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約束の大空

佳川鈴奈

36.晋兄との最後の夜 - 舞 -


桂さんに続いて中に入ることが許された武家屋敷。

その場所は、私にとって居心地がいいと
思える場所ではなかった。


何故なら、その場所には私が新選組と
行動を共にしていたことを知る人たちが居たから。


桂さんの後ろを歩いているから、
すぐにどうこうってことにはならないと思うけど
だけど屋敷の中を歩いていく私に向けられる視線は
友好的な雰囲気など持ち合わせていない。



それぞれに刀の柄に手を添える素振りを見せながら
睨みつける視線。



その視線には、いろんな思いが込められているような
感じがするけれど、それに理解を示したいと思えるほど、
私の心境もゆとりがあるものじゃなかった。




そこへ、一人の門番が駆け込んでくる。





「桂さん、池田屋が新選組によって襲撃されました。
 池田屋から逃げてきた望月が表で助けを求めています」




ヤバすぎるでしょ。



池田屋の新選組襲撃。


門番が告げたその報告に、
刀を解き放ったその場の人たちの視線が
一斉に私に集まる。



一触即発になりそうな緊張が高まった空気を
おさめるように、言葉を放ったのは
目の前に居る桂さんだった。



「門を閉ざせ。

 我藩は今回の一件に一切関与しない。
 君たちも、その剣を納めたまえ。

 彼女は、高杉の来客。
 手出しすることは許さぬ」



そう言い放った桂さんの言葉に
今も納得出来ないと言いたげな表情を見せながら
刀を納めていく。




それ以上は、誰も一言も言葉を発することないまま
時間だけが過ぎていく。


桂さんもまた静かに目を閉じて
何かを思っているみたいだった。




そんな桂さんとは別に、その場に居た浪士たちは、
門の方へと視線が向けられている。




多分、助けることが出来なくなった
自分たちの仲間のことを考えているのだろうと推測できた。



張りつめ続ける空気に居場所を見出すことが出来ない私は、
必然的に壁際の部屋の片隅で一人、
体育座りで体を小さくすることしか出来なかった。





守りたい。


守りたい……守りたい。




晋兄や義兄を守りたい。



その思いは揺るぐことはないのに、
どうして守ろうとしているのかわからない。



想いだけが空回り続ける私なんて……要らないよ……。




強くなりたい。



『そう……。

 もう泣き続けるだけの、
 後から知らされるだけの私なんて
 嫌だから……』




心の中から湧き上がる声。





あっ……まただ……。




時折、感じる
頭がズキズキと痛みだすこの感覚。





不快感を必死に押し殺しながら、
ただその場に居座り続ける私の耳に
届いてくる沢山の情報。






「桂さん、表で望月亀弥太が自刃しました。

 池田屋にて捕縛されたものは四名。
 討ち取られたものは、九名。

 討ち取られた者の中には、

 吉田稔麿
 北添佶摩
 宮部鼎蔵
 大高又次郎
 石川潤次郎
 杉山松助
 松田重助の存在も確認できたとのことです」






つらつらと告げられる名前を耳にしながら、
それぞれに声を荒げていく浪士たち。



吉田……稔麿……。



栄太郎さん……
あの人も逝っちゃったんだ……。



以前に会ったことのあるその人の名前……。




晋兄も義兄も悲しいんだろうな。




新選組の人たちが、
晋兄たちの仲間を殺したんだ……。





決して……相容れることのない
対極の場所に自分たちの居場所があるんだね。 





花桜……瑠花……。

私……二人は好きだけど、
やっぱり許せないよ。


私の大切な人を守りたいよ……。






悔しさと悲しさと、いろんなものが
ぐちゃぐちゃになって押し寄せてくる後悔の念。


罪悪感。








晋兄……。






そのまま意識を手放すように、
その場に倒れ落ちた。









「舞……。

 舞、大丈夫か?」





声……。
懐かしい……声が聞こえる。




ゆっくりと目を開くと、
額に触れる掌。




「……晋兄……」

「目が覚めたか?」




目が覚めた時、そこには私がずっと逢いたかった晋兄が
静かに座ってた。


布団の中から必死に手を伸ばして、
晋兄の腕をゆっくりと掴み取る。


目の前に居る晋兄が、
消えてしまいそうで怖いから。



私が伸ばした手を、
ゆっくりと握り返してくれる晋兄。 



「やっと見つけた……」



晋兄はその後、
私の髪をゆっくりと撫でながら続けた。



「あぁ、桂さんから聞いた。
 舞がオレを探していると」

「……ごめんなさい……。

 私……晋兄と兄の大切な友達守れなかった。
 花桜と瑠花が居たから私は新選組に暫く居たのに。
 こうなる前に、もっと晋兄たちに出来ること
 あったと思うのに」



そう……スパイとか……。




この場所に居るから、
今はそう言う言葉が出てくるけど、
あの場所に居た時は、
斎藤さんが何かと気にかけてくれて、
その人を裏切ることも出来ないと
思ってしまう自分の心も知ってる。



それでも……
そう言う言葉を吐き出してしまう私は
ズルいね……。



「栄太郎が死んだのは残念だよ。
 
 ただアイツは、時を見誤ったんだ……。
 馬鹿なヤツだよ」 



晋兄はそう言って呟くと、
静かに目を閉じて彼を思い偲んでいるみたいだった。




あっ……私、義兄を晋兄に説得して欲しかったんだ。



どうして晋兄を探し続けていたか当初の目的を
ようやく思い出した私は、
必死にまだ怠い体を布団から起こそうとする。



必死に起き上がろうとする私に
晋兄は、ゆっくりと体を起こしやすいように支えてくれた。


そんな晋兄に縋りつくように、
私は自分の想いを吐き出す。




「晋兄、助けて。
 義兄が死んじゃう」


晋兄の腕を掴む指先にも力が入る。



脳裏に思い浮かぶのは、
時折、脳裏に蘇る記憶。



鎧を纏って歩いていく義兄。


そして……義兄はそのまま死んでしまった。



義兄の死を知って、崩れ落ちながら、
何度も何度も、土を握りしめて涙を流し続けた
あの悲しい想いはもう二度としたくない。



だから……義兄を助け出したい。



「晋兄、この間私……義兄に会ったの。

 屯所に私を訪ねて来てくれた子供が居て、
 義兄からの手紙貰って会ったの。

 同じように、義兄に伝えたのに届かなかった。

 もう一生分のお餅は食べてきたからって
 言われちゃった」



一生分のお餅は食べてきたって、
もうお正月を迎えることはないって
死は覚悟の上だよって。



「もう……あんな思いするの嫌だよ」




そのまま、絞り出すように
自分の感情を出していく。

涎なのか、涙なのか
もう混ざりすぎてわからないものが
着物に染みをつくっていく。



晋兄は、私が涙を流し続ける間、
想いを吐き出し続ける間、
ずっと抱きしめて、髪を撫で続けてくれた。




そしてゆっくりと落ち着いたところで
教えてくれた。




私が知らない、
晋兄と義兄の想いを……。





「最初は、義助も『朝廷からの退去命令に背くべきではない』と
兵を引き上げようとしていたんだよ」って。


だけど義兄の想いが
同胞に受け入れられることがなかったんだ。


来島又兵衛って人が、
進軍を躊躇するとはなんたることかって、
義兄を強く責めながら詰め寄ったんだと。


それでも義兄は、
必死に来島さんを説得しようとした。



今回の件は、藩主の無実の罪をはらせればいいから、
嘆願を重ねればいいだろ。

自分たちから手を出して、
今以上に状況を悪くしたらどうするんだって。



それよりは、必勝の見込みが立つまで
待つ方が得策だろうって。



何度も説得しようとした。



だけどそんな義兄の気持ちに対して、
来島さんはそれを受け入れることなく、


『卑怯者。
 医者の坊主に何がわかる。
 もし身命を惜しんで躊躇するなら
 勝手にここに留まれ。
 
 世は我一手を持って悪人を退治する』って

言い放っちゃって、
義兄の前から立ち去ってしまった。 


*

だから……、義助の覚悟は、
もうオレでもどうすることが出来ない。



池田屋事件が起きて、
いきり立つ長州の勢いは、
そのまま、ぶつけられるだろうって。


*

晋兄は、そうやって
義兄から語られることのなかった
想いを教えてくれた。



それでも晋兄は、小さく呟いた。




「今の義助には、オレが何を言っても届かない。
 それだけの覚悟を決めて、
 アイツが決断したことだ。

 友が決めた未来が、舞の言う死に繋がるとしても
 オレにはどうすることも出来ない。

 只、オレはアイツのようには生きられない。

 オレにはオレの生き方がある。
 オレはすぐにでも京を立つ」

「京を立って、どうするの?」

「長州に戻る。
 そして向こうでオレが成すべきことをする」





そう言うと、晋兄は
ゆっくりと私の体を晋兄の正面に来るようにと
抱え起こした。


そして真っ直ぐに私を見据えた。



「晋兄?

 ……私は?」


置いて行かれるのが嫌で、
必死に繋ぎとめようと、発した言葉。


『舞も来るか?』
そう言ってくれるのだけを信じて。


だけど晋兄から
紡ぎだされた言葉は違った。




「お前はお前の未来を……」





晋兄はそう言うと、
何時もみたいに私に笑いかけながら
私に手刀を打ち付ける。




薄れていく意識の中、

『倖せに。舞……』


そう呟くのを微かに感じた。









意識を失ったまま、
屋敷を連れ出された私が
意識を取り戻したのは、
何処かわからない、山奥の大木。







その場所に、
縄で括り付けられた状態で
私は意識を取り戻した。







見渡す限り、
人の気配がないこの場所。




蒸し暑さが、
私の髪を肌へと
ベッタリと貼りつかせていく。







身動きが取れない
大木の前で、
私はただ……
不安だけを抱きながら
立ち尽くしていた。







……晋兄……。

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