約束の大空

佳川鈴奈

28. 山南の血を継ぐ者 - 花桜 -


戻ってこれた。


山崎さんの顔を見た時、
正直心からホッとした私が居た。


この世界は私が住み慣れた世界のように平和じゃない。


それでも何時の間にか、この場所がこんなにも
ホッと出来る場所になってた。


その事実に自分自身が一番びっくりしてる。


帰ってきたら瑠花が沖田さんと一緒に居る姿を見掛けた。
舞だって斎藤さんと一緒に居る時間が長くなってるみたい。



帰りたい。


それだけを願い続けてた私たち三人それぞれの時間が、
この世界(ばしょ)で動き始めてるのを感じた。



……私も……。


屯所に戻って来た途端、いつもと同じ日常が始まる。


朝、起きてすぐに朝餉の準備。



「井上さん。
 おはようございます」



すでに火を起こしてくれてる、
隊士の一人、井上源三郎さん。



穏やかな微笑みは何処か安心感を与えてくれる。


この人が居るだけで空間がほわっと柔らかくなる。



「おはよう。

 山波くん、神隠しから帰って来たばかりだ。
 今日くらい、ゆっくりと体を休めればいいだろうに」

「大丈夫です。

 私もここに戻って来たんだもん。
 やることはきっちりしますよ」



にっこりと笑い返して着物の袖を腕めくり。
たすき掛けして朝食の準備に取り掛かる。、


一時期より隊士の人数増えたんだよね。



「おはよう、花桜。
 おはようございます、井上さん」



姿を見せたのは舞。



「花桜、屯所内の床掃除終わったからね。
 流石の私も、もう慣れたよ」

「舞、アンタこの間熱だして倒れたんだから
 無理しないでよ」

「大丈夫大丈夫。

 ちょっとね……最近、夢見が悪いだけよ。
 あんな苦い薬湯、もう絶対に御免なんだから」

舌をチロっと出しながら、苦そうな顔をして見せる舞。



「あっ、何々。
 やっぱり花桜も舞も早すぎだよ。

 せっかく、早起きで来たと思ったのに。

 おはようございます。
 井上さん」




そう言いながら、姿を見せたのは瑠花。
そしてやっぱり……その後ろには瑠花のボディガード。


沖田総司。



やっぱり私には何を考えてるかわからない、
とっつきにくい人なんだけど瑠花にとっては多分、
この世界を一緒に歩いて行ける人なんだよね。




「あっ、私手伝います。

 花桜、見ててよ。
 私も大分、ここの台所にも慣れたんだから。

 ピーラーがなくても皮も向けるようになったし」



そう言って、井上さんの持つじゃがいもを
するりと奪い取っては、剥きはじめる。


お世辞にも、上手いって言えるものじゃなくて
見てる方が心臓に悪いんだけど、
現代に居た時は、爪が割れるから料理はしたくない。


っとか言ってた瑠花にしてみたら随分な進歩。




その隣、同じようにじゃがいもの皮をむいてる
沖田さん。







料理出来るんじゃん。





ただ一度、偶然つけた時代劇の中、沖田さんは
料理が下手くそな設定だったのか鍋が焦げて、
火事寸前になってた。



あのインパクトが強烈だったんだけどな。




朝餉が出来て、順番に並べ終った時、
朝稽古を終えた、隊士たちがずらずらと、
テーブルの前につく。




だけど……そこに……山南さんの姿はない。




私の不安は的中してる。




やっぱり、あの世界の鏡が映し出した
山南さんの負傷は真実なの?



不安を抱えながら、
歴史に明るい瑠花に問いかける。



「瑠花、どうして山南さんがいないの?」



食事をする手をとめて瑠花が小さく耳打ちする。




「山南さん……何時だったか大きな怪我をするの。

 腕を負傷してその後は病気になって
 物語の中ではもう戦いの場にも出ることはない」



えっ?





山南さんが負傷?





堪らなくなって立ち上がる。





「おいっ、どうした?
 山波、食事中だぞ」


「土方さん。
 山南さんに会わせて」




気が付いたら、その場所から土方さんの元に
駆け寄って彼の両肩に手を当ててグラグラ上半身を揺すってた。



「待て待てっ。
 山波くん、歳を離してやれ」



近藤さんの声で、我に戻ってゆっくりと両肩を抑えていた手を離した。



「……お願いします……。

 山南さんに会わせてください……」




その場に崩れるように、
もう一度小さく呟く。





「山波くん。
 とりあえず朝餉を済ませなさい」



近藤さんに言われるままに、
とぼとぼと自分の席に付くと
ゆっくりと食事をすすめた。





朝餉を片づけ終わった頃、
近藤さんと土方さんが姿を見せた。





「山波」




土方さんに呼ばれて、舞と瑠花と離れて、
私は二人の後をついて行った。




二人に連れられて歩いて行ったその場所は、
屯所内の奥にある一室。



近藤さんと土方さんは、
その場所で立ち止まった。






「山波くん、ここだ」





立ち止まった二人に続いて足を止めた私は
扉の前でゆっくりと深呼吸する。





「山波くんが、神隠しにあって間がない頃だった。

 不逞浪士取り締まり中、左腕を負傷して、
 今もこの部屋で養生している。

 後は君に任せる」





そう言うと、近藤さんと土方さんは、
ゆっくりとその場所を離れて行った。


私の中で違和感が駆け巡る。







どうして?


試衛館の時代から、共に行動してきたはずなのに
何故か今は距離が出てきているように感じられて。




もう一度深呼吸をして、
ゆっくりと部屋の前で正座をする。




「山南さん、山波です」



外から声を張り上げても、
中からの返事はない。


ゆっくりと襖に手をかけて、
横に弾くとそこには魘されている山南さんが見えた。



その場で、慌てて駆け込むと山南さんの額に掌を乗せる。


痛々しい腕の傷跡を保護しているらしい、
包帯が、血の赤さを滲ませながらチラリと見え隠れする。



熱に魘される山南さんを見ながら、


桶にくまれている、
水を手ぬぐいに浸して顔の汗を拭きとる。



そしてもう一度、
濡らした手ぬぐいを額の上へと乗せ換える。



その時、熱に魘されるなかゆっくりとその瞳が開いた。



「山南さん……」

「やっ……山波くん……
 ご無事でしたか……」

「はい。

 昨日……山崎さんに助けられて
 帰ってきました」




そう告げると、痛みと熱に魘されながらも、
柔らかに微笑むとゆっくりとその瞳を閉じた。




……山南さん……。





山南さんを見つめながら、
遠く現代にいる、
お祖父ちゃんを思い起こす。




この人が私のご先祖様。
お祖父ちゃんの曽祖父。





嘘みたいだよ。





目の前にいる、
山南さんはまだこんなにも若いのに。



少しでも山南さんの痛みを取ってあげたい。




こっちに戻ってくるときに、
現代の薬、どうして持ってこなかったんだろう。




せめて薬さえあればこんなにも魘されずに
すんだかもしれないのに。




手を握るしか出来なくて、
眠る山南さんの手を両手でギュッと握りしめる。



ただ……今はもう一度、
心から笑いかけて欲しくて。





ふと、ゆっくりと襖が開かれる。





慌ててその方向へ視線を向ける。





「なんや、焼けるなぁー。

 花桜ちゃんに、
 そんな表情させて」




そう言いながら姿を見せたのは、
山崎さん。




「仕事は?」

「さぼってないで。
 これも立派な仕事やさかい」




そう言うと、足音も立てずに山南さんの傍に座ると、
傷口の包帯に手をかける。



「別にそうやって、 山南さんの手握ってたかったら
 握っとってもええけど傷口酷いから、覚悟してや。

 嫌やったら目を背けてたらええ」

 
そう言いながら、真剣な眼差しで包帯を外していくと、
傷口を消毒してもう一度、新しい包帯を巻きなおしていく。


「山崎さん助かりますか?」

「そうやな……」



山崎さんの言葉はその後、続くこともなく
いつものようにおちゃらけて言うこともなかった。




沈黙が広がる世界。





「ご先祖様なんです。」



ふと吐き出すように零した言葉に
山崎さんは、驚いたように私と山南さんの顔を覗き見る。
 



「こんな可愛い、曾孫がおるなんて
 山南さん、何時子供作ったんや」

「もうっ、山崎さん。
 そんな言い方酷すぎます。
 しかも曾孫なんて一言も言ってませんって。

 私、本当に真剣なんですよ」


ほっぺを膨らませて睨みつける。


「嘘嘘っ。
 花桜ちゃんの持ってる沖影って言った?

 あれを見た時から薄々気付いてた。

 もしかしたら、山南さんも気づいとったかも知れん」




次の瞬間、山崎さんは突然真剣な表情に切り替わる。



「……山崎さん……」


「山崎さんって……。

 んな他人行儀な。
 違うやろ、そこはなっ。
 こう感動的に、蒸~ってオレに抱きついてくるとこやろ」



またすぐにコロリと変わって
何時ものお調子者に変化する。




「烝なんて言ってあげません。
 山崎さんで十分です」


またほっぺを膨らませて怒ると

「勘忍・堪忍」

なんて……言い出して。





「ほらっ、怒鳴ったら山南さん起きるで。
 山南さんの怪我はオレに任しといたらええ。

 花桜を悲しませることはせーへんから」




山崎さん……。


烝の言葉が、凄く優しくて
……柔らかい……。




山南さんを見つめる、私の唇に突然重なった
柔らかい感触。





烝のドアッフ。





空気を求める魚のように、
息を吸いたくて、パクパク口を動かす私。



真っ白になった。





なのに……何一つ、抵抗すら出来なくて、
その甘い吐息に自分自身が驚くばかりで成されるがままで。



「花桜ちゃん貰い。

 山南さんが保護者かいな。
 
 こりゃ必死に、山南さんの左腕治して恩うっとかな、
 こんなことさせて貰えへんやろなー」



解放された途端……一人、呟く山崎さん。



誰かとキスしたのなんて初めてだったのに。







「もうっ。
 山崎さんっ!!」


「おぉ、怖っ。
 ほな、オレは監察の仕事に戻るわ。

 山南さんのこと頼んだで」





そう言って逃げ足だけは素早い山崎さん。




脳裏に浮かんでくるのは、
先ほどまでの唇の感触。







そのまま視線を山南さんの方へ移す。







見られてないよね?
起きてないよね?








覗き込むように、
山南さんを見つめる。





今も熱に魘されて眠ったまま。





見られなかった安堵感に
忙しなく動き続けた脈拍が
徐々に緩やかになる。




額の手ぬぐいを再度とって、
冷たい水を含ませるともう一度、
汗を拭って額へとのせた。






……もっと貴方のことを
    教えてください……。





お祖父ちゃんに山南さんの勇士を
沢山話してあげたいから。




早く元気になって。




そして貴方の剣をもう一度教えてください。





私がこの世界で生き抜く強さを
身に着けるために……。


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