約束の大空

佳川鈴奈

46.舞の旅立ち -花桜-


禁門の変の後、舞は久坂玄瑞を供養したいと言いだし
私と瑠花はその願いを叶えるべく京の町を探し回った。


山崎さんの情報。
沖田さんの護衛。
そして斎藤さんからの情報。


それらを駆使して舞の願いは無事に聞き届けられた。

舞が祈る傍、私と瑠花も静かに手を合わせた。


どんな人かは正直わからないけど、
舞が大切だと言うその人が安らかに眠れますようにと。


お墓参りの後、いつもと変わらぬ日々が訪れる。


だけどいつもと変わらぬ日々の中に、
舞だけが何かを覚悟したような
そんな強い眼差しを秘めた瞳(め)をしていた。



朝食、朝の掃除、大洗濯。


いつもの家事を隊士たちに手伝って貰いながら
済ませた後、私は舞を鍛錬に誘う。




「舞、練習に付き合ってよ」



道場から木刀を借りて、
それを舞の元へと放り投げる。


舞は片手で、その木刀を受け止めると
ゆっくりと私の方へと構えた。



「誘ったの私だけど、ちょっと待ってね。

 最近、練習サボってたから木刀で素振りしても筋肉痛がね」


そう言うと私の木刀を瑠花に預けて庭の土に手をついて、
そのまま腕立て伏せを始める。


「瑠花、私のも持ってて。
 久しぶりだねー、その道場のメニュー」


舞も受け止った木刀を瑠花に預けて、
私の隣に掌をついて、腕立て伏せの構えに入る。


「まずは親指からだね」

「うん」


そう言うと同時に、親指だけを土につけて残りの四本の指は地面から浮かす。


「瑠花、カウントお願い」


私はそう言うと、体を浮かせて瑠花の声を待った。


「じゃあ行くよー。
 ひとーつ」


瑠花のカウントに合わせながら
基本的な動作をゆっくりと繰り返していく。


筋肉の使い方を意識しながら、
ゆっくりと筋の動きも意識しながら。


道場のメニューを終えた頃には汗がびっしょり。


舞と私は倒れ込むように地面に転がる。


そんな私たちに、井戸水で濡らした手拭いを手渡してくれる瑠花。

あっちの世界でもいつもそうだった。


二人の練習を時にマネージャー的役割で見守ってくれた瑠花。
そんな時間がなんだか懐かしかった。


その後、舞と本格的に打ち合っていく。



木刀と木刀がぶつかる音が庭に響いていく。



「えいっ、やぁー」

「花桜、まだまだ今度はこっちから行くんだから」

何度も何度もぶつかっては間をとり、
ぶつかっては、次の一撃を見定めていく。


「すきあり」


舞の声と共に私の体に触れる木刀の重さ。



「はいっ。それまで」



瑠花の声がこだました。


二人、その場に正座してゆっくりと互いにお辞儀しあう。
そのまま再び、土の上に大の字で転がった。


「あぁ、気持ちよかったー。
 久しぶりに汗かいたよー。

 それに何か懐かしかったし、舞が強くなった気がする。

 おかしいなー、前は舞に一本取られるなんて考えられなかったのに」


なんて懐かしく思いながら口にする。


一撃一撃の重心が定まって来たのか、
舞から繰り出される打ち込みは重くて手が何度も痺れかけるほどに。



「そんなことないよ。
 花桜から一本とれたのは、偶然偶然。

 だけど……これで決めた」


そう言うと舞は、ゆっくりと腹筋を使って体を起こして土を手ではらった。


「舞……?」

「花桜、瑠花聞いて。
 実は願掛けしてたの。

 さっきの打ち込み、花桜から一本取れたら私が今、
 思ってること実行しようって」

「「舞が思ってること?」」


瑠花と私の声が同時に重なるように
同じ言葉を紡いで、私たちはお互いの顔を見合わせた。


「私、晋兄に会いに行こうと思う」


舞は次の瞬間、ゆっくりとそう切り出した。


「ちょっちょっと、舞。晋兄って高杉晋作よね。

 舞、高杉晋作に会いに行くって言うの?
 
 えっ?ちょっと待って。
 禁門の変が終わった頃って高杉何処に居るって言われてた?」


瑠花はパニックになりつつも、
何かを考えるように口を閉ざす。


「舞、本気なの?」


私も思わず聞き返す。


「花桜、瑠花ごめん。

 だけど私、義兄の最期も晋兄に私の言葉で伝えたい。
 ここに居て、花桜や瑠花と過ごす時間も楽しいよ。

 だけど私も強くならなきゃいけない。

 それに……義兄を見届けたみたいに晋兄も見届けたいよ。
 大切な人だから」


そうやって紡いだ舞にどう声をかけていいのか
私自身もわからなかった。



「舞、本気で言ってるのよね。
 確か高杉晋作は脱藩の罪で投獄されてる期間があったはずなんだ。

 でも……何時だったかな。
 藩の要請で出てくるんだよ。

 伊藤博文が通訳して、彦島を守る出来事があったはずなんだけどもう終わってるのかな?
 まだなのかな?

 うーん、もう少しで何年だったか思い出しそうなのに……」


瑠花はあっちの世界で詰め込んだ知識を辿りながら考え込む。


「瑠花、有難う。

 大丈夫だよ。
 必ずしも、同じ歴史とは限らないだろうし。

 一旦、私……雅さんのところに行こうと思うの」

「雅さん?」

「うん。
 晋兄の奥さんのところ」

「一人旅なんて心配だよ。
 瑠花、私たちも舞について行こうよ」


私も瑠花を見て、咄嗟に言いだす。


計画性も何もない、ただ勢いで飛び出した言葉。
だけど舞は、静かに首を横に振った。



「花桜と瑠花は新選組の人たちと一緒に居て。
 私も晋兄を見届けたら、ちゃんと追いかけるから。

 晋兄のことは……私だけの問題だから」


舞はそう言うと私たち二人を庭に残して一人、
何処かへ姿を消してしまう。



「花桜……私、舞の様子見てくる」



瑠花はそう言うと、
舞が向かった方向へと後を追いかけた。


私はと言うと、どうやって自分を整頓したらいいのか
思いつかなくて、もう少し打ちこみたくて道場を訪ねる。


道場では藤堂さんが隊士たちに指導する声が響き渡る。



「あっ、山波じゃん。
 遅いぞ、早くそこで素振りから始めろよ」



道場にお辞儀をして入った私に気が付いて、
早々に指示をくれる。


それぞれの汗の匂いが充満する中
私は空いたスペースで静かに構えて、
ゆっくりと素振りをしていく。



いつもと同じようにしている素振りのはずなのに、
今一つ、身が入らないのはさっきの舞の言葉があるから。


前に足を踏み出しながら、後ろから前に振りだす。


順番に型の一つ一つをなぞる様にするものの
集中出来ていないのは私自身が一番よく知っていた。



「山波、集中しろ。
 軸が甘い」


そんな私に容赦なく、ゲキを飛ばしてくる藤堂さん。


「すいません」


叫ぶように謝罪してまた一から、
素振りを始めようと構える。



「平助、山波の相手は僕がします」


そう言って道場に姿を見せたのは沖田さん。


沖田さんは壁際から木刀を手に取ると、
その勢いで私の方へと踏み出してくる。


振り下ろされる木刀。


息つく暇もないほどに繰り出されるスピードに、
私も必死で受け止めていく。


こちらから攻撃を仕掛けるなんて出来ないけど、
その全てを受け止めるのは小さな時から練習を続けて来た
ある意味癖的なものでもあって反射的に出す防衛本能に近い感覚だった。



それでも最後は、交わしきれなくて木刀を落とした途端、
沖田さんが構えた木刀の切っ先が私の喉元へとピタリと当てられた。



「山波、覚悟をしたわりには甘いね。
 殺されるよ」


トーンダウンさせた、冷徹口調で告げる沖田さんの言葉に、
「精進します」とだけ切り返した。



指先の力も入らないほどに脱力した肉体。
重怠い疲労感。




ゆっくりと体を引きづるように道場にお辞儀を後にすると
すでに陽が沈もうとしていた。



えっ?
嘘、もうこんなに時間がたってたの?


晩御飯の準備、出来てないよ。
必死に慌てるように炊事場に急ぐ。



そこにはすでに晩御飯の準備を作り終わった
瑠花や舞たちが姿を見せてる。



「花桜、どうだった?
 総司との練習」


そう言う瑠花は、何故か楽しそう。


「瑠花だったんだ……。
 おかげさまでズタボロ」

「ふふふ」

「多分、今日の私、お箸も持てないかも」

「だと思った……花桜の分はおにぎりにしておいた。

 おかずは焼魚だったから身を解して、
 おにぎりに詰めておいたから。

 味噌汁は吸うだけだから、食べれるでしょ」


そうやって切り返すのは舞。


「良くおわかりで。
 有難う、瑠花・舞」

「さっ、後は運ぶだけだけど今日の花桜は戦力にカウントしてないから、
 先に向こうに座ってていいよ」


言葉に甘えるように先に広間で着席する。


その日は、舞と瑠花の計らいで後片付けも休ませて貰って、
食事の後は自室へと戻った。


疲れすぎた体は、何かをする気力もなくて
そのまま布団の上にパタリと倒れて大の字になる。


額の上に両手を乗せてゆっくりと息を吐き出した時、
ふいに天井の板が一枚外される。



「花桜ちゃん」



ふいに姿を見せたのは神出鬼没の山崎さん。



「出たっ!!」

「出たって、そんな人を化けもんみたいに
 言わんでええやろ。

 なんや花桜ちゃんが気になって、忙しい仕事の合間に、
 様子見に来たちゅうにつれへんわー。

 花桜ちゃんったら、
 お帰りなさいの一言もないんやからなー」



そんなことを言いながら、
音も立てずにストンと私の傍に着地する。


「あぁー、こんなに打ち身の後つけて」



そう言うと何処から取り出したか手慣れた手つきで、
お酒に溶かしながら湿布していく。

「無名円(むみょうえん)や」


そう言いながら、次から次へと湿布していく
山崎さんは、黙々と処置をしながらゆっくりと問いかける。


「花桜ちゃん……どうしたいん?」

「えっ、どうしたい?って舞の事?」

「そう、舞ちゃんの事」

「舞の想いを叶えてあげたいよ。
 叶えてあげたいけど一人旅なんだよ。

 私や瑠花がついていきたいって言ったら舞に断られちゃった」

「そうかぁー。
 舞ちゃんの決意も固いっちゅうわけやな」

「うん」


その後、処置を終えた山崎さんは薬を片づけて言葉を続けた。


「なら、花桜ちゃんは舞ちゃんの為に何が出来るんや?」

「説得……舞も今は新選組に居る。
 だから長州に行きたいって言っても許可簡単に出ないよね。

 そうだ。説得だ。丞、有難う」

「なんや、久し振りに花桜ちゃんが名前呼んでくれたんは
 嬉しいけどな。

 後、旅に路銀は必要やで」

「うん、有難う」


反射的に丞に抱きついた私は離れた後、
自室を出るべく障子をあける。



「花桜ちゃん、ええ香りするわー」


なんて、ふざけた言葉を言いながら、
丞は次の瞬間、懐から取り出した布袋を放り投げた。


その布袋を受け取ると丞は告げる。



「乾燥したヨモギが入っとる。
 袋ごとお風呂の時に湯船にいれて浸かりや。

 肩こり・筋肉疲労・肉体疲労によー効くで」

「有難う」


受け取った布袋を、文机の上に置いて私は部屋を飛び出した。


確か、こういう時は……局長なんだから、近藤さん?


だけどいきなり、アポなしで近藤さんに押しかけるのもダメだよね。
だったら、副長の土方さん?
総長の山南さん?


悩みながら、山南さんの部屋を訪ねるものの
山南さんは外出しているみたいで返事がなかった。



……んもう……明里さんのところにいるのかな?



そう思いながら、山南さんの部屋から離れて今度は土方さんの部屋を目指す。


部屋の中からぼんやりと蝋燭の炎が揺れるのが障子越しに見える。 

障子の前、正座して奥へと声をかける。 



「夜分にすいません。

 山波花桜です、土方さんお願いしたいことがあってお邪魔しました。
 入ってもよろしいですか?」



中の主へと伺いを立てる。

真っ白い障子に近づいてくる影。
そして開けられる障子。


「話っつうのはなんだ?」

「あっ、あの……舞。
 加賀舞のことなんです。

 舞が長州に行きたいって言っていて、それで行かせてあげて欲しくて」


一気に吐き出すように告げた用件。


土方さんは、それを最後まで聞き届けると
頭を指先で数回かくような仕草をして、息を吐き出した。



「ったく、お前もかよ。

 今日は来客が多くて、仕事が捗らねぇ。
 てめぇ、少し手伝え。

 書きものくらいは出来るだろう」



そう言うと土方さんは、さっさと自分の部屋へと戻っていく。


ちょっと拍子抜け。

もっと頭ごなしに、反対されて怒鳴られると思ってたのに。


「失礼します」


一礼した後、ゆっくりと土方さんの部屋に侵入する。


「おぉ、それを書き写してくれるか?」



文机に山積みされた束を一つ一つ開いては書き写していく。


崩された文字もそのままに、複写作業を終えると、
土方さんの方へと全て手渡した。


会話もなく黙々と作業していた私たち。



土方さんは全ての書きものをじっくりとチェックして、
所定の位置に戻して、ゆっくりと言葉を紡いだ。



「加賀は斎藤の指示で、長州だったな」


「えっ?
 斎藤さん?」



不意打ちのように告げられた言葉に思わず聞き返す。



「違うのか?」



作業の手を止めて、振り返って静かに問う土方さん。


「あっ。
 いえ、えっと……そうです」



反射的に返答するも、多分……こんな返事じゃ妖しすぎる。
やっぱり嘘だとバレて雷が落ちるんだ。

舞、斎藤さん……ごめんなさい。

次に来る雷に備えて、体を縮めて覚悟するものの
一向に雷が来る気配はない。



「なら、この話は終いだ。

 おぉ、手伝いの給金をやらねぇとな。
 これ渡しておいてくれ」



そう言うと土方さんは懐から懐紙に包んだ給金を私の手へと握らせる。


給金……。
そうだ、私も池田屋の報酬だってあの日貰ってた。



「あっ、土方さん。
 池田屋の報酬、私にまで有難うございました」


「別に礼を言われることじゃねぇ。
 巻き込んじまって悪いな」


土方さんはそう言うと、また文机に向かって、
書きものに集中し始めた。

そんな後ろ姿に、静かにお辞儀をして土方さんの部屋を後にする。



舞が旅立つ時は笑顔で送り出そう。



旅に路銀は必要だよね。



私の給金、明里さんの高麗人参代にも使ったけど
少しなら舞の餞別に渡すことも出来るよね。


ちゃんと出来る事ある。
 

舞が自分がやりたいことをやろうとしてるんだもん。



親友の私が反対して足引っ張ってどうするのよ。
ちゃんと笑って送り出せ。


気合を入れるように、両手でバシンと両頬を打つ。


数日後、全ての旅支度を整えた舞は給金と餞別を路銀に、
私たちの住む屯所から旅立っていった。




皆に見送られながら。






舞、また会おうね。




ちゃんと、私たちが待つこの場所に無事に帰って来てね。




舞の手にも、私の手にも小さなお守り代わりの匂袋。




お揃いの匂袋のお香に、
私たち三人を魔から守ってくれますようにと
御祓いの意味も込めて。




この世界で作った新たな友情の証。






舞の旅立ちは悲しみだけじゃない。





新たな時間の始まりなのだと何度も言い聞かせながら、
姿が見えなくなるまで手を振り続けた。






第二幕「運命を選ぶ刻」 完結

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