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約束の大空

佳川鈴奈

31.運命の朝 - 花桜 -

その日、朝から屋敷内は
張りつめた空気が漂っていた。



それでも私の生活は変わらない。





張りつめた空気を胸いっぱいに吸い込んで、
大きく伸びをすると、いつもの毎日を一つずつ
対峙するように熟していく。




「おはよう、舞」



炊事場に顔を出すと、井上さんと一緒に
すでに舞が朝食の用意をしてくれてた。



「おはよう、花桜。
 瑠花は?」

「瑠花?
 まだ見てないけど……」

「寝坊かな?」

「舞、朝食任せていい?」

「うん。
 花桜は?」

「私はとりあえず屋敷内の掃除頑張る。
 雑巾がけ早く片付けちゃいたいから」



そう言うと、炊事場を後にして
雑巾がけの支度へと井戸に向かう。


井戸から水をくみ上げた時、
沖田さんと一緒に居る瑠花を見つけた。



二人は庭園を抜け出てお寺の方へと
仲良く向かっていく。 





最近、瑠花が沖田さんと一緒の時間を過ごしているのを
見かけることが多くなった。


この場所に来て芹沢さんとお梅さんしか、
守ってくれる存在がなかった瑠花。

その瑠花が……心を次に開いた相手。



だけど一緒に居る時間が長ければ長いほど、
瑠花が辛くなるような気がしてならない。


私だけ戻った、瑠花と舞の居ない現実世界。


その世界の図書館で読み漁った
新選組に纏わる書籍に記されていたのは、
沖田さんが、労咳でなくなるという事。



病死って言ってしまえば、
それまでなんだけど……だけど、
瑠花のことを想うと割り切れない。



私より歴史に詳しい瑠花。



何を思って今、
二人の時間を過ごしてるの?



悲しい別れが訪れることを知りながら。



瑠花と沖田さんの姿が見えなくなると、
井戸から水をくみ上げて、
桶の中へと注ぎ込む。


そこに手ぬぐいを付け込んで、
ギューっと絞ると、雑巾がけを始めた。



床が一瞬の湿気を含んで乾き始めた頃、
稽古を終えた隊士たちがぞろぞろと
姿を見せ始めた。



さてっ、朝ごはんの手伝いしてこなきゃ。



桶と手ぬぐいを片付けると、
朝ご飯を並べる手伝いをする。


雑巾がけを終えて、広間に戻った時には
瑠花も手伝いに参加していた。



「ありがとう、花桜」

「ううん、舞こそ有難う。
 瑠花、おはよう」

「おはよう、花桜。
 あっ、後お汁入れるだけだから。
 
 花桜、これ配ってよ、順番に」



指示されるままに、
机の上に並べられる朝食。



・ご飯
・お汁
・お漬物
・焼き魚



豪華すぎる食事とは言えないけど、
それでも十分、豪華なご飯を
私たちは食べられてるんだと思う。


全てを並べ終えた後、
隊士たちが食事を始めたのを見届けて、
お膳を二つ抱えて、広間を後にする。



広間を出て山南さんが療養している
奥の部屋へと向かう。




「失礼します。
 山波です」



お膳を床に置いて、
声をかけるものの中からの声は聞こえない。



ゆっくりと襖に手をかけて、
開けると布団の上で起き上がって、
ボーっとしてる山南さんの姿を見かけた。



「おはようございます。
  朝餉をお持ちしました」


そう言ってゆっくりと部屋の中に入ると、
山南さんの近くにお膳を置く。


そしてその向かい側には、
自分のお膳もセットする。



一日中、布団の中で伏せることがなくなった
山南さん。


熱に魘されることもなくなった山南さん。


だけど……一日中、
こうやってぼんやりと過ごすことが多くなった。



広間に顔を出して、皆と一緒に
食事をとろうともしない。


毎日、つけてくれていた朝稽古。



熱が下がったら、
またつけてくれると思ってたのに 
そんな兆しは感じられない。




目の前に置かれた朝餉に、
黙って箸を少しだけつける。




負傷した腕が思い通りに動かなくて
食べづらいの?




そんな山南さんを気にしながら、
自分の朝ご飯に箸を進めていくと、
突然、背後から……おむすびを掴みとる手。




慌てて後ろを振り向くと、
悪戯が成功して笑みを浮かべる山崎さん。




「山崎さん」

「なんや、花桜ちゃん。
 もっと感動の再会期待しとったのに」


なんて拗ねるようにいいながら、
おむすびを頬張っていく。


「花桜ちゃん、
 そのお漬物ももろてええか?」


なんていつもの調子で、
私の膳から次から次へと摘み食い。


口の中に詰め込んだものを
飲み込んだのか、
仕事モードの山崎さんへと戻った。



「あぁうまかった。
 ご馳走さん。

 山南さん、ちょっと失礼しますね」



そう言うと何も変わらない調子で、
山南さんの傷口を確認していく。


山崎さんは山南さんの傷口の手当だけ終えると
すぐに仕事へと戻っていった。



部屋の襖を開いて、
外の空気を室内に取り込む。




「山南さん、外のお天気が気持ちいいですよ。
 少し、散歩しませんか?」



膳を部屋の片隅に置いて、
庭を眺めながら声をかける。



「私は結構ですよ。
 
 山波くん、君もいつも私に付き合う必要はありませんよ。
 君もやりたいこと、やるべきことは多いでしょう。
 
 私に付き合うことはありませんよ」




穏やかな口調ながら、
全てを拒絶していくように紡がれる言葉。


そんな言葉を聞いて、
離れろって言う方がおかしいでしょ。




「私は好きで居るだけです。
 朝餉、片付けてきますね」


わざと大きい声で告げると、
涙が毀れそうになる目を必死に
こらえて微笑んだ。






やっぱり……キツイな……。




どことなく……お祖父ちゃんの若い頃に面差しが似てる
ご先祖様に面と向かって拒絶されると。







膳を手にして、炊事場に辿り着くと、
泣きながら入った私に、
瑠花と舞がびっくりして近づいてくる。





「「花桜、どうしたの?」」




食器を流しへとつけると、
そのまま首を横に振って
食器へと手を添える。



「花桜、何隠してるの?
 山南さんに何かあったの?」



瑠花は、他の作業に没頭して逃げようとする私を
引き戻すかのように現実を突き付けた。



「花桜っっ!!」




必死にこらえてた涙が、
止まらなくなった……。




その場で崩れ落ちた私に、
二人は優しく肩に手を添えたり、背中を摩ったり。



落ち着くのを待っててくれた。




「ねぇ……。
 山南さんに昔みたいに隊士の皆と触れ合ってほしいの。

 せっかく会えたご先祖様なのに。
 私……何も出来ない……。

 腕を怪我して、思い通りに動かなくて
  そんな現実が、多分……そうさせてるって思えるのに
 何も出来ないよ。

 私には無理なのかな……」
 




ただ傍に居るだけじゃ……
何もやってないのと一緒だよ……。




その人の痛みも、
苦しみも変わることなんて出来なくて
その人が苦しみながら必死に吐き出した言葉に
傷ついて……。



こうやって泣いて……。
バカみたい……。





「花桜、花桜の思いはちゃんと
 山南さんに届いてると思う。

 辛い時、誰かが傍に居てくれるって
 思えるだけで、本当に力になるんだよ。

 その感謝の言葉は、なかなかな伝えられないけど
 山南さんも花桜には有難うって沢山伝えたいと思う。

 だから……そんなに自分を責めないで。

 花桜が辛そうに悲しんでたら、
 今以上に、山南さんも辛くなると思うんだ。

 だから泣き止んで、
 山南さんの前で、花桜スマイル沢山見せてあげなって」





涙で滲んだ先、
瑠花と舞は私に微笑みかけてくれた。



「食器洗い、続きもやっとくから。

 洗濯物も、舞と終わらせるから…… 
 花桜は少し息抜きしておいでよ。

 お寺で花でも見てみると、落ち着くかも」



そう言いながら二人は、
私を炊事場から送り出してくれる。



泣きすぎて真っ赤になっているであろう、
顔を洗いたくて、井戸へと向かう。


水をくみ上げて、
ゆっくりと顔を洗うと、
何時の間にか現れた山崎さんが、
手ぬぐいを差し出す。




「山崎さん……
 神出鬼没すぎです」 


「つれへんなー。
 花桜ちゃん、正直に言うてみ。
 今、傍におってほしかったやろ」



真面目な花桜しながら、
いつもの口調で軽く告げる山崎さん。




ずっと……そうだった……。





山崎さんは、
この世界に来てから最初に出会った人で……
いつも困ってた時には
助けてくれて……。



今も……こうやって……。







これって……まさか……。





「花桜ちゃん、何百面相しとんや?
 目、丸うして……」

「あっ……。
 えっと……」



続けようとして
なかなかな出てこない言葉。


そして近づく山崎さんの顔。



反射的に目を閉じると、
柔らかいものが、
私の唇に触れた……。





「花桜ちゃんの傍には、
 オレがおる。

 花桜ちゃんの嬉しい顔も、
 悲しい顔も全部オレに見せたらええ。

 涙が止まらんくなったら、
 オレが全部受け止めたる。

 近いうちに、オレらは
 戦いに出ることになるはずや。

 舞ちゃんにとっては、
 辛い時間になるやろ。 

 そんな舞ちゃんの傍におる
 花桜ちゃんも同じ位辛いはずや。
 
 それに花桜ちゃんには、
 山南さんの事もある。

 全部、抱え込まんでええんや。
 一人で全部、抱きしめてまわんでも
 オレもおるから……。

 花桜ちゃんのありのままの本音、
 全部吐き出しや。

 花桜ちゃんのことは、
 オレが何があっても守ったるから」





そうやって告げられて……
初めて……気が付いた……。




この言葉が初めて異性の人から貰った
告白だという事に。



山崎さんの優しい言葉は、
乾いた私の中に、浸透するように
奥の方まで沁み渡っていく。
 




その日……初めて山崎さんの腕の中に
自分の意思で飛び込んだ。




その胸の中で……思うままに吐き出して、
涙を流す。






涙を流す度に強くなれるって言葉があるけど、
私も……今よりももっと強くなりたい。





大切な人を守れるように。





昨日よりもっと笑顔になれるように。







「山崎さん……有難う」

「なんや、花桜ちゃん。
 まだ山崎さんかいな。

 オレの事、丞って呼んでくれんのか?」




なんていつもの調子なのに、
やっぱりいつも以上に優しさが伝わってくるのは、
鈍感な私が……この思いに気が付けたから?




その日、山崎さんと一緒に
再び向かった、山南さんの部屋。





その部屋に……彼の姿はなかった。




その後、山崎さんも監察の仕事へと
すぐに戻ってしまって……
舞と二人、剣の稽古をしながら過ごした昼時。


夜が近づくにつれて、
騒がしくなっていく屯所内。



あの有名な池田屋事件が、
目前にまで迫ろうとしているなんて
思いもしなかった。

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