約束の大空

佳川鈴奈

23.消えない表情(かお) - 瑠花 -  

……鴨ちゃんが死んだ……。



覚悟していたはずなのに心は思ってた以上に正直で、
お別れの葬式まで踏ん張った直後、私は崩れ落ちてしまった。




花桜はあの日以来、行方知れず。



必死に探すものの、見つかる気配はなく、
毎日、記憶を取り戻した舞が私の部屋を訪ねてきてくれた。



「瑠花、入っていい?」



舞の声を受けて、ゆっくりと布団から這い出すと、
襖をゆっくりと開いた。


「はいっ、今日のご飯。
 やっぱり向こうで食べるの嫌でしょ」

「……うん……」



舞の言葉に素直に頷いた。


あの人たちは……鴨ちゃんを殺した人だから。

どれだけ鴨ちゃんが礎になることを望んだとしても、
人、一人の命を奪った人だから……。


そんな人たちと一緒に生活はしてたくないよ。

かといって、
ここから飛び出す勇気もない。


だから……何も出来ない。



食欲はないものの、舞が作って来てくれたもの
食べないわけにもいかなくて少しだけ食事に手を触れる。


ご飯に味噌汁。
お漬物に焼き魚。



たったこれだけの食事なのに私たちの世界みたいに、
パスタや、ハンバーガー、中華料理にフランス料理。


そんなにいろんな食文化があるわけじゃないのに、
ただこれだけの素朴な食事がこの時代では
とても大きいものだと言うことも今の私は知ってる。


憎むべき存在に養われないと生きていけない現実。



そんな苦い現実を噛みしめながら、舞と二人食事をすすめた。



「ねぇ……。

 舞……花桜どこ行ったと思う?」



小さな声で呟く。




あの日、花桜が私を助けに来なければ……
あそこで襲われなければ花桜が危険な目にあうことなんて
なかったのかも知れない。


そんな罪悪感が心の中を掠めていく。



「帰ってて欲しいなー。
 花桜だけでも懐かしい世界に……」


食器を置いて、ゆっくりと立ち上がると、
襖をあけて、空を見上げながら小さく呟いた。


うん……。



花桜だけでもあの世界に帰ってくれてたらいい。
この世界は悲しいことが多すぎるから……。




「……そうだね……」




小さく言葉を返した。




その後、舞は食器を持って私の部屋から出て行った。




花桜が居なくなったあの日から、
舞がこの場所の掃除や洗濯を全て手伝っている。



舞にとっても……舞の大切な、
長州に人に鴨ちゃん殺しの罪をなすりつけた
この場所の人たちの為に働き続ける時間。


理不尽な世の中だね。



食事の後、フローシアの制服に袖を通す。


そう……。

この制服を着て、
私たちはこことは別の世界で生きてた。


そっちの方が夢だったんじゃないか?

っと思いがするほどに長い時間、
この世界に居続けてる気がする。


実際には……そんなに長くない。


だけど……心はその長さに壊れていきそうで。



一人で髪を梳かす。


その単純な行動が鴨ちゃんとお梅さんが
居なくなったことを強く知らせる。


髪を結いあげてくれてたお梅さん。
そんな私たちを優しく見つめ続けた鴨ちゃん。


髪を上の方で、柔らかく結ぶと
クルクルと指先に髪を絡めていく。


コテがあれば……もっと思い通りに
髪型をセット出来るのに。


久しぶりに私の世界の服を身に着けて、
私の世界の髪型を結って、二人が眠るお寺へと、
部屋を出て歩いていく。



すれ違う隊士たちが、
不思議そうな視線を向けてくるけど、
そんなの私には関係ない。


邸を抜け出して、
裏門からお寺の方に続く道を駆けていく。




あの日からの毎日の私の日課。




お寺の庭で、紅葉を数枚拾い上げると、
二人が眠るその場所へと持っていく。




お寺の片隅。
少し大きめの石が二つ。



今みたいに立派なお墓じゃない
こじんまりとした石の下で二人は眠ってる……。




どれだけ立派な葬送をして
見送ったと後世で言い伝えられていても、
やっぱり……あの人たちがやったことは、
そんなに綺麗に受け入れられていいことじゃないよ。


紅葉をお墓の前に舞い踊らせると
ゆっくりと座り込んで両手をあわせる。



「鴨ちゃん、お梅さん。
 今日も来たよ。

 これがねー私が住んでた、月の着物だよ。

 コテがあれば、もう少し可愛らしく髪の毛も
 セット出来るんだけどねー。

 この世界にはないから……」


鴨ちゃんが居たとき、私の世界を月の世界だと何度も
楽しそうに尋ねてきた。


だから毎日……ここに来て、
あの日までに語りきれなかった月のことを
もっともっと話してあげる。


だから……もう一度、声を聴かせてよ……。



あの場所では決して流れることのない
涙がこの場所でだけは頬を伝っていく。


そんな涙を隠してくれるように、
降り出す雨。


慌てて立ち上がった途端、
草履の鼻緒がちぎれて
そのまま後ろにひっくり返りそうになった。


それを背後から支えてくれた存在。



色白の髪を高く結い上げて流しているあの人。





沖田総司。






よりによって、どうして彼が今ここに居るのよ。



総司は……鴨ちゃんを殺した仲間なんだよ。


私から大切なものを奪った。



振りほどくように拒絶をするものの、
その腕は、私の手首を掴んで離さない。




「人殺しの癖に。
 私に何のようなのっ!!」



そう叫んだ途端、彼の手は力を失い
私の腕はすぐに解放された。



彼は……何も言わず、
ただ天を見上げて雨に顔を打ち付けられてた。





……えっ?……



泣いてる?



まさか……。




その表情が何故かすごく寂しそうな気がして
その場所から立ち去ることも出来ず、
私もその場所で立ち尽くした。




雨は嫌い。




鴨ちゃんか旅立った、
あの日を思い出すから……。





「瑠花っ!!」

「岩倉」




声が聞こえた方を向き直ると、
舞ともう一人、新選組の隊士らしき男が
舞と共に行動する。


舞が私に抱き着いて、
雨除に、傘をさしだす。



決して、丈夫とは言えない荒竹の骨組みに
油紙を張り付けた単純なもの。


舞に差し出された傘に体を預けると、
沖田さんの方には、舞と一緒についてきたその人が
何か会話を交わしていた。



その人と会話をして何時ものように戻った沖田さんは、
またいつもの表情で私に向き合う。


「鼻緒、付け替えないといけませんね」



その場に座り込んだ彼はそれ以上は何も言わず、
修理を終えて、その場から立ち去って行った。


私も舞と二人、部屋の方に戻る。



びしょびしょに雨に濡れた制服を部屋で脱いで、
この世界で身に着けている着物に着替える。


濡れたままの制服を衣架にひっかけると、
部屋まで持ち帰った草履の鼻緒を見つめ続けた。
 


鼻緒を見つめながら思い出すのは、
空を仰いだ横顔。



泣いているように見えたその姿が、
今も焼き付いて離れない。



……どうして?……




沖田総司に憧れた時代は終わったんだよ。


あの人は鴨ちゃんを殺した。


なのにどうして、あの人の表情が
脳裏から焼き付いて離れないの? 

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