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約束の大空

佳川鈴奈

40.夜明け -花桜-

どうしてだろう。


全て自分で決めたはずの事なのに
池田屋事件のあの日から刀を持つことが怖い。


刃物を見るのが怖い。


何度も何度も手洗いして、
着替えたはずなのに今も真っ黒に変色した血が
こびりついているような気がして落ち着かない。


刀を握った手が血に染まって見える。



夜が来る度にリアルに襲い掛かる
私が殺意を持って人を殺してしまう夢。


私の心が私じゃなくなってしまうような
そんな感覚。

あの時……私が殺したあの人にも家族が居たかもしれない。
殺【や】らなきゃ、殺【や】られる……。

そんなことわかってる……。


だけど……その覚悟の重さの半分も私は知らなかった。
人を斬ることによって背負う罪の重さ。



自分で出来る事はちゃんとやり遂げたい。
甘えていたくない。

荷物になりたくない。
立ち止まりたくない。


そう焦れば焦るほどに、
思い通りに動かなくなる体。


日に日に怠くなっていく体は、
何時しか私を自分の部屋に閉じ込めたまま。



障子を閉め切った部屋の隅、
息を潜めて、膝を抱えながら
ただ時間だけをやり過ごしていく時間。



私が眠れるのは、土方さんに強引に連れ出されて、
剣を握らされて意識を失ったその時間だけ。



「花桜ちゃん、土産こうてきたで。
 ええ色してるやろ。
 花桜ちゃんの髪にぴったりや」




天井からストンと音も立てずに
降りて来て私の傍に近づいて声をかけるのは山崎さん。


部屋に閉じこもるようになっても、
彼は仕事の合間に、様子を見に来てくれる。



「……山崎さん……」



ゆっくりと顔をあげると、
手にした簪を私の前にチラつかせて
ゆっくりと髪に挿した。



「わいは……花桜ちゃんが辛いなら、
 今は無理せんとゆっくりとしてたらええと思う。
 
 花桜ちゃんは、未来っちゅうところから来たお人や。
 なら、ほんまはこんなんに巻き込んだらあかんのや」



私の隣に腰を下ろして覗きこむように語り掛ける。


山崎さんの手が、ゆっくりと伸びて来て
私の目元に触れる。



「こんなに隈つくって顔色悪うして。
 花桜ちゃんが辛いんやったら……わい……」



そのままゆっくりと近づいて来た山崎さんの顔。
そしてそのまま触れた唇。

ほんの少しの間だけ、
触れ合った柔らかな温もりの時間。


「あっ……」

「あぁぁ、堪忍。堪忍な、花桜ちゃん。
 つい、うっかりやってしもうた。

 あまりにも花桜ちゃんが……」



そう言いながら山崎さんの声は語尾が小さくなっていく。




未来から来たって言っても、
私はこの世界に残るって自分で決めた。



だから……この優しさに溺れていいわけない。
逃げ出していいわけないのに。 



「花桜ちゃん、そんなに思いつめたらあかんよ。
 もう少しゆっくりとしたらええ。

 そうや、加賀ちゃんも帰って来たで。
 気分転換に外で三人で遊んだらどうや。

 瑠花ちゃんに、加賀ちゃん、んで花桜ちゃん。

 三人には、この時代の事嫌いになって欲しいないわ。

 そりゃ、大変な事多い時代に感じるかもしれんけど、
 多分……この時間があるからこそ、
  花桜ちゃんたちの時間に続いてるんやとわいは思う。

 わいの運命がどんなふうなんかは正直聞きたない。

 けど……今、わいが出来る事は精一杯やり遂げたい思うんや。

 そうやって生きる、わいの傍で花桜ちゃんが笑っててくれたら、
 そんなに嬉しいことないわな。

 ほな、仕事に戻る。無理せんと、ええ子にしてまたお土産まっときな。

 今度はお団子買って来るわ」


山崎さんはそう言うと、再び天井の方へと移動して
私の前から姿を消した。


何気なく聞いてたけど今、山崎さんに告白された?私。


思考回路停止中の私には、
そんな情報をササっと処理出来るほど
落ち着ける状況でもなくて、
だけど彼の優しい言葉は、
ほんの少しだけ外に出る勇気を取り戻させてくれた。


髪を手櫛で整えて、
結いなおすと、壁を頼りに立ちあがって
ゆっくりと部屋から庭の方へと出掛ける。


強い陽ざしと眩しさに
思わず掌で覆いながら、太陽の力を頂いて
深呼吸する。


耳を澄ますと隊士たちの練習する掛け声が
聴覚を刺激する。


沢山並ぶ木に括られた藁の束。
その藁に向かって、槍を突き刺す隊士たち。



思わず視界に移した光景に、
目を背けるように背中を向ける。


あの人たちは……こうやって
あの血だらけの戦場に出掛けていく。


そしてあの日の私と同じように
必死になって、誰かの命を奪ってく。


そう思った瞬間、再び震えだす体。

自らの両腕をガッチリ抱きしめて、
その場にたたずむ。


「山波、大丈夫か?」


ふと声をかけられたその人は、
私に最初、稽古をつけてくれた……人。



「斎藤、山波だって?」



そんな風に私を気遣う声を発しながら、
次々と周囲を取り囲んでくる隊士たち。


「大丈夫か?」


差し伸ばされた手をゆっくりと取って、
何とか立ち上がって深呼吸を何度か繰り返すうちに
ようやく治まってくる震え。



「ご心配おかけしました」

「無理はするな」



そう言って立ち去っていく斎藤さん。


「おいっ、お前たちも稽古に戻れ。
 長州が襲撃する日が近い。
 もっと気をひきしめろ」


稽古をつけていた藤堂さんの声が
屯所周辺に響き渡る。



「山波さん、今は傷を治してくださいね」

「また山波さんの笑顔見せてくださいね」



そうやって一言ずつ、何かのメッセージを伝えながら、
隊士の人たちは、それぞれの持ち場へと戻っていった。


私を気遣ってくれる声。
心配してくれる声。



ここに来たばかりの頃は、私たちはずっとよそ者で、
受け入れてもらうことなんて出来なかった。


必死で屯所の為に働いて、
働き続けた成果。


努力が実って、
勝ち取ることが出来た居場所。





やっぱり……私、この世界が好き。
ここに居る人たちが好き。




そして瑠花と舞と三人で……
ちゃんと元の世界に帰りたい。



その為には、この世界で生き抜く、
この世界を渡り切る強さが欲しい。




このままじゃいけない。
ちゃんと前に進まなきゃ。



そんなことを想いながら、
再び、逆側の庭へと足を進めていく。



この勝手口のドアから続く先には、
芹沢さんたちが眠るお墓がある。



お寺の境内で駆け巡る子供たちの声を聞いたら、
少しは何か変われるかな?



そんなことを想いながら、足を進める私の耳に届く、
ケホケホっと言う軽い咳の音。




咳=結核。

結核=沖田総司。




瑠花に散々聞かされてきたから、
嫌でも覚えてる……そんな式が脳内で成立して
私は、その咳の聞こえる方へとふらふらと歩みを進めた。


庭に敷き詰められた、賊防止の石を踏みしめた途端に
周囲に広がる殺気。



「山波花桜」



相変わらず咳が続く中、その人は私の名前を呼んで、
抜きかけた刀を鞘に戻して口元を手で拭う。



「沖田さん……」



慌てて彼の傍に駆け寄る。


彼はゆっくりと、
立ちあがっていつもの貌。



「咳……何時から続いてるんですか?

 瑠花は?
 瑠花は、咳の事知ってるんですか?」


沖田さんを問い詰めるように、
一気にまくしたてる声。


「山波、声が大きいよ。

 瑠花は知らない。
 それより、君……覚悟は決まったの?

 どんな大義をかざしても、物事は所詮、
 人の犠牲の上に成り立つもの。

 どんなに綺麗ごとを並べても、人殺しの大罪から
 逃れることは出来ない。

 僕はね……芹沢さんから託されていたものに、
 二人をこの手にかけた後から気が付かされた。

 彼から託された重みを知った時、
 僕は僕自身のこの身が滅びるまで
 その使命を背負い続けたいと思った。

 その罪を抱きながら。

 だから僕は、こんな時に倒れてなんか居られないんだ。

 瑠花のいった通り、君たちの未来の通り
 もうすぐ僕自身が終(つい)えるとしても。
 
 山波、本気で未来に三人で帰りたいと望むなら、
 その目的の為に、君も覚悟を決めるといいよ。

 例え、どの命を犠牲にしても未来に戻ると……
 どんな大罪を犯しても、叶えたい目的の為に手段は選ばないと。

 自ら、鬼の道に踏み込むことも
 時には必要だってことだよ」




鬼の道に踏み込むことも必要。





静かに諭すように告げられた
沖田さんの覚悟が耳から離れない。







誰だって最初がある。



その最初を、どれだけ早く未来に引きづらないように
断ち切って、自分の道を歩いて行くか……。


そう言うことなんだよね。






あの日……私が剣を振るわなければ、
私自身が殺されていた。



それだけの場所に居たんだ……。





瑠花の想いに答えたい一身で乗り込んだ私。

だけど私はその戦いの真実が何一つ見えてなかった。



私はあの場所に流されて辿りついただけ。
自分の足で、立つべくして辿りついてない。



だからこそ……自ら犯した罪が、
こんなにも強く圧し掛かる。




自分の足で……立ち上がる。
その意味に辿りつければ……。





何時の間にか、沖田さんもまた私の前から姿を消して
何処かへ行ってしまったみたいだった。


じっとりと汗ばむ肌を手拭いで軽く抑えて、
もう少し足を伸ばそうとした時
勝手口のドアがゆっくりと開いた。




「あっ……」



ゆっくりと扉を潜って姿を見せたのは山南さん。



「山波君……」



あんなにも衰弱していた山南さんは、
今は何事もなかったかのように、
たおやかな笑みを浮かべて、私の名前を呼ぶ。



「お体は?」

「心配をかけたね。

 腕の方は完治することは叶わなかったが、
 この通り、一人で出歩くことは出来るようになった」


腕の方は完治しなかった。


剣を持つ人にとって、その言葉の重みに
私は何を発すればいいのかわからぬまま
ただ黙って、山南さんの言葉を聞いてた。



「山波君、池田屋事件のこと聞いたよ。
 少し付き合ってくれないか?」



そう言われて、ゆっくりと頷くと
山南さんは私の前をゆっくりと歩き出した。




久し振りに出歩く京の町。




山南さんに連れられて向かった先は島原。


その花街の一角にある建物に、
山南さんは、さっさと入ってしまう。



立ち入ることに尻込みしている私に、
山南さんは「山波君」っと再度、
名を紡いで中に入るように促した。



今度は一気に店主に会釈だけして、
山南さんの後ろを追いかけていく。


狭い階段を昇った二階には、4つくらいの障子が並んでいて
障子越しに蝋燭の灯りがちらついて見える。



「明里(あけさと)入りますよ」



山南さんが静かに告げた名前に、
私は息を飲み込んだ。



明里と呼ばれたその人が多分……我が家に続く、
朱里(あかり)おばあ様だと思うから……。



山南さんによって、
ゆっくりと開けられた障子の奥には赤い着物を身につけて、
ゆっくりとお辞儀を続ける一人の女性。


ペタンコの布団。



「明里、今日は連れが一人いる。

 君に会わせたいと話したことのある、
 山波君だ。

 山波君、明里だ」



そう言って山南さんは私を明里さんに紹介すると
明里さんの傍へとまわって、彼女を布団へと誘導した。


「山波君、すまないが布団をかけてやってくれ」


そう切り出した山南さんに促されるままに、
彼女の元へ、重たい綿布団を引きあげる。


「先生……」


明里さんは、山南さんの事を先生と呼びながら、
床に伏せたまま、会話を続ける。


「山波君、すまない。
 ここ島原でも、今は労咳(ろうがい)が流行っていてね。
 
 誰だろうね。
 
 労咳が一種の気の病だと言い放ったのは。
 パッと憂さを晴らした挙句に、島原で抱いて、広がって……」


「身を売るしか術のない私を先生は何も求めずに、
 ただこうやって姿を見せてくれる」

「そうだ……明里。
 高麗人参を手に入れて来たんだよ。

 これを飲んで、休みなさい。
 明里の身請けの事は私に任せるといい」


ただ唖然と見つめるしかない私の前で、
次々と会話されていく山波家の行く末になる出来事。


「山波さん、言うんやね。
 名前は?」

「花桜です。花の桜と書いて花桜」


そう言った私の隣、山南さんは筆をとって
私の名前の漢字をサラサラと書いて、明里さんに見せる。


「花桜ちゃん言うんやね。

 女の身で、新選組のお人と一緒に行動するのは辛いやろ。
 よー頑張ったね」


明里さんは、そうやって言いながら
床に伏したまま腕を伸ばして、私の頭を抱き寄せた。


「花桜ちゃん、ウチはな……
 花桜ちゃんが信じる道を精一杯歩きとおしたらええとおもう。

 先生が信じる道。
 花桜ちゃんが信じる道。
 ウチが歩き続ける道。

 人の道は修羅ばかりや。
 けどな、それでもウチは先生に会えた。

 花桜ちゃんにも会えた。
 修羅の道にも光はあるんえ」



やんわりとした口調で、力強く話す明里さんの言葉は、
何処か……祖母の言葉にも似て……。



そんな優しい温もりに満たされながら、
ゆっくりと眠りに誘われた時間。




『花桜……貴女の信じる道を歩きなさい。
 私たちの一族がそうして想いを繋いできたように……』




眠りの中、懐かしい
お祖父さまとお祖母さまの声が聞こえた気がした。




朝になったら歩き出そう。



私が歩きたい未来(道)をしっかりとこの手に掴むために。


明けない夜はない。


明里さんが教えてくれた。
修羅の道にも光はあると……。


だったら、その夜明けを信じて
前に踏み出したい。



沖田さんが話してくれた、
夢を叶えるための覚悟の意味を噛みしめながら……。


ちゃんと歩き続けるよ。




今度こそ、誰かの為じゃなくて
自分の自身の想いの為に。



この足で大地を踏みしめるために。

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