約束の大空

佳川鈴奈

45.真っ直ぐに見つめる先 -舞-


義兄の死から数日が過ぎた。

鷹司邸。


あの場所で、義兄と一緒にこの命が果てるなら、
それでもいいとさえ思ってた。


だけど瑠花と沖田さんによって生かされた私。

義兄の分まで、生きてこの世界を見届けたい。


流されて生きるのではなく、私自身が全てを決断して、
力強く歩いて行きたい。

義兄が居なくなった歴史も事実も変わらない。



変わらないけど……悲しいけど、
義兄はいつも近くに居てくれる。


そんな風にすら思えて、今穏やかに過ごせるのは、
多分、瑠花が言った『見届けること』。


その意味と役割が、
かなり大きいのかもしれないと思えた。



朝、自分の部屋から外に出て庭へと下り立つ。



空を見上げながら深呼吸すると、
眩しい太陽の光が私に注ぎ込む。





ねぇ、義兄もう泣かないから。

ちゃんと貴方を探し出して助けるから……。




空を見上げながら、小さく話しかけた。

キイっと音を立てて勝手口のドアが開く。
慌てて、その方向へと視線を向けた。


「もういいのか?」



ゆっくりと外から朝帰りの斎藤さんが
私の方へと近づいて問いかける。




「はいっ。

 立ち止まっては居られませんから。
 あの……隊から勝手に抜けて別行動してすいませんでした」

「納得できる別れが出来たのか?」


更に言葉を続ける斎藤さん。


納得出来る別れ。


そう言われると、何が正しかったのか、どうすれば納得出来たのか
そんなものは即答できるはずもなくて。



「納得出来るかどうかは、正直わかりません。
 ただ……見届けることだけは出来ました」

「そうか」

「あっ……あの、近藤さんや土方さんに謝りに行く方がいいですか?
 隊を離れて……」

「行く必要はない。
 局長にも副長にも話はすでに通してある。

 加賀は俺の指示で別行動した。
 その別行動の共に、岩倉が付き添い、沖田さんが護衛として付き添った」



さらりと返って来た言葉に私は絶句する。



また……助けてくれた……。
この人って?



「あっ……あの……斎藤さんは……」


斎藤さんは何者なんですか?
斎藤さんは明け方まで何をしていたんですか?


湧き上がる疑問。


だけどそれは最後まで紡ぐことなく、
口元を彼の手によって、塞がれる。



「それ以上は言わない方がいい」



彼はひそひそ声で諭すように告げる。
そして私の口元を塞いでいた手が離れていく。


「えっと……あっ、別件です。
 あの戦で命を落とした長州藩士たちはどうなったかわかりますか?」


気が付くと斎藤さんには、
本音がポロリと出てしまう自分に気が付く。



「長州藩士の行方?
 だが大っぴらに聞いてまわれるものでもないだろう。

 何か情報があれば伝える。
 暫く時間を」


『斎藤……』


そこまで斎藤さんが告げた頃、屋敷の中から剣術の稽古の準備をした
永倉さんたちが姿を見せる。


『おいおいっ、朝帰りかよ。お前』

「すいません」

『女遊びもほどほどにしとけよ。
 ったく』


なんてそれぞれが斎藤さんに話しかけながら
三人は道場へと姿を消していった。


そんな三人を見送ってもう一度、空を見上げる。


義兄をちゃんと供養したい。

屯所の手伝いが終わったら、
一人で義兄の行方を探しまわりたいって思ったけど
やっぱり難しいか。


義兄たち長州は御所を襲撃した朝敵扱い。



そうだよね。
朝敵となった長州の人たちに優しくは出来ないよね。



だからこそ……ちゃんと供養したいのに、
斎藤さんからはストップがかかっちゃった。



言わずに動けば良かった?


再度、深呼吸をして頬を両手で打ち付けると炊事場の方へと顔を出す。


「遅くなってごめん」


すでに朝食の支度を始めている二人に謝って、
井上さんにもお辞儀をする。



「舞、大丈夫なの?」


気にかけてくれる花桜と瑠花に、ゆっくりと笑い返す。


「大丈夫。
 何時までも泣いてられないよ。

 ちゃんと前を向いて歩き出さなきゃ」

「よしっ。舞、良く言った。

 花桜も元気になったし、
 やっぱり私たち三人娘は、こうじゃなくっちゃ」


瑠花はそう言いながら、私と花桜の手を掴んで微笑む。


「そうだね。

 三人でちゃんと未来に帰れるまで
 力合わせて絆も深めてね」

「うん」



そうやって盛り上がる、瑠花と花桜。



だけど……この未来の結末はそんなものじゃない。



そんなものじゃないけど……瑠花と花桜なら、
私が知らない未来を見せてくれるかも知れない。



そんな風に思わせてくれる。



その日、久し振りに屯所での日々を一緒にやり遂げる。



朝食、掃除、洗濯。
そして……久しぶりに握った剣術の稽古。


木刀をお互いに構えて、花桜と二人、打ち込む私。

そんな私たちを瑠花が懐かしそうに見てた。



二人、息が上がるまで互いに打ち込んで
倒れ込むように、瑠花の傍に転がって仰向けになる。



「あぁ、気持ちよかったー」

「そうだねー」

「ホント、懐かしいわ。
 昔っから、そうやって息が上がるまで練習してたよね。

 そうやって、倒れた直後に敬里が姿見せてさ。

 花桜んちのお祖父(じい)ちゃんに、
 鍛錬が足りないって、必死に告げ口してさ」


「あぁ。そうそう。

 その後、ムカついて私と舞で、
 敬里(としざと)ぼこぼこにするまで打ち込んでたよね」
 



瑠花と花桜の言葉に、
懐かしい敬里の顔を思い出す。




「今頃、あっちはどうなってるんだろう……」



ぼそっと紡がれた言葉に三人の沈黙は続いた。


お寺の鐘が聞こえると花桜は慌てて体を起こす。 


「あっ、私……お寺に顔出さなきゃ。
 私に出来る事やりにさ」

「手伝うよ。
 舞、舞も手伝って。

 今近くのお寺に、禁門の変で犠牲になった人たちの
 炊き出ししてるんだ」



瑠花がそう言うと、私たち三人は勝手口から外に出て、
近所のお寺へ。


だけどそのお寺で聞こえてくる声は会津の悪口。


新選組の悪口。



そんな町人たちのイライラを抑制して、
落ち着かせようとする存在がいるのも新選組なわけで。


だけど……そんなことは気づくよしもない。


皆……誰かの責任にしなきゃ、心が耐えられないだけ。


折れそうになる心をギリギリで支えるのは、
憎しみの感情が一番作りやすいのかもしれない。



だけど……違うよ。




義兄たちも会津も新選組も悪かったかもしれない。



だけど……だからって全てが悪いわけじゃない。
そう思えるから。



お寺に顔を出してから黙々と炊き出しを手伝っていく花桜と瑠花。
そんな二人の後ろ、私のモヤモヤが消えていくことはない。



「何言ってるの?
 違うでしょ。
 
 新選組が悪いわけじゃない、会津だけが悪いわけじゃない。
 長州だけが悪いわけじゃない。

 時代の流れって言ってしまったら、それまでだけど誰もが犠牲者なの。
 どっちが悪いとか、誰がやったとか本当は関係ない。

 だけどそうしないと、自分の心が壊れるから。
 悲鳴をあげるから。

 でも失った存在はどんだけ誰かを恨んでも、憎んでも帰ってこないんだよ。

 帰ってこないの。
 残された私たちは生きてなかきゃダメ。

 だから……ちゃんと未来を見て、歩き出して。
 人の力って大きいの。

 皆でまた、京の町を元気にしようよ。
 私も力になれるように手伝うから」



溜まりかねた花桜が順番に食事を振る舞いながら
声を張り上げて、町の人たちに話しかける。



こおばってた町の人たちから、少しずつ未来を歩き出すための
声が聞こえ始める。


少しずつ動き出した声は、
やがて広がり渦を巻くように次々と切り開く力を巻き起こす。




花桜……、
何時もの花桜に戻ったね。




私の前を走り続ける、そんな花桜の勇ましさに
懐かしさを覚えると共に力を貰う。


ちゃんと私も自分がやりたいことを後悔がないように確実にやり遂げたい。
炊き出しが終わった後、またいつものように屯所に戻って夕食の準備。


そして自由時間。
私たちは一か所に固まって座談会。


その中で私は自分が思ってることを伝えた。



『私、義兄を供養したいの。
 ちゃんと亡骸の行方を探したい』


「そうだね。
 久坂さんもゆっくりと眠りたいよね

 舞の願い、また叶えよう。
 ちょっと私、総司を捕まえて来るよ。

 巡回当番じゃなければ手伝ってくれると思うんだ。
 
 鷹司邸まで。
 とりあえず、まずそこでしょ」


瑠花はそう言うと、急いで部屋を飛び出していく。



「山崎さん。
 居るよね……降りて来てよ」


瑠花が飛び出すと、
今度は花桜が天井に向かって声をかける。


「なんや、花桜ちゃん気づいとったんかいな」


そう言いながら姿を見せるのは山崎さん。



「気が付きやすいように
 気配出してくれてたらわかるでしょ。

 それで……用事何?」

「もぅー、花桜ちゃんは相変わらず
 つれへんお人なやぁー」


次の瞬間、山崎さんはコロリと口調が変わって
なよなよっと装う。


そしてまた何時もの調子に戻って
一つの情報を提供してくれた。



監察の仕事の途中で経た長州藩士たちの亡骸の行方。


山崎さんが聞いた情報によると、福井藩の人たちが、
松平春嶽公の許しを得て福井藩の菩提寺でもある
上善寺に葬ったとの噂を仕入れて来てくれた。


そしてもう一つ。
その首塚に義兄のものは入っていないとか。


どっちにしても噂の域を出ることはなくて、
真実は自分で調べてみないとわからない。


そのまま山崎さんは、職務に戻り瑠花に捕まった沖田さんは、
私たちの部屋に姿を見せた。



「総司が付き添ってくれるって」


にっこり笑う瑠花の隣、少し困り顔の沖田さん。


「すいません。
 私の我儘で……」


そう言って謝罪すると沖田さんは「構いませんよ。瑠花に使われるのは慣れました」
っと溜息と共に吐き出した。



その後は、四人で屯所を抜け出して鷹司邸を真っ直ぐに目指す。



瓦礫の山とかしたその場所で、
私たち三人は必死に炭化した木を持ち上げる。


大きな柱は炭化して、
全てが変わり果てた姿になったその場所。



それでも少しでも手がかりを見つけたくて、
私は両手で、瓦礫を掘り起こしていく。



何度も何度も、少しずつ。
そんな私に瑠花と花桜も付き合ってくれる。




「誰か居るのかい?」




ゴソゴソとした物音を聞いてか何人かの声が聞こえてくる。


その声が聞こえた途端に緊迫する空気。


沖田さんと花桜は、すぐに抜刀できるようにと、
反射的に刀に手をかける。



「瑠花、僕の後ろに」



小さく囁くと、瑠花は言われるままに
慌てて後ろへと移動する。



「二人とも、こちらに敵意はない。
 刀をおさめてほしい」



その声は、聞きなれた斎藤さんの声に間違いなくて。



灯りを遠くに掲げて、向こうの人影を確認すると、
そこには確かに斎藤さんの姿が確認できた。



「一君」

「総司……。
 加賀、岩倉来ていたのか」

「はいっ。
 瑠花が頼んでくれて、沖田さんが護衛してくださったので」


そう言うと、斎藤さんはお連れさん共に一気に距離を詰めた。
それを確認して、花桜と沖田さんも刀から手を放す。 


「こちらはお辰さん、久坂玄瑞と親しかった人だ」


そう言う風に私を紹介する斎藤さん。



お辰さん?

聞きなれない名前に私は戸惑う。



「うちは桔梗屋の辰路(たつじ)。
 義助はんのことは心配せんでもえぇ。

 あんたが、舞さんやね」



名乗る前に名前を呼ばれて、益々、戸惑っていると
お辰さんは、ゆっくりと私の手を取って自らのお腹を触らせた。



「義助はんのお子や。

 大火の火事で、全て燃えてしもうて焼け跡から見つけられたのは
 遺骨だけやった。

 けど……誰にも渡さへん。
 こうなる運命を義助はんは全て受け入れてた。
 
 見越してはった。
 どうぞ舞さんやったら義助はんも喜んでくれはるやろ。

 うちが見つけられたのは義助はんだけや。
 他のお人は福井の人が何処ぞへ連れて行ってしもうた」



斎藤さんが見つけ出してくれたのは義兄の恋人。


そして義兄は今、その人と長州贔屓の町人(まちびと)に寄って
ちゃんと守られてる。


お辰さんに連れられて赴いた場所は山荘の一角。


その場所に建てられたお墓。
静かなその場所で私はそっと手を合わせる。







義兄……私……もう一度長州に行こうと思う。
義兄とはちゃんとお別れできたから。

次は晋兄だね。

晋兄のところに帰るんだから、お辰さんが許可くれたら、
ちゃんとついてきてね。

文さんには内緒にしといてあげるから。







小さな墓石をゆっくりと見つめながら、
私はこの先の未来を思い描く。


真っ直ぐに見つめる先、辿りつく場所を信じて。



ゆっくりとお参りを終わらせると、
私たちはお辰さんお礼を伝えて屯所へと帰路についた。



ゆっくりと歩く帰り道。




暗闇に浮かぶ、お月さまが綺麗なそんな静かな夜だった。

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