約束の大空

佳川鈴奈

24.動き始める未来 - 舞 -

花桜が居なくなって二週間。

今も花桜のことを探してくれている人もいるみたいだけど、
この邸の中は一日一日と落ち着いていってる気がする。


芹沢さんとお梅さんが亡くなって以来、
お墓参りの時間以外は、部屋から出ない瑠花。


私もこの場所に居て、何もしないのも気がひけるから、
雑用を手伝い始めたものの、どうしてここの人たちは人使いが荒いかな?


人使いが荒いわりには、よそ者をすぐに受け入れない気質なのか、
やっぱり自分の居場所が出来るわけでもなくて。


今までの花桜の生活を噛みしめるように生活してる。




花桜はずっと、
この場所でこうやって生活してたんだ。

こんな中で居場所を作って来たんだね。



そう思ったら、私も負けられないなって思った。



一応、私も……花桜の家の道場で心技体、
鍛えられてるはずだもん。


それに私には……やり遂げないといけないことがあるから。
だから……この場所で留まりつづけることなんて出来ない。


だけど……今は、
この場所で出来ることを確実にやっていきたい。


朝食作りを手伝って邸内の掃除。

そして洗濯物。

破れた着物を繕って何とかやるべきことを終わった頃には、
お昼頃。


お昼ご飯の準備を手伝って、後片付けを終えると
ようやく手に入れられる自分時間。


一度部屋に戻ると、少し着替えを済ませて、
瑠花の部屋へ。



気分転換に瑠花を外へ連れ出せたら……。




現代では買い物行ったもの。

学校帰りに、合流してウィンドウショッピング。



その季節折々に、水着ショーをしてみたり、
コートを羽織って楽しんだり
そう言うノリで遊ぶって言うのまでは
難しいかもしれないけど……
お団子食べるとか、そんな感じでなら
息抜きできないかな?




花桜が消えた日。



瑠花にも悲しいお別れがあったから、
今は……瑠花自身の心がどうにかなってしまいそうで。




「加賀、いつもすまない。

 山波が居なくなって、君が屋敷内のことをしてくれて
 助かっている」



瑠花の部屋に向かう途中、
私に声をかけてくれたのは斎藤一。



彼とはそんな仲が良いわけではないのに、
何故か……いつも気にかけてくれる不思議な人。


この屯所の中で、やっぱり気にかけてくれる人が
どんな形ででも嬉しくて……。



「私が出来ることなんて殆どないです。
 でも今は私もここに居させて貰ってるから。

 それに私、芹沢さんたちを殺した人が知りたい。

 噂では長州の人だって広がってます。
 
 だけど……私が知ってる長州の人たちは
 そういうこと出来る人じゃないと思うんです」



そう……。


今、私がこの場所でやりたいことは、
もう一つの私の大切な人たち。


晋兄や、義助たち長州の人たちに
課せられた汚名を私がちゃんと取り除いてあげたい。


後は瑠花とゆっくり話がしたいんだ。


私は歴史が大嫌いで苦手。

TVで、新選組をしててもチャンネル変えてた。


退屈だから……。



だけど……今は歴史が知りたい。



これから……この世界はどうなっていくの?


大切な義助たちを、
守っていくにはどうしたらいいの?



花桜が居なくなった今、私は瑠花を一人置いて、
何処かに行くなんて出来ない。



本当なら、
この屯所に居たくない気持ちもあるの。



ここは敵の場所。


晋兄たち……長州の悪口を言う人が
多い場所だもの。



「加賀。

  この場所では長州のことは話さない方がいい。
 口は災いの元と言う」


諭すように紡がれた言葉に、
思わず自分自身の唇を噛みしめる。


「失礼します。
 瑠花の様子を見に行きたいので」


斎藤さんの隣を通り抜けようとした時、
すれ違いざま、彼の手が私の腕を掴んだ。


振りほどこうとしても、振りほどける気配すらない
この状況。



「斎藤さん。
 放してください」



声を荒げると、今度は素直に手首をはなした。


遮るものがなくなった私は、その場所から立ち去るように、
瑠花の部屋へとかけて行った。



「瑠花っ!!」



慌てて肩を弾ませながら瑠花の部屋に駆け込むと、
そこには……意外な顔ぶれ。



あの雨の日以来、何があったのは……
瑠花の部屋に、沖田総司が顔を見せることが多くなった。



「……舞……」



小さく名前を呼び返して私の方を向く。



「今日の調子は?」

「うん……大丈夫……。

 今日も鴨ちゃんのお墓お参りしてきたの。
 お梅さんのお墓も一緒に……。

 空を見てるとね……そこで鴨ちゃんとお梅さんが
 笑ってる気がして……。

 ごめんね。
 花桜が居なくて、舞も大変なのに……
 私のことまで気にかけてくれて」



いつもより少し顔色が良くなった
瑠花が、必死に作る笑顔を私に向ける。


歴史は知りたい……。


歴史は凄く知りたいのに今の瑠花に、
これから起こる出来ごとなんて聞きだせない。


今は瑠花の回復が大切だと思えるから。



「ねぇ、瑠花。

 出掛けましょう?
 京の町には美味しいお団子屋さんがあるんだって。

 ずっとここに居たら、息が詰まっちゃうよ。
 出掛けよう?」


思い切って、瑠花に声をかける。



叶うなら……そのまま、
瑠花と二人……どちらの勢力にも属していない場所で
静かに暮らしたいとさえ考えてしまう。

そんなこと出来るなんて思ってもないけど……
ほんの少しだけ、夢を見たくなるのも確かで……。



少しだけ……。


私も含めて、瑠花にも気分転換をして欲しいだけ。



今は息が詰まりすぎるから。



消えた花桜が……正直、羨ましいって思える程度には
私も疲れてしまってる。



羨ましいなんて……
思っていいはずないのに。



本当の友達なら……もし花桜が帰っているなら、
喜んであげるべきことなのに……。



「今、お団子屋って言ったよね。

 近藤さんや土方さんに許可は貰ってるの?」



ずっと部屋で座り込んで無言だった
沖田さんが……柔らかい口調なようで、
どことなく責めるようなトーンで言葉を紡ぐ。



笑いかける口調とは正反対に目は……
笑っているようで、鋭さを増していて……。



「いえっ……。

 許可は……えっと……」



そうだ。


私たちは勝手に出歩けない。



信用されてないから……。

常に誰かが監視するように付きまとってるんだ……。



「……舞……」



私のイラついた顔が見えたのか、
瑠花がゆっくりと顔を上げて私を見つめた。



「……いいですよ……。

 仕方ないですね。

 私が近藤さんと土方さんに話をつけてきてあげます。
 ついでに……一緒にお供してあげますよ」



トーンも話し方も、その言葉の裏の黒さも
消えないままに告げられた思いがけない言葉。



戸惑う私たちをしりめに、さっさと行動を実行した沖田さんのお蔭で
初めての屯所からの外出が決まった。


私たち二人が歩く後ろを、ピタリと寄り添うように
沖田さんが付きまとう。



やっぱり、それはそれで息苦しい気がするけど
それでも……この場所は知らない土地だから。

この時代の人たちが居てくれるのも
心強いのも確かで……。



「あっ……あの……。

 花桜って見つかりそうなんですか?」


こんなチャンスもないだろうと……
思い切って言葉を切り出す。

その途端、震えはじめた瑠花の体。



そっか……。

今の瑠花は、花桜の名前もキーワードになっちゃう時があるんだ。


そのまま……うまく呼吸が出来なくなって、
その場所でうずくまっていく瑠花。



そんな瑠花を後ろから抱え上げて、
お姫様抱っこをしたまま、
病院と思われる場所に駆け込んだ。



瑠花を抱いて、ツカツカっと入り込んで
医者をせっつき穏やかに呼吸を取り戻した瑠花を見届けて、
私の方へ近づいてくる。



「岩倉はここで休ませるよ。

 さて、君の質問は山波の情報だったね。

 まだ見つかってないよ。

 神隠しにあったみたいだと山崎くんが言っていた。
 ある場所で、ピタリと足跡が消えている。
  
 そこから先で、消えることなどない場所でね」




……花桜……。




「加賀だったね。
 行きたいところに行くといいよ」



花桜を病院に預けたまま二人で、
町の中に戻ったものの瑠花が居なくなって、
二人だけになってしまうと、
正直、気分転換じゃなくて拷問に近いわけで……。



その上……町の人たちが……私たちを見つめる視線も痛い。




「沖田くん」



そんなギスギスした二人の空間を切り離すように
言葉をかけてきた救世主もまた斎藤さんで。
 


「斎藤さん……。

 今日も彼女のところにお出かけですか?」


えっ?
彼女?


突然の言葉に驚きながら、
そんな言葉に驚いてる自分自身にもびっくりしてる。


彼女も何も、私には関係ないじゃない。
 


「あぁ」



目を細めて、柔らかな眼差しで
答えた斎藤さんに何故かイラついて。


そんな自分自身にもイラついて。



「加賀も出掛けていたのか……」


その眼差しが、自分にむけられると邪険にすることも出来ず……。


「はいっ。
 あっ、いっときますけど二人じゃないですから。

 瑠花と一緒に来てたんです。
 だけど……」

「岩倉は町の中で倒れて今は養生所。

 仕方がないから私が付き添っていようと思うんだけどね。
 加賀のこともあって」

「ならば、加賀のことは私が預かるとしよう」


あっという間に……私の今後の行動は、
斎藤さんと行うことになって。


でも……正直、少し安心したのも確かで……。


あのまま沖田さんと一緒に居続けるなんて
息が詰まりそうで、とても持ちそうになかったから。 

 
その後、斎藤さんに連れられて京の町を散策した。

晋兄や義助たちと一緒に留まった旅館もこの町にはある。


ふとその場所で立ち止まって、
外から旅館を見つめる。



「気になるのか?
 長州の奴らが……」


斎藤さんの問いかけに私も素直に頷いた。

彼の前だけでは、偽る必要なんてないから。

屯所から晋兄たちの元に帰った時も
彼は……送り届けてくれた人だから。



「はいっ。
 気になります。

 私にとっては……大切な人だから」



そう……私にとっては大切な人。



誰になんて批判されても、
私は大好きな晋兄や義助たちを助けたい。

その為には……今の私だから出来ること
しっかりしなきゃ。



……もう……もう二度と後悔したくないから。


その日、私が向かう先々に斎藤さんはついてきてくれて、
そして……お団子を奢ってくれた……。

後は……思いがけないプレゼント。


瑠花の部屋を訪ねるとき、私の腕を掴んだのは、
私に手渡したいものがあったから……だった。

掌にのせられたのは、小さな金平糖が少し。


「私に?」



そう紡いだ言葉に斎藤さんは静かに頷いた。


一口、口の中に放り込むと
砂糖の優しい甘さが広がっていく。


その優しい甘さが、
疲れていた心をゆっくりと包み込んでくれる。



「美味しいです……。
 有難うございます」


一粒、食べ終えて彼に有難うを伝える。


偏見じゃダメなんだ。


あの場所だから信じられないんじゃない。

決めつけるんじゃなくて
見極めないと……。


未来は……自分で生み出すものだから。



この世界に来て、初めてそう思えた瞬間、
ゆっくり動き始めた……私の未来……。




私は……大切な人を守りたい。

その気持ちを大切にしてもいいですか?


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