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約束の大空

佳川鈴奈

48.再会の日 -舞-

京を出て歩いて目指す先は長州。



萩の国を目指す。



花桜や瑠花と別れて屯所を後にして目指す故郷。



屯所を抜け出すのに、喧嘩もじさないと思ってたのに
拍子抜けなほどにすっと抜けることが出来た私。



その後ろには斎藤さんや花桜や瑠花たちの優しさがあったのはわかるけど
こうやって給金だってさりげなく路銀をくれる不器用なあの人の優しさ。



そんなさりげない優しさはアンタ変わってないんだね。






変わってないよ。


その何処までも不器用すぎる生き方。

切ないくらいに苦しすぎる自分に厳しいその生き方。




遠い昔に感じた、
そんな感情に押しつぶされそうになりながらも
私は今を歩くって決めた。




今度こそは、
アンタの心を助けてあげられるようにと。




そして私の願いを全て叶えさせたくて。





途中雨が降ろうと、道がドロドロになろうと
旅路を急ぐ私の足は止まらない。



現代からこの世界に来た時、
記憶喪失だった私が通ったであろう大切な道。



そして……ずっと昔、義兄や晋兄に置いて行かれたと泣きながら、
必死に京を目指した道。



その道が今度は晋兄の最期の時間を共に過ごしたいっと思う、
私の願いを叶えるために急ぐ光の道。




見覚えのない道、遠い記憶の道のはずなのに
心が伝えてくれる、故郷へと続く道。



だけど今や長州は朝敵。




朝敵と成り下がった長州の民に人々は優しくないから、
長州への道程を大平にすることは出来ない。



長州へ向かう途中のお茶処でも、休憩する人たちの話題は、
長州を狙って、幕府が討伐に出るって噂だよって
そんな話を人々は興味津々に他人事のように口にする。




花桜や皆から貰った路銀で、
時折、休憩するもののそんな人たちの会話を聞いてたら
イライラして思わず、右手を握りしめる。




爪が食い込むほどに強く。



何日も何日も歩き続けて、
ようやく見慣れた景色に続く萩の城下町。



その道を走り抜けると遠い記憶の中の思い出の屋敷が姿を見せる。




その家に向かって私は慌てて駆け出す。



何度も何度も、晋兄に会いたくて通い続けたお屋敷。


この塀の向こう側に、
門があってそこから庭園に造られた小道を通って……。



大きな家が姿を見せる。



庭園の井戸に、昔……いろんなものを冷やして食べた。



井戸の水汲みを仕掛けて、重くて持ち上げられずに落ちそうになった
私を晋兄がヒョイって帯を引っ張って助けてくれた。



そんな遠い昔の思い出が、今のこの屋敷に来ると、
つい昨日みたいに鮮やかに思い出すことが出来る。




「誰かいるのか?」




屋敷の中から不意に声が聞こえて、
私の体はビクリと硬直する。



ゆっくりと振り向いて、
近づいてくる足音に意識を集中する。



「あっ、雅姉さま」



晋兄の奥さんである雅姉さまも、
私にとっては大切なお姉ちゃんだった。




だけど今の私はこの姿で雅姉さまに会うのは
初めて。




初めましてってちゃんと言わなきゃ。



もう十分怪しいし、不法侵入だけど
だけど雅姉さまに嫌われるのは嫌だから。





「あっ、あの……」



自己紹介しかけた時、雅姉さまの口が『まい』と私の名を声にならない声で紡ぐ。




「雅姉さま。
 そうです、舞です」



ちゃんとわかって貰えたのが嬉しくて、
私は慌てて雅姉さまの方へと抱き付いた。




戸惑うように抱きとめた雅姉さまの手が、
私の髪にら触れ、私の顔に触れる。




雅姉さまの両手で頬を挟まれるように
ジーっと見つめられると、遠い昔を思い出して懐かしすぎて、
涙零れ落ちた。



「舞ちゃん、お帰り。
 さぁ、家の中へ」



雅姉さまに促されるままにお風呂を貰って、
ご飯を貰ってゆっくりと過ごす晋兄の自宅。




だけど家中、何処を探しても晋兄の姿はなかった。




「雅姉さま、あっ……あの晋兄は?」


そう言うと、雅姉さまは「晋作は家に居ないわ。今は長州藩のお尋ね者だもの」っと寂しそうに呟いた。


「ごめん。雅姉さま……」

「いいわよ。
 舞ちゃんは気にしなくて。

 晋作に会いに来たのね。
 昔から舞ちゃんは晋作が大好きだった。

 舞ちゃんが長州を旅立った後にね、あの人、帰って来たのよ。

 ふらふらっと。

 家族で生活できると思ったけど脱藩の罪に問われて投獄。
 相変わらずよね」



雅姉さまは私が知らない晋兄の身に起きた出来事を
ゆっくりと語ってくれた。



「そうそう、晋作から手紙が来てたのよ。

 舞ちゃんだったらいいわ。
 持ってきてあげる」



そう言って雅姉さまは、私が休ませて貰ってる客間から姿を消す。

遠さがった足音を聞きながら私はその場から立ち上がって、
あてがわれた部屋を散策する。


遠い昔も、遊びに来てお泊りの日は
この部屋で寝させてもらった。




広い部屋に一人で寝るのが怖くて、
晋兄の着物をギュっと握りしめたら
晋兄は、私の髪をワシャワシャと撫でて
そのまま私が眠るまで添い寝してくれた。



そんな思い出の部屋。




部屋の柱。
そうそう、この柱だ。



懐かしくなって思わず触れた傷跡は、
私の成長の記録を晋兄が刻んでくれた証。




この一番低いのが私。
こっちが義兄。


そして、この傷が……晋兄。




そんな懐かしい思い出を振り返りながら、
心がチクリと痛むのは、もう義兄が居ないから。





義兄……ちゃんと近くに居る?


私、今……萩に帰って来てるんだよ。


あの日、私たちが三人で生きていた証が
この柱にはちゃんと刻まれてるんだよ。




そんな傷跡を何度も撫でるように触れながら
私はその場で、座り込む。




もうすぐ……晋兄も旅立つ。



この柱には、生きた証は刻まれても私しか生き残らない。



そんな悲しみが押し寄せてくる。






この先の未来の結末を間接的にでも知ってしまったから
あの時よりも、心は悲鳴をあげる。


それでも……だからこそ、見届ける過ごした方もあるのだと、
親友(とも)は教えてくれた。




だから……私は前を向いて歩き出せる。




ねぇ……義兄。
ちゃんと晋兄に会えるように見守っててよ。




「舞ちゃん、入るわね」



そう言うと、雅姉さまは再び襖を開けた。
手に持っているのは晋兄からの手紙。




「全部でこれだけかしら?
 あの人、手紙だけは律儀に送ってくるのよ。

 ホントに男って勝手よね」


そんな風に言いながらも、口元が微笑んでるのは、
雅姉さまも晋兄の優しさと想いを知っているから。



ゆっくりと手を伸ばして雅姉さまへの愛の言葉が紡がれた
手紙を読む。



どの手紙にも雅姉さまを気遣う手紙や読書をしなさい、
和歌を詠みなさいなど綴られていたけど
晋兄の居場所を伝える手紙は、一通もなかった。



「雅姉さま……」

「あの人なりの優しさなのよ。
 私たちを争いに巻き込まないように。

 舞ちゃん、貴女さえよければ
 晋作が帰ってくるまで、ここに居てくれてもいいのよ」


そう言ってくれた雅姉さまの言葉は
嬉しかったけど、私はゆっくりと首を横に振る。


「舞ちゃん……」




ごめんなさい。


私は晋兄に、私の言葉で義兄の最期を伝えたい。



それに……このままここに居ても、
晋兄に会うことは出来ないから。




遠い昔、知ることが出来なかった
晋兄の現実。



それを遠い未来で知り得た
私だからこそ、思える……未来予想図。



ハズれて欲しい。


だけど義兄の運命も変わることがなかったから、
多分……晋兄の運命も変えることは出来ない。



だからこそ、変えられない未来なら、
せめて晋兄の一番近くで晋兄を見ていたいから。



「雅姉さま……。
 私、やっぱり晋兄に会いたいです。

 晋兄を探します」


そんな私に雅姉さまは小さく溜息をつく。



「困った妹ね。
 
 こんなところまで、
 あの人の生き方を真似なくてもいいのよ。

 芯があって、頑固なんだから。

 いいわ、だけど……それが舞ちゃんだもの。


 明日、下関に行きなさい。
 下関に[おうの]と言う人がいるわ。

 その人を訪ねて見なさい。

 おうのさんなら、私が知らないことを
 知ってるかも知れないわね」



そうやって紡いだその名前。



「おうのさん」の名前を紡いだ雅姉さま。



雅姉さま……
その人は晋兄の何ですか?


雅姉さまをそんな風に
悲しそうな表情に追い詰めるその人は……。 



「さぁ、明日出発するのよね。
 
 舞ちゃんは、早く休みなさい。
 明日からまた旅を頑張れるように」



その日、懐かしい部屋で
ゆっくりと熟睡することが出来た。


明くる日、私の頭元には新しい着物。



着物の上には、
雅姉さまからの手紙。




*


舞ちゃん

私のお古で悪いけど、
舞ちゃんが着れるように縫い変えました。


こっちはあの人の着物です。

舞ちゃんから渡してあげてください。






*



私の着物の下には、綺麗に包まれた
晋兄の着物らしき包み。



雅姉さまの着物に身を通して、
早々に着付けを終えると、
自分が着ていた着物と、ずっと大切な制服を
風呂敷へと丁寧に包む込み。



そのまま着物の入った風呂敷を抱えて、
客室を後にする。



最後にあの柱にもう一度触れながら。



「行ってきます」っと
小さく柱に向かって声をかけた。


すでに朝餉の支度を終わった広間。



「遅くなりました」


そう言って、姿を見せると
雅姉さまが、柔らかい笑みを浮かべた。



「似合うわ。

 結婚して間がない頃だったかしら?
 江戸土産にあの人から貰った着物なの。

 舞ちゃん、さっ、そこに座って」



雅姉さまに促されるままに座って、
食事を進める。


広間には、雅姉さまが一人で育てている
晋兄の子供がご飯を静かに食べてた。



「ごちそうさまでした」



綺麗に食べ終わった食器を炊事場へと運んで、
懐かしい井戸から水を汲んで洗う。



食器洗いと、洗濯の手伝いをした後、
剣の稽古をしていた子供たちと一緒に少しの間練習して
私は晋兄の家を後にした。



萩から下関へ。


再び、歩いて辿りついた先で出会った
おうのさん。



その人のところにも晋兄は居なかった。



「もう、晋兄のバカっ!!
 いったい、何処にいるの。

 あったら絶対に、一発いれる」




なんて大声張り上げたら、
おうのさんは、大笑い。



そして……今度は、
おうのさんからの情報で再び西へ。


最後に辿りついたのは福岡の山奥。


下関で、晋兄はお妾さんのところにずっと居たけど
雲行きが怪しくなったからと、
福岡の別の女の人の方へと移動したと。



次から次へと女のところを転々として。




そう思うと、ムカっとする気持ちもあるけど
それもまた晋兄の生き方だって思ってる部分もある。



義兄にも愛人が居たんだもん。



晋兄だって……雅姉さまには悪いけど
いても仕方ないと思ってた。



でも……三人目ってどういう事よ。




誰も居ない山奥。


細い道を歩きながら、
まだ見ぬ三人目の女の人を想像する。



雅姉さまは、小さい時から知ってる、
可愛らしい感じの姉様。


下関の妾は、
おっとりした感じだった。


次はどんな人?




考えれば考えるほど
もやっとする部分も膨れるわけで……。



「もうっ!!

 節操なし」



山奥に木霊する私の声。
不意に懐かしい声が私の聴覚を刺激する。




「舞、久々の再会の最初の言葉が
 節操なしとは、そうかそうか」



木の枝に着流し姿で腰かけていた
晋兄が、私の前へとヒョイと降りてくる。




「おっ、色白だけのちっちゃえ奴が
 しっかりしてきたようだな」


そう言って私を覗きこむ



「もう、この晋兄っ!!」




次の瞬間、避けてくれて空を走ると思い込んでいた平手は
晋兄の頬をバシーンっと打ち付ける。



痛む私の掌と同時に、
心も痛くなるのは……どうして?




「おいっ、何て顔してる?

 気が済んだろ。
 京都でお前を大木に括りつけてきたからな。

 その罪は潔く見とめておかねぇとな」



そう言うと、晋兄は私が打ち付けた
頬を片手で摩りながら、私の手をゆっくりと掴み取る。



重なる掌からつたわる体温。



晋兄と掌を重ねながら
ゆっくりと進む先に姿を見せた山荘。



「此処だ。
 おい、今帰った」




そう言うと晋兄は、住み慣れた家のように
中へと入っていく。



そこから出て来た人は、
晋兄の愛人と言った雰囲気ではなかった。



「えっ……晋兄、誰?」


「舞、態度を改めろ。

 今、オレが世話になってるモトさんだ」



そう言うと、その人は湯呑をゆっくりと差し出しながら、
上品に微笑んだ。



「野村望東尼(のむらもとに)。

 福岡藩の中村円太さんの縁で、
 こうして高杉さんのお世話をさせて頂いています。

 遠路、京より高杉さんを訪ねてお疲れ様です」



そう言って迎え入れられたその場所は何だか、
懐かしい感じのする温かい空間だった。


「モトさんは、今やオレたちに取って
 母親的存在の人だ。

 舞が思っているようなそんな人ではないよ」



庵で暮らす日々は俗世の出来事を全てなかったかのように、
切り離された穏やかな生活。


ゆったりとした時間が流れていく。




「高杉さん、一句書き記しました」



そう言って、私と晋兄が過ごす部屋へ
そっと置いて帰った歌。




晋兄は、その句を手にして
ただ……遠い空を見つめた。




晋兄の手から、
その句を抜き取って私も見つめる。






*


冬ふかき
雪のうちなる梅の花

埋もれながらも
香やは隠るる


*




そう記された歌。






冬の最中の雪の中にある梅の花は
雪に埋れると香りは隠れるのであろうか、
いや決して隠れはしない。




そう言う意味で綴られたであろう歌。



多分、この梅は晋兄の事なんだ。




だから晋兄は、友を思いながら、
空を見つめてるのかもしれない。




「舞、オレは山を下りる。
 まだオレにはやるべきことがありそうだ」


「うん。
 モトさんの歌、力強いね。

 ホント、お母さんみたいな温かい懐の深い人だね」




晋兄を戦いの道にもう一度送り出そうとしているけど、
だけど……それは晋兄の強さを知っているからなんだと
感じることが出来たから。 




「あぁ。

 それより舞、お前はどうする?
 オレはこれから戦の中に身を投じる。

 舞が来ても、辛いだけではないか?
 おうのの元か、雅の元に身を寄せるか?」



そう言った晋兄に私は逆らうように首を振る。



「晋兄、私は晋兄と闘うために来たの。

 京でね、義兄の最期を見送ったの。
 ちゃんと見届けたよ。

 義兄、鷹司邸の庭でお互いの刀で、
 お互いのお腹を貫いて旅立った。

 ちゃんと……武士としてかっこよかったんだよ。

 義兄のお墓はね……」




ちゃんと伝えようとしたのに、
涙が邪魔をしてなかなか言葉に繋がらない。



ちゃんと伝えるって決めたのに。



「義兄の……ヒック、
 お墓はね……お辰さんが……」



泣いて思うように言葉が紡ぎだせない私を
晋兄は自分の方へと抱き寄せてくれる。



「もういい。
 舞、泣くんじゃねぇ。

 旅立つ時に、お前が近くに居たんだ。
 アイツも寂しくなかっただろうな。

 辛かったな……」



晋兄の声は何処までも優しくて、
晋兄の温もりに包まれるように私は泣き続けた。
 




ごめんね。




強くなるって、
もう泣かないって決めたのに。




私はまだまだ甘ちゃんだね。



私が泣き止んで落ち着くまで、
晋兄はその暖かさで抱きとめてくれた。





「晋兄……私が居ない間、
 何してたの?」




不意に小さく問いかけた言葉。




晋兄は相変わらず私をすっぽりと包み込んだままで、
ゆっくりと自分の身に起きた出来事を教えてくれた。



京から長州に戻った後、
脱藩の罪で投獄されていたこと。


投獄から謹慎をしていた晋兄を頼って
イギリス、フランス、アメリカ、オランダの4カ国連合艦隊との
下関での戦いの交渉の全権が任されたこととか。



晋兄は凄く面白そうに楽しそうに話聞かせてくれるけど、
やられた方はたまんないよね。



長州が4か国連合から賠償金を求められた金額400万ドル。


そのお金は幕府に請求しろっと言ってやったっとか。



彦島を貸せと言われたが貸せと言うことが
植民地のことだと上海を見てわかっていたから、
古事記を言い聞かせて退けてやったとか……。




って……あのさー、古事記って晋兄あれだよね。


天地のはじめから綴られる日本の創世記って言うか、
現代でも、古典の時間に読みながら発狂しそうになったアレ。



アレを延々と、彦島の件がうやむやになるまで
聞かせ続けたって……晋兄がそれをやって、
外国の人たちが困り果ててる姿を想像してたら面白くなって、
笑いが止まらなくなっちゃった。



笑い続ける私を見ながら、
晋兄は自慢げに今も続ける。




そうだよね。



そう言うことをサラっとやってのけるのが
晋兄だもん。



ちゃんと晋兄は、
ずっと晋兄のままだった。



そのことが凄く嬉しくて、
その後、雅姉さまから預かった
着物を晋兄に手渡す。



晋兄はその場で新しい着流し姿で、
その場に座って三味線をつま弾く。




晋兄、私……
ちゃんと晋兄の隣を歩いていたい。



晋兄が旅立つその日まで。





何処までも型破りで破天荒な
そんな晋兄だから私は惹かれるんだから……。


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