話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

約束の大空

佳川鈴奈

50.東からの新隊士 -瑠花-

充電がなくなった携帯を握りしめながら
心の中、舞を思う。


……舞……今頃何してる?


私は……いつも通り、
京で精一杯生きてるよ。



「瑠花、それは?」



総司が刀の手入れをしながら問いかける。




「遠い未来の文明の利器。
 
 携帯電話って言って、長州にいる舞と簡単に連絡がつけられる
 そんな機械だよ」

「だったら……その機械とやらがあれば関東を旅してる、
 近藤さんの声も聞けるのですか?」


総司が目を輝かせるように刀を手入れする手を止めて
近づいてくる。


「この世界で使えればね。

 だけど電池が切れた今は意味のないアイテムかな。
 だけど……なんか、懐かしくて」

「舞さんがここを離れて二月以上経ちますからね」

「うん……」


総司の言葉に思わず真っ青な空を見上げる。


建白書事件の後、近藤さんは隊士募集に屯所を留守にした。
花桜は何時も山南さんと一緒に居ることが多くなった。


そして私は……こうやって、総司の傍に座って
一人の時間はボーっといろんなことを考える。


考えることは私の未来の記憶。
これから起こる出来事。


私がそろそろ気になってきてるのは、
次なる新選組の台風、伊東甲子太郎。


確か近藤さんが、関東に出掛けた後に一緒に帰ってくるんだ。
そして翌年の二月には山南さんが旅立っちゃう。



そんな史実の出来事に心の中は穏やかじゃない。



山南さんの死が避けられるものなら、
花桜の為に、避けたい。



だけど……その死が変えることのない運命ならば
私は……。



「瑠花、どうかしましたか?
 少し怖い顔をしています」



総司が心配そうに覗きこむ。


「ううん、大丈夫。
 少し未来の事を思い出してたの」


「未来の事……。

 瑠花が語りたい、その話を僕が一緒に話し合うことが出来れば
 どれだけいいでしょうか?

 だけど僕には、未来のことだけでなく今のことすらわかっていない。
 僕たちは……何処に向かおうとしているのでしょうね」





僕たちは
何処に向かおうとしてるのでしょうね。





そうやって呟いた総司の声がやけに耳に残った。




「総司、少し出掛けて来るね」

「供は必要ですか?」

「屯所内だから。

 気になることがあるから、
 山南さんところに行ってくる」

「山南さん……先日、見かけた時も少し思いつめた顔をしていました」



総司はそう言って黙り込んだ。




「失礼します」


私たち二人がいる部屋に、
隊士の一人が声をかける。



「先ほど、近藤さんが京に入られたとのことです。
 今日にも、こちらへお戻りになられる予定です」




静かに隊士は告げて、
私たちの前から姿を消した。





近藤さんが帰ってくる。



思ってた以上に、
物事が早く動いてる気がする。



まだ先だって思ってた出来事が少しずつ目前に迫ってくる。


そして……花桜が悲しむ。





そんな花桜の悲しむ姿を想像するだけで、
そんな日が来なければいいのにって
思ってしまう。



大切な支えがいなくなってしまう悲しさ。
それは私が一番良く知ってる。



ただでさえ、花桜のことは私が沢山苦しめた。



だからこそ……幸せそうに過ごすこの時間を、
叶うならずっと続いてほしい……ずっとが無理なら、
せめて少しでも長く……。





「近藤さんが帰ってくるなら僕も準備しなきゃ。

 じゃ、瑠花。
 瑠花はこのことを、山南さんに連絡してくださいね。

 土方さんのところに行ってきます」



総司は手入れを終えた刀を手にゆっくりと部屋を出て行った。



私も総司とすごしていた部屋を後にして、
花桜が行き来している部屋へと向かう。




近藤さんが帰ってくることに総司は喜んでる。
だけどそれは……アイツが来ることになる。



もう時間がない。
動くなら、早く動かなきゃ。



このことを花桜に早く伝えるべき?


山南さんが切腹するあの日が近づいていると。



史実では、切腹とも自殺とも言われているけど
そのどちらもが、山南さんの命が途切れることを示している。



そんなことを考えながら、
私は山南さんの部屋らしき場所へと辿りついていた。




「山南さん、岩倉です」



障子の前に正座して奥の部屋へと声をかける。


中からごそごそと音がして、
スーっと障子が開かれた。



「おやっ、珍しいお客様ですね。
 花桜くんは、今は道場ですよ」



立って出迎えてくれる山南さんの声に誘われるように
室内へと足を踏み入れる。



初めてお邪魔した彼の部屋は書物に囲まれた空間。



「凄い本ですね」


思わず零した声に、彼はゆっくりと笑って
私が座りやすいように場所を指示(さししめ)した。


「山南さん。
 花桜の事はどう想いますか?」



花桜の事はどうおもいますか?って
私、何突然切り出してるんだろう。



自分でも慌てるような質問を切り出してしまった自分自身に
びっくりする。



「唐突な質問ですね。

 ですが……その真っ直ぐな眼差しを見るに
 大切な答えのようですね。

 花桜君の存在は、
 日々、私の中で大きくなっていますよ。

 彼女に支えられる時もある。
 彼女は強くなりましたね」




山南さんはそう言いながら、視線を道場の方へと向けて、
負傷したらしい腕をもう片方の手で押さえた。



もしかして……思い通りに動かない腕に
苛立ちや疼きを感じてるのかな?


そんな風に感じた。




「良かった。
 花桜にとって、山南さんはとっても大切な存在だから。

 だから山南さんにとっても、花桜の存在が
 そんな存在だったらいいなーって思ったんです。

 今度はもう少し突拍子もないこと言います。

 山南さん、花桜の為に今すぐ明里さんと出掛けてください。

 今日の夜にも近藤さんが帰ってくる。

 彼が帰ってきたら、山南さんの居場所がなくなる。
 未来の歴史はそうなってるんです」



一気に言い切った私はチクリと痛む胸に静かに手を当てる。


未来を知ってるからって、
次から次へと、その出来事を宣告していく私。



残酷なことしてる。



知らずに過ごせれば、 
もっと穏やかに過ごせたかもしれない。


その未来を知って、
喜ぶ人も居るかもしれない。



だけど大抵はそうはならない。



何とかしたい一身で、知りたくもない未来の出来事を告げる私は
ある意味、言葉で人を刺殺してるのと同じ。



生身の血が出ることのない刃。
言刃(ことば)。



言刃を私は突き立てる。




「岩倉君が未来から来たこと。

 そして今までにも何度かこういう出来事がありましたね。
 次は私がその出来事の中心人物となりうるのですね」



山南さんは、責めるでもなく私を労るようにすら感じられるほど
優しくゆっくりと告げた。



「近藤さんが京に戻ってる今、彼の傍には藤堂平助さんと
 同門の伊東甲子太郎って人が来るんです。

 この人が来て、近藤さんはだんだん変わってしまう。

 それに新選組の編成が変わって山南さんの居場所がなくなってしまう」



そう、山南さんの居場所がなくなってしまう。


この屯所で生活するための僅かな光すら見失ってしまう。
そう言われているから。



「私の居場所が……そうですか」




山南さんは静かにそう告げると、
ゆっくりと目を閉じて小さく息を吐き出した。



「山南さん。

 山南さんに何かあったら花桜が悲しむの。

 花桜をもう辛い目にあわせたくないの。
 だから……」



だからお願い。


まだ逃げられるうちに運命から逃げ出して。



そしてその運命すら、なかったことにして欲しい。
花桜と明里さんと山南さんと三人でこの場所から逃げて貰う。


花桜は何処かのタイミングで未来に帰れるかも知れないけど、
山南さんと明里さんがいれば、花桜の山波家は存続されるし、
花桜の遠いご先祖様も山南さんに会える未来に変わるかもしれない。



何考えてるんだうろ。


自分でも、笑っちゃうほど次から次へと想像だけが膨らんでいく。



山南さんの死が回避された時の物語。 

だけどそれは……夢であることには違いなくて。



「山南さん、それにこのままじゃ土方さんとも衝突しちゃう。
 山南さんが新選組の中で孤立してしまうから」


ただただ、山南さんの気持ちを動かしたくて
必死に告げる言刃(ことば)。


暫く続いた沈黙の後、彼はただ穏やかに微笑んだ。


不気味なほど、静かに。

そしてその静かな瞳の奥には何か芯があるようにも感じた。




ダメなの?




そんな不安が過ったのと彼が話し始めたのが同じ頃。




「花桜君は良い友達を持ちましたね。
 岩倉君、私にとっても彼らがそうなのですよ。

 岩倉君のお気持ちだけ確かに頂くことにします」




えっ?


山南さんもその運命を受け入れるって事?




真実がどちらが正しいかなんてわかんないけど、
こうして、また身近になった新選組の人たちを何も出来ずに失ってしまうの?




「さっ、近藤さんが帰ってくるんですよね。
 総司が喜んでいるでしょう。

 貴女は彼のところへ。
 アナタはここに来てはいけません」




そうやって静かに告げた山南さんは再び書物へと視線を映した。



読書に集中しはじめた彼の邪魔をすることは出来なくて
そのまま私は黙って一礼すると部屋を後にする。




どうしようも出来ない?




私がダメなら、花桜から。



そんな思いで山南さんの部屋を後にして
花桜を探して庭へと向かった時、
満面の笑みで総司が私の方へと近づいてくる。



「瑠花、近藤さんが帰ってきました。
 待ちきれなくて、途中まで迎えに行っちゃいました」




そんなテンションの高い総司とは裏腹に、
私は回避できない現実に心が荒れていく。




その夜、新隊士として新選組に入隊した伊東甲子太郎たちは、
屯所内の隊士たちに近藤さんによって紹介された。



新編成となる、新選組の役員組織図と共に。



局長:近藤勇

副長:土方歳三

組頭:
一番隊・沖田総司。
二番隊・伊東甲子太郎。
三番隊・井上源三郎。
四番隊・斎藤一。
五番隊・尾形俊太郎。
六番隊・武田観柳斎。
七番隊・松原忠司。
八番隊・谷三十郎。
小荷駄雑具方・原田左之助。




役職図から消えてしまった山南さんの名前。




そして非行五箇条の責任の為か、
降格扱いになってしまった永倉さん。





発表された新編成に、新たな嵐を感じながら
私は紹介された新隊士たちをじっと見据えていた。







花桜……山南さんが旅立つかもしれないその時、
貴方はどうするの?



51.晋兄が動く日 -舞-



「舞、行くぞ」



その朝、晋兄は朝食を食べた後
立ちあがって告げた。


モトさんは、そんな晋兄を優しく見守りながら、
旅のお供にと、おむすびを握って手渡してくれた。



「高杉さん気を付けて。
 舞さん、またお二人で来てくださいな」


そう言って柔らかに微笑んで
送り出してくれるモトさん。


そんなモトさんに見送られながら
下山していく私たち。


晋兄の歩くスピードは速くて、
私は道の悪い山道を必死に追いかけてついていく。

ただでさえ道が悪そうなのに、
雪道って言うのがまた私を苦戦させる。

ズボっと積雪の中に挟まった足を必死に持ち上げながら
前進していく。



「舞、大丈夫か?」


なかなか追いついてこない私に、
晋兄は立ち止まって迎えに来てくれる。


そのまま私の前に立って腰をかがめる。



「ほらっ、足元悪いだろ。
 おぶされ、もう少し先まで行ったら歩きやすくなる」

「晋兄……」


「ほらっ、早く来い。
 下山したら舞を楽しませてやるよ」


戸惑いながら負ぶさる私を落とさないように
両手を後ろに回して支えるとゆっくりと立ち上がって歩き出した。

二人分の重みで、スボスボと沈む雪道。

それでも晋兄は、
一歩ずつ何事もないように前進していく。



歩きやすい道になっても、
負んぶしたまんまで、下山した晋兄は
何処かの宿へと入っていく。



「あらっ、ご無沙汰」

「そうだな。
 ちょいとコイツ頼むわ」



そう言って、晋兄はようやく私を背中からおろすと
そのまま何度も来たことがあるのか
我が家のように宿の中へと入っていく。



「あらっ、珍しい。
 高杉さんが可愛い女の子連れてるなんて。
 さぁ、どうぞ。

 外は寒かったでしょ?
 お風呂で温まって」



そう言って私を広いお風呂へと案内した。



そこは、天然温泉が湧き出ているらしい
大きな露天風呂。


外の雪が降る寒さと中の温かさ。


ちらちらと降る、雪を見ながら入る
露天風呂は風流だけどお湯の中から体を出すと寒くて
ズルズルとお風呂からあがれないまま時間が過ぎていく。

中は暖かいのに外は寒すぎるよ。


だけどそうも言ってられなくて、
ふらふらっと上せそうになったのを境に
寒いのを一気に上がって、脱衣場へと駆け出した。



脱衣場の私の着物が入っていた籠には、
真新しい着物。


戸惑いながら、他に着るものもなく
寒いので手に取ると、手早く身につけた。


鮮やかな色の着物は今まで着ていた、
渋めの着物とは違っていて戸惑いを隠せない。


だけどそれを着るしか、
この場所から出る術はない。


寒さも重なって、新しい着物を着付けたまま
外に出ると、晋兄が親しげに話していた
お店の人が私を奥の部屋へと案内してくれた。


そこには晋兄が腕を立てて頭を支えながら
体を横たえて休んでいた。


着流しから、晋兄の素肌がチラリと見えて
思わず目をそらす。



「おっ、舞。
 ようやく上がって来たか?
 待ちくたびれたぞ」



そう言って横たえた体を持ち上げると、
そのまま、私の手をひいて外に出る。


外に出ると、今度は別の店へ。


別の店でも顔を出しただけで晋兄は有名人なのか、
そのまま店の人たちは、晋兄を座敷へと案内した。


行く先々で、沢山の女の人を呼び寄せて
お酒をあびるように楽しむ晋兄。


そんな晋兄の傍には仲のいい人なのか、
一人、また一人と酒飲み仲間が集まっていく。


女の人たちは、御酌をしたり舞を披露する。



そして時折、晋兄は三味線を片手に
唄を歌いながらその音色を披露する。



そんな派手な日々が何日も続いた。




晋兄がやろうとしてることだから、
私は何があってもついていくって
決めてるけど……だけど、
それは私を不安にさせることでもあった。




だって、今の晋兄はお尋ね人だよ。



モトさんのところにも、
身を隠すために立ち寄ってたはずなのに
本当に、こんなに目立つことしていいの?



そんな不安を抱きながらも、
晋兄から離れたくない私は
晋兄に言われるままに
毎日のどんちゃん騒ぎに付き合う。




そしてそんな晋兄の豪快な遊び方を見つめながら、
あぁ、これが長州のお役人さんたちを泣かせた
晋兄の男の遊びなんだなーなんて思った。



だけど、ただ遊んでいたように見えた晋兄の行動が、
晋兄的にはすでに戦いが始まっていたのだと知ったのは、
それから数日後。




「悪いな。
 ちょいと一博打してくる」



その日もいつもと同じようにお酒を飲んで、
三味を奏でて遊んでいたはずなのに
突然、晋兄はムクっと立ち上がって
そう言うと慌ただしくその部屋を後にする。



慌てて私も晋兄の着物の袖裾を掴む。



「晋兄」

「舞、遊ぶわけじゃない」

「別に遊ばなくていい。
 晋兄と離れたくない。

 もう何も知らされないのは嫌なの」


そう言って、めいっぱい叫ぶと
晋兄の大きな手が私の頭くしゃくしゃと撫でた。



「着いて来い」



晋兄に手をひかれるままについて行った先で、
私が出逢ったのは後の歴史の教科書で名前を知ることになる
山県有朋。




そして晋兄は、その山県さんに向かって
クーデターを決行したい旨を告げる。



傍で聞いてるだけの私もあまりの晋兄の無茶ぶりに
ただ茫然とするばかり。



山県さんは晋兄のクーデターに賛成しない。





「もう頼まん。
 ただこれまでの厚情に免じて馬を一頭貸してほしい。
 萩へ行き、殿さんを諌め聞き入られねば腹掻っ切って死ぬ」


上手くいかない晋兄は落ち込むかなと思いきや、
次の瞬間、山県さんに向かって口悪く叫ぶ。



そんな晋兄の無茶ぶりに言葉を失う私。


ねぇ、晋兄……。
晋兄についてくって決めたよ。


ついてくって決めたけど、晋兄が何を考えてるか
わかんないよ……私。



期限を決めて、約束の場所で待ち続けるも
晋兄の想いに賛同してくれる存在は少ない。



そんな中、その場所に姿を見せてくれたのは
晋兄の弟分でもある伊藤さんだった。


伊藤さんが姿を見せた後に、
少しずつ増え始める様々な身分の人々。



そんな人たちの中心に破天荒な晋兄は、
民たちをまとめ誘うように手腕を振るう。






「さぁて。
 今から長州男児の肝っ玉をお目にかけます」





約束の時間。


集まった人々を引き連れて晋兄は偉そうな存在の人に
出陣の挨拶をすると、颯爽と馬を走らせ始めた






『俺が死んだら、墓前に芸子を集めて
 三弦鳴らして賑やかにまつってくれ』





出陣の際、晋兄が告げた縁起でもない言葉が
私の不安を誘う。



そんな晋兄の背中にギュっとしがみ付きながら
私はこれから起こる出来事を自分なりに必死に見据えていた。




晋兄が動く日。



それは私にとっても、
かけかげえのない大きな一日。





大丈夫……。



後悔したくないから、
ちゃんと前を向いて歩き出したいから。





だから私は……何処までも、
自分の意志でついていく。



その全てを見届けて、
後悔しないために。


「約束の大空」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「歴史」の人気作品

コメント

コメントを書く