約束の大空

佳川鈴奈

27. ユメの記憶(じかん) - 舞 -


この世界に来てから、ずっと必死だった。




晋兄や義兄と一緒に居た時から今日まで。



花桜が消えて……瑠花が落ち込んで。




そんな瑠花も何時しか沖田さんと、
親しくなったみたいで次第に
私の居場所は、なくなってきた。


自分の居場所を見つけるのは、
簡単なようで、とても難しい。



どうして私は
今もこの場所に居るのだろう。



この場所から抜け出して、
晋兄や義兄たちを本当に探しに行こう。



何度も脳裏に浮かんでは、
それを否定しようとする自分も居て。



そんな決断力が覚束ない自分にも、
思うように動かせない体の怠さにもイライラして。



ただ……竹刀を手にして、
延々と素振りを続ける。




花桜が居たら打ち合いくらい出来るのに。




竹刀を振り上げて一気に振り下ろす。


勇み足から順番に
型を辿るように素振りしていく。



そんな時、花桜が帰って来たと、
屯所内がにわかに騒がしくなった。



「花桜っ」



慌てて、花桜に逢いたくて駆け出す私は
ぶつかって躓いて。





「痛ったぁーいっ!!」

「大丈夫か?
 余所見をするからだ」




ゆっくりと手を伸ばしてくれた人は、
また……いつものあの人。


斎藤さんだった。



「斎藤さん……」


躊躇いながら、その手を握ると斎藤さんの指先が、
私の掌に出来た硬くなったタコに触れる。



「山波のところに行くのか?」



戸惑う私に斎藤さんは、何も告げずに
花桜の名前を出した。



「花桜、帰って来たって聞いたから」

「よかったな」


そう言いながら、
やっぱり私の前を歩いて行く。


その後ろをゆっくりと歩いて行くと
近藤さんの部屋の前で、
ゆっくりと正座した。



「斎藤です。
 加賀を連れて来ました」

「入れ」




中から声が聞こえると、
斎藤さんはゆっくりと襖に手をかけて
扉を開いた。





「あぁ、舞っ!!」




部屋の中から飛び出してきた、
花桜は私に思いっきり抱きついてくる。


花桜の温もりが、
安心感を伝えてくれる。



「お帰り、花桜。
 何処行ってたの?」


「帰ってた……。

 気が付いたら、私……
 向こうの世界に居たの」


「帰ってたって……。
 
 だったら、
 どうして戻ってきたのよっ!!」


「一人で……
 一人で戻るなんて、出来ないよ。

 三人、一緒に帰るって
 そう約束したんだから……」




そうやって、
唇を噛みしめる花桜。




バカっ、

大馬鹿、花桜。






嬉しいのに……素直に喜べなくて、
花桜の体をポカポカ叩きながら
その場に崩れ落ちた。





「どうして、
 帰って来たのよ」




絞り出すように伝える。




「……無理だよ……。

 瑠花と舞を置いて親友の居ない、
 親友が存在した形跡もない
 あの世界で生きていくなんて
 私には出来ないよ……。

 だから私、覚悟決めたんだよ。

 この世界で、生き抜いて三人で帰るって。

 だから舞、私に力を貸してよ。

 私と瑠花と舞。
 三人であの世界に絶対に帰るんだから」




そう力強く言い切った、
花桜はちょっと心が強くなった。



そんな気がした。





それに比べて……私はどうなんだろう?



覚悟を決めたはずなのに、
まだまだ私の覚悟は弱すぎて。



「はいはい~っ。
  
 舞、私も居るからねー」



そう言って中から駆け出してきて、
私をゆっくりと立ち上がらせる瑠花。
 



束の間、この場所に
私たち三人がはしゃぐ声が響いた。 




「良かった良かった。

 山波君、岩倉君、加賀君。
 今後も頼んだよ」



そう告げられた近藤さんの言葉に
元気に返事した、花桜。


瑠花も覚悟を決めたように、
沖田さんと視線を合わせてゆっくりと頷いた。


私は……まだそこまで慣れない……。




「ねぇ、花桜。
 久しぶりに、舞と試合してよ。

 全国大会ぶりでしょ。

 二人で、総司をやっちゃうとかどう?」



軽いノリで告げた瑠花の一言。


瑠花の隣には、嬉しそうな笑みを浮かべながら、
すでに目が笑ってない沖田さん。




「だけど勝手なこと……」




そう言って近藤さんと土方さんの方に
視線を向ける。



「楽しそうじゃないですか?

 近藤さん、
 少し体動かしてもいいですよね。

 瑠花たちの世界の技って言うのも
 見てみたいと思いませんか?」




えっ?



そんな……。


見せるほどのモノじゃないと思うけど。



「山波くんはどうする?」


「私……舞と久しぶりに手合せしたいです。

 小さい時から、
 ずっと一緒に練習してきたから」


「加賀くんは?」




ふと脳裏に浮かぶのは、まだ小さな二人が必死になって、
手足のマメ作りを競い合いお互いに、痛さとを乗り越えて
今に繋げてきた時間。



『花桜は、おじいちゃまのあとをつぐから、
 もっともっとつよくなるの』

『舞だってつよくなるもん。
 花桜ちゃんにはまけないんだから』



何時しか、学校が変わり……
共に闘うことはなくなったけど、
大会ではいつもいいライバルだった。



花桜との時間は、
いつも私を前に進ませてくれる。



無心になって、
花桜と打ち合いたい……。


私の弱さを断ち切るために。




ゆっくりと頷いた。




「やったねvv」


瑠花が楽しそうな声を出して喜んだ。

 



これが私たち三人の自然体……なんだよね。





そのまま……場所は道場へと移された。




花桜と二人、竹刀を握って
ゆっくりと向かい合わせに立つ。




お互いにアイコンタクトを取り合うと、
いつもみたいに、
瑠花がその手をゆっくりと降りおろした。




適度な緊張感が部屋の中を走っていく。




お互い、譲らないまま仕掛けるタイミングを
探り合って足を動かしていく。




来るっ。



花桜の呼吸から覚悟を決めた時、
私も一気に動き始める。


響き合う打ち込みの音。
花桜と私の掛け声。



その後はもう周囲の声も届かない。



目の前の花桜のみに集中していく。




一撃、一撃がずっしりと感じられる。




「花桜、ここに来て……
 強くなってない?」

「そんなことないよ。

 やっぱり、
 舞だって十分強いよ」




伝わる振動を感じながらも、
今以上に激しさを増していく打ち合い。



その間際、別の角度から流れ込んできた
素早い太刀筋。


その剣は流れるように入り込んでくると
私に一打をいれて、花桜の方へと移動していく。



「花桜っ!!」


今度は……今まで以上の緊張感が漂って、
二人で、一人を相手する。



二対一なのに……私が繰り出す手は、
全て相手によって交わされてしまう。



そして立ちくらみがして
そのまま体制を崩したところ、
床に崩れ落ちた。



「舞っ!!」



駆け寄ってきた花桜に流れる一撃。





「甘いっ。

 こんな遊びは、
 ここでは通用しない」

「通用するかしないかは、
 やってみないと
 わからないでしょっ!!」





そんな花桜の覚悟の声を聞きながら、
私は意識を手放していった。









『いやぁ~』





その場所は、
真っ暗な暗闇に包まれていた。





えっ?
何?





絶叫と共に倒れた私は、
恐る恐る、その目を開いた。



私に向けて流れてきた剣先の光は
すでになく、その場所には……あの斎藤一の姿。




足元には……彼が切り殺したであろう
浪人が倒れていた。







夢なのに……その人の顔だけは、
はっきりと見えた……。




どうして……貴方が?






私はその人の傍で、
ゆっくりとお腹に手を当てながら
笑いかける。




えっ?
子供でもいるの?




斎藤さんの傍には、
あの堅物の土方さんの姿。



彼もまた……
私を見て笑いかける。



何?


どうなってるの?



これは……ユメ?





それとも……
誰かの、時の記憶?













目を開けると、
その場所は私の部屋。



先ほどの打ち合いで出来たらしい、
打ち身が……ちょっぴり響く体を
ゆっくりと起こす。




夜?





真っ暗な暗闇に絶えられず、
部屋の蝋燭に灯りを灯した。






「加賀、入るぞ。

 粥を持ってきた」





声の主は斎藤さん。







こんなユメの後だからか、
まともに顔が見れなくて
私は再び、布団の中へと潜り込んだ。




あれっ……。

この手ぬぐい……。




冷たさがなくなったて、
てふぐいが布団の中から姿を見せる。




「熱はさがったか?」



熱?



額に伸びてきたその掌が
肌に触れた途端に、
体が反応する。






「粥を食べてもう少し休め」





お粥と共に、
置かれた薬湯らしき器。





「ねぇ?

 これも飲むの?

 ほらっ、こんなの飲まなくても
 風邪薬ない?」



お粥は、少しずつ減っていくけど
その先の薬湯は、無理だよ。


絶対無理だって。



あんな色したの、
飲めないから。




あんなの飲んだら、
その時点で、
私、死んじゃうから……。




なんて思いながら、
お粥だけ平らげて
そのまま布団に
潜り込もうとしたら
それを止められた。




あのユメを意識しすぎて、
彼の顔がまともに見えないって。





「飲ませてやる」






えっ?


覚悟も何もないままに、
彼の顔がゆっくりと近づいてきて、
唇同士が重なると、
あの液体が流し込まれてきた。




んん、無理っ。




その場でもがこうとしても、
逃げ道はなく、
外から促されるままに
その薬湯を飲み下した。




「うげぇー。

 お茶、飴っ、和菓子。

 何でこんなマズイもの飲めるのよっ。
 口直ししないと
 やってらんないじゃない」 




思わず怒鳴った私に、
差し出されたのは、
金平糖。



慌てて差し出された金平糖を
二・三個一気に掴むと口の中に放り込む。




口の中に広がっていく甘さが、
ほっこりさせてくれる。




そんな私を見て、
彼は……頬を緩ませて笑ってた。





「ゆっくり休め」




灯りを消して、
膳を持って出ていく斎藤さん。




彼の足音が遠ざかり、
一人になった真っ暗な部屋。



布団の中で……
私は自分の唇を指先で辿った……。



















……初めてだったのに……。











彼が触れた、
その感触が……今も残ってる……。











少しずつ
彼が気になってる?






うんうん、
あんなユメを見たから?







だけど……彼等は私にとっては敵。



晋兄や、義兄たちを……。









こんな恋は……
許されないはずなのに……。









ねぇ……私はどうして此処にいるの?






この苦しくなる想いを抱えながら。

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