約束の大空

佳川鈴奈

34.池田屋 - 花桜 -


土方隊からも舞からも離れて、
ただひたすらに
駆け抜けた京の町。

だんだら羽織を身に着けて、
店を順番に検めている
近藤さんたちの姿が視界に入った。




……良かった。
まだ始まってない……。




安堵する気持ちと同時に、
見つかっちゃいけないと思う気持ちから、
私の追跡姿も怪しくなる。



コソコソと影に隠れながら、
新選組の後をつけていく。




「花桜ちゃん、みっけ」



そう言って、足音もなく私の背後に
降り立ったその人は聞きなれた声を出した。


「山崎さん」

「今のオレに背後とられるようやったらあかんで」

そう言った山崎さんの表情は仕事人の顔立ち。


普段の私が知る山崎さんみたいに
チャラけたところが全くないそんな姿。



「岩倉が副長たちに話した未来の出来事はオレも聞いた。

 だからここにおるんやろ。
 花桜ちゃんは?」

「……はい……。
 池田屋で事件が起こるから」

「今、島田が副長のところにその報告に向かった。
 オレも今から隊長にその旨を告げに行く」

「だったら……私も……」


だったら私も行く。


「花桜ちゃん。

 オレはな……花桜ちゃんには……。

 それに副長も……」




何か紡ぎかけた山崎さんの言葉は
そのまま続けられることはなかった。




「私は見届けるんです。
 山南さんの為にも親友の瑠花の為にも」



きっぱりと言い切った私に、
山崎さんは、『足手まといになったらあかんよ』
そうやって呟いた。




そのまま山崎さんは私に合図を送って、
近藤さんの元へと近づいていく。




「山波君、何故君が?」

「伝達で走って来てたところ、
 オレがそこで保護しました」


シレっと紡ぐ山崎さん。


「今、島田に副長の元へ行かせました。
 池田屋です」


静かに告げられた途端、
近藤さんは驚いたような表情を見せた。



「山波くん……」

「近藤さん、池田屋なんですね。
 場所がわかったら、後は……」



近藤さんの隣、
沖田さんは自分の刀にゆっくりと手を伸ばした。



「池田屋に向かう。
 山波君、君は此処に……」

「嫌です。
 私も行きます」




近藤さんも私を置いて行こうとする。




それを断固、跳ね除けるように言い放つと、
沖田さんがゆっくりと近づいてきてくれた。



「彼女の腕も多少は使えるでしょう。
 自分の命は自分で守るんですよ。
 どうしても危ない時は僕が助けてあげますよ」



そんな風に笑みを携えながら。




だけど……彼は倒れる。




沖田さんも瑠花から、その未来を聞かされてると思うのに
どうしてそんな風に笑ってられるんですか?




そう思いながら、
私は沖田さんをじっくりと観察していた。





咳はしてない……。





だったら、彼が倒れる原因は
この湿度?
暑さ?






蒸し暑さを感じる空気は、
額のハチマキを汗でずらしていく。



首筋の汗を思わず、着物の袖で拭いながら
池田屋のへ方へと向かった。




少ない近藤部隊を更に裏門を守る側と、
正面から切り込む側に素早く分けられる。


安藤さん、奥沢さん、新田さんらは
近藤さんの指示の後、裏門側へと移動していった。



「山波君。覚悟はいいか?
 ここから先は戦になる。

 歳たちが合流するまで斬り捨てで構わん。

 突入する」


近藤さんに問われた言葉に頷くと、
沖田さんと藤堂さんが池田屋のドアを開け放つ。


「主人はいるか?

 会津藩お預かり、新選組。
 宿改めである」


開け放った途端に、
あの有名な事件が目前で映し出される。



奥からゆっくりと顔を出した主人は
ゆっくりと会話をするように時間を稼いでいく。



その時、部屋の周囲を物色していた
沖田さんが、布を引きづり落とす。



「近藤さん」



武器を確認した近藤さんは、
二階へと続く階段を静かに歩いていく。



それに続く沖田さん。






途端に二階の方が騒がしくなって、
刀と刀がぶつかり合う音が耳につき始めた。





私も殺らなきゃ。






殺らなきゃ、帰れない。




沖影力を貸して……。




そう念じて、沖影を鞘から抜き放つと
二階から飛び降りてくる羽織を着ていない人たちを
目がけて、切り込んでいく。



「平助、お前はこっちを任せた。
 俺は庭に出て蹴散らす」



そう言うと、永倉さんはすぐに庭へと飛び出していく。


私も必死に沖影で必死に刀と刀をぶつけ合っていく。


その時、背後で藤堂さんの額から血が吹き出す。



「藤堂さん」



叫びながら、目の前の人の腹部を
真正面から一突きにして沖影を抜き取ると、
返り血を衣に浴びながら目だけを覆う。


目に血が入ったら見えなくなる。


藤堂さんがやられた一説には鉢金がずれて、
視界が遮られたところに額を斬られて
その血が目の中に入ったって綴られてる文献もあった。



返り血から目だけを庇って、
そのまま二階へと駆け上がっていく。



二階からは、入れ替わりで
階下へ降りていく近藤さんの姿。



敵と向き合いながら、
両者、刀と刀を向き合わせながら
一歩も許さない、沖田さんと敵方浪士。




沖田さんと戦ったとされてた人……。
確か吉田って名前だったかな?


あと一人は誰?





睨みあう、三人。




一瞬のうちに、刀と刀がぶつかり合う音が聞こえて
そのまま吉田って人が倒れ、沖田さんもフラフラと
体をよろめかせてぶっ倒れた。



斬り捨てられた一人。



そして、倒れながらも沖田さんが倒れたのを見て
私に剣を向ける一人。



私も剣を握りなおして、その人に切り込んでいくと、
その人は二階から屋根伝いに外へと飛び出した。



逃げたその人を深追いすることなく、
すぐに瑠花がいってたように
沖田さんの傍へと近づく。




「沖田さん?」






汗が吹き出し、青白い皮膚の色を見せて
倒れている沖田さん。




TVで映ってるみたいに、
吐血したわけじゃなさそう。





瑠花、沖田さん大丈夫そうだよ。





そう思いながら、懐に忍ばせてあった
塩をゆっくりと取り出して
沖田さんの口の中に少しふくませた。




ポカリとかあったらいいのに。





二階から下を見下ろすと、
そこには別行動していた土方隊が合流して
池田屋事件は終幕を迎えたみたいだった。





土方隊が到着してから、
新選組は「斬り捨て」から「捕縛」へと指令が変更。


九名打ち取り。四名の捕縛。







すると階下から、
二階へと駆け上がってくる足音。






「山波、総司」




そう言って駆け上がってきたその人に、
私は「大丈夫です」っと呟いた。




「総司はどうした?」

「多分、この暑さにやられたんだと思います。
 私の世界でも、この時期は倒れる人が多いの。

 剣道の防具の中なんて、拷問で。

 人が生きて行くために必要な塩分が
 なくなっちゃうんです。

 それで体温が調整できなくなる。

 塩を沖田さんの口の中にいれました。
 ポカリがあればいんだけど。

 ないから……とりあえず塩。

 お水と砂糖が手に入れば、
 経口補水液が作れます。
 
 それを飲ませれば、
 もう少し落ち着くと思うんだけど」




そう言うと土方さんはすぐに
言われたものを集めてくれた。




えっ?



信じてくれたの?






嬉しいような、気味が悪いような。






そんな複雑な心理の中、
山崎さんがすぐに駆けつけて来てくれて、
私は経口補水液を沖田さんにゆっくりとふくませた。









翌日の昼時。


私はすべてが片付いた池田屋から
新選組のメンバーと屯所へと向かう。





新選組の旗に、
だんだら羽織を翻しながら。






負傷した隊士たちは、
戸板に寝かせて運びながら。





今も戸板で横になってる
沖田さんの隣を、
私もゆっくりと歩いた。



ただその中に、
舞の姿だけはなかった。




京の人たちのひそひそ話と、
見世物をみるような目が
私たちに突き刺さっていく。





歴史的に大きなこの事件は、
私たちの思い通りに、
変えられることもなかった。








この時代の事件は
大きな何かに操られているみたいに
未来で教えられた歴史通り
時を刻み続けていた。


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