入りの、伊東がどれだけ幅をきかせようと
 町の人が認めてる新選組のお偉い人は、山南さんです。

 近藤さんでも土方さんでもない」




吐き出すように告げた言葉。




その言葉は、山南さんの心に響くことが出来ただろうか?

ただ私自身が楽になりたくて、
ただ一方的に告げた刃になってないだろうか。



だけど……そう思う心に嘘はつけない。




「花桜、顔をあげて涙を拭きなさい。

 私は私が成すべきことをその一瞬一瞬にしただけですよ。
 それを評価するのは私自身ではありません。

 町の人や、花桜、そして私に関わった人々。
 そして後の世の人の価値観なのかも知れません。

 ただ一つ、言えることは必死なのですよ。

 時代を変革させようとする力はとてつもなく大きくて強い濁流。

 上に立つのも大変なのですよ。
 だから彼らも道を謝る。

 それを諌めるのにもまた相当の力が必要なのです。

 花桜が気に病むようなことは何もありません。
 さぁ、夕餉の続きを頂きましょう。
 せっかくの夕餉が冷めてしまいますよ」



そう言うと、夕餉の続きを食べ始めた。


私も慌てて、焼き魚と漬物を頬張ってお茶を一気に流し込むと、
胸の前で両手をあわせて「ごちそうさまでした」っと声に出す。




「山南さん、後片付けをした後も少しお稽古して貰えますか?」

「構いませんよ。
 今日は私ももう少し体を動かしたい気分ですから」

「有難うございます。
 じゃ、またお寺の境内で」


二人分の食器を重ねて、慌ただしく山南さんの部屋を出ると
炊事場での洗い物を終えて、お寺の境内へと向かった。


月明かりの下、流れるような切っ先で
一連の型を振るい続ける山南さん。


そんな綺麗な剣さばきに見惚れてしまう。


実践が出来ないっていいながら、
今も彼はこんなに美しく剣を振るう。



「山南さん、遅くなりました。
 お願いします」



わざと大きな声で告げて彼と対峙するように、
木刀の切っ先を彼へと向ける。



「行きますっ」


声を出して、何度も何度も打ち込む私の剣を
山南さんは何度も何度も受け止めながら、
確実に私の弱点を教えてくれる。


何度も何度も打ち込んで、息があがるようになっても、
山南さんは息一つ乱していない。


「今日は終わりにしましょう。

 明日に痛みを残さないように、
 ちゃんと冷やして沖影とともに私の部屋へ後で来なさい」


言われるままにお辞儀をして、
井戸水を組んで、手拭いでアイシング。


固くなったマメを指先でなぞる。



……大丈夫……。



私は強く慣れてる。
このマメも私に強さを教えてくれる。



部屋に戻って着替えを済ませると、
家宝の沖影と共に、再び山南さんの部屋へと戻った。



その後は沖影の手入れの仕方を山南さんに教えて貰う。


ゆったりとした穏やかな時間は、
本当の意味で抱え続ける山南さんの苦悩、全て包み隠す。


全てが彼の懐の中で包み込まれるように、
仕組まれていく大きな計画。


そんな存在に気付くはずもないままに、
時間だけが過ぎて行った。



夜、眠りにつくたびに見る白装束の後ろ姿。




そんな夢に魘されて、
眠れない日々に悩まされながらも
私は山南さんの言葉を鵜呑みにして
今を歩き続けることしか出来なかった。

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