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約束の大空

佳川鈴奈

19.散りゆく紅葉(前編)  - 花桜 -

八月十八日の変。

後の世で、そう呼ばれる出来事が起きた
あの日から周囲が慌ただしくなった。

あの日、会津藩を相手に御所の前で暴れた
芹沢さん。


そりゃ、会津藩のやり方は私にとっても
気持ちいいものじゃなかった。


皆……必死に耐えて我慢してたのに……。
なのに、あの人はあんなやり方しか出来なくて。

あの人が調子良く、好き放題してる傍らで、
近藤さんが必死になって、方々に謝罪してる姿を目にとめた。

一触即発状態が常に付きまとう時間。


味方同士なのに……。



それらを重たくみた会津藩から
芹沢さんをどうにかしろとお達しがあったのは、
その直後のことだった。




次第に雲行きが怪しくなる屯所内。




皆、言葉にはしないけど、
ただ濁った空気が漂ってた。


それでも私の毎日の日課は何一つ変わらない。



朝起きて、水仕事。

掃除を終えたら、山南さんを師に剣術。


ずっと重くて扱いづらかった刀も
ようやく自分の思いのままに振り下ろせるようになってきた。


刀と刀が響き合う音が周囲に木霊していく。


腕にかかる圧を感じながら、
受け止めて次に繋げていく。



ただその繰り返しのはずだけなのに、
日に日に、重さを増していく山南さんの刀。


そのかかる圧の重さが私と山南さんの実力の差で、
それが少しずつ伝わるに連れて日々の練習の手ごたえを
感じられるようになっていた。






「今日はここまでにしましょう」





刀を鞘に納めて額の汗を拭った師匠に対して、
その場で正座をして挨拶を交わす。




「あの……。

 お茶、お持ちしました」




そうやって、ゆっくりと湯呑を差し出すのは、
あの日、斎藤さんが見つけてくれた親友の舞。


舞の記憶は今も戻ってないみたいだった。



「おやっ、君でしたか。

 加賀君でしたね」



舞が持ってきた湯呑を盆から持ち上げると
ゆっくりとお茶を飲み干す山南さん。


「有難う。舞。
  それより久しぶりに舞、手合せしてよ」


舞から受け取ったお茶を飲みながら、
言葉を続ける。



そう、一緒に打ち合えばもしかしたら、
舞の記憶が戻るかも知れない。




舞は……この世界の人間じゃない。


私と同じ、
未来から幕末(ここ)に来たんだから。



私たちが、これ以上離れ離れに
敵対する必要なんて何処にもないんだから。




「山波君。
 加賀君も剣術を?」


静かに問う山南さんにゆっくりと頷く。



「舞は、うちの道場でずっと習ってたんです。
 剣道の全国大会に、一緒に出たことあるんですよ」



懐かしい記憶を辿りながら話すその言葉を、
不思議そうに目を細めて聞いてくれた山南さん。



舞の後ろには何故か、
斎藤さんが姿を見せていて。



「そうですね……。
 少し二人で訓練をしてみますか?

 私も山波くんたちが居た世界の剣術に少々興味が。
 斎藤君もそうは思いませんか?」


山南さんの呼びかけに斎藤さんもゆっくりと近づいてきて、
山南さんの隣へと腰をおろす。


「舞となんで、私、木刀とってきます」


一礼して、木刀を取りに走る傍ら、
瑠花が芹沢さんにべったりとくっついて、
楽しそうに笑ってる姿を見かけた。


そして……その傍にはお決まりの、
沖田さんが身を潜めて……。


そんな光景を横目に捉えながらも、
私は立ち止まることなくて、
目的のものを手にしてその場所へと戻る。



「舞、はいっ」




木刀を片手で、放り投げると
戸惑ったようにそれを受け取った舞。




舞が反応してくれなかったら、
振り下ろさずに、
ちゃんと寸でで止めるんだから。




ゆっくりと木刀を構えて、
打ち込みの体制を整えていく。




舞の方も見よう見まねっぽい仕草で
ゆっくりと私に木刀の切っ先を向ける。





「たぁぁっ」




一歩踏み出して打ち込んだそれをその場で止めようと、
腕に力を込めたときその木刀を払うように、
舞の木刀が答える。



舞の目は道場での練習で全国大会の試合で感じる
気合そのもので。



そんな舞の打ち込みを受けながら、
何故か自分の知ってる舞が帰って来てくれたみたいで
とても嬉しくて。





互いに一歩も譲らない打ち込みは、
時間が経つことすら忘れて、無心に続けて。


それは私の草鞋の鼻緒が切れたのと同時に
両者の勝敗は決まって……互いの剣は間に割って入った
斎藤さんの剣によっておさめられた。




「舞っ」




その場で立ち尽くす舞に、
いつもの練習の最後のように
正座をしてお辞儀をする。




戸惑ったような素振りを見せて、
今も立ち尽くす舞。




「二人の練習。
 私も楽しませて頂きましたよ。

 さぁ、なおしましょう」



鼻緒の切れた草鞋を手に取ると、
山南さんは手慣れた手つきでゆっくりと修理して、
私の前へと置いた。



「有難うございます」



修理された草鞋に足を通すと、
山南さんは何処かへ姿を消していく。


舞もその場所から姿を消して
私もいつもの日常へと戻った。


洗濯をして、
隊士の皆にお茶を出して……。


邸内の大掃除。
床の雑巾がけ。


そんな最後の掃除の仕上げに取り掛かった時、
部屋の中から、物騒な声が聞こえた。




思わず息を潜める私。






「今なら近藤さんはいない。
 新見さんと芹沢さんを殺すなら今しかない」


淡々とした口調で告げられる重苦しい内容。
この声は……土方さん……。


「私も土方くんの意見に賛成です。

 このまま芹沢一派を黙認していても
 壬生浪士組の為には何一つなりません」


えっ?

さ……山南さん?


あんなにも穏やかな口調で私には接してくれるのに、
そこで会話するその人の声は別人のようで……。



「話はつけてます」



次に言葉を続けたのは山崎さん。




『人を殺す?』


人、一人の命をやりとりする話をどうして、
そんな簡単に話せるの?



そんな私の動揺が気の乱れが、
中の人たちに伝わったのか両側の障子が開け放たれて
そのまま首筋に放たれたクナイによって体制が崩れ、
床にひっくり返された体はその場所で身動きが取れないように
はりつけられていく。



「花桜ちゃん。
 立ち聞きはアカンよ」


身動きのとれなくなった私の体。
今もバクバクと拍動を高めて暴れだした脈拍。


「山崎、山波を中に入れろ」



土方さんに言われるままに、
山崎さんは私を張り付けたクナイを引き抜いた後、
その体を部屋の中へと抱きかかえて部屋の真ん中でおろした。



今もクナイの恐怖から立ち直ることの出来ない私に、
更に言葉は続けられる。




「また……貴女でしたか?

 山波くん……」



穏やかな口調なのに、
目が全く笑ってないその声で語りかけてくる山南さん。


その声に過剰に反応して硬直する体。



「山波。
 お前は俺たちの話を知ることとなった。

 知らなければ、もう少し生きられたものを。
 知られたものを見過ごして生かすことは出来ない。

 俺は……壬生浪士組をこんなところで
 終わらせるつもりはないからな。

 かっちゃんに……」



そう名前を呟いたまま、
拳を静かに震わせる土方さん。



「山波くん。

 君は知らなくていいことを知りすぎました。
 貴女は今、選ばなくてはなりません。

 今、この場で私たちによってその命を絶たれるか、
 この先の未来を私たちと共に歩くか……」




ゆっくりと告げられた
突然の命の宣告。





この場で殺されるか、全てを飲み込んで、
山南さんたちと一緒にその罪を背負うか……。


突きつけられた問の答えは
決まってる。





私はこんな場所で
死ぬわけには行かないんだから。




この世界で生き抜いて、
この世界の大切な人を守って瑠花と舞と一緒に
私たちの世界に帰る。



そう決めてるから……。




生きるための剣を山南さんに教えて貰ってる。




だから……。




「私は今、此処で殺されるわけにはいきません。

 私には自分の世界に三人で帰るって夢が
 あるから。

 だから……、私は今、この場で見たことを
 忘れます」





ううん。
忘れるなんて出来ない。



忘れるなんて出来ないよ。




本当なら、今すぐにでも瑠花に……
芹沢さんが殺されちゃうよって駆け込んで教えてあげたい。

壬生浪士組には不必要な人かもしれないけど、
今、この世界で瑠花の支えになってるのは
紛れもなくあの人だってわかってる。


だから……だからね、本当は今すぐにでも
伝えてあげたい。




だけど……私は……瑠花を裏切るよ。



瑠花と一緒に……舞と瑠花と三人で、
絶対に帰りたいって思うから。




その為に……瑠花の大切な芹沢さんを
私は見捨てるの。





「一つだけ……一つだけ……お願いがあります。
 瑠花だけは……助けてください。

 瑠花も私も、この世界の人間じゃない」




こんな言い方したくない。



山崎さんや、山南さん、土方さんたちも
同じ人間であることに違いないのに、
私たちの三人の命と、この世界の人の命。



その重みが違うような、そんな言い方。



本当だったらしたくない。




だけど……私は、
ちゃんと二人を守らないといけない。



二人を守って私たちの世界に帰るの。


だから……この剣で、
瑠花も舞も……守り通すって決めた……。





「いいだろう。

 芹沢を殺る時、お前には岩倉を預ける。
 望み通り、その剣でお前の親友を守り通せ」



冷たく突き放すように言ったその人の口元は、
何故か笑うように歪められていて……。



「まぁ、花桜ちゃんはオレが守ったる」


背後から、いつもの笑顔で私に話しかける
山崎さんの声が何故かやけに心に届いて。


その数日後……。



私は知ることになる。




士道に背いた罪により、
新見さんがこの世を去ったと言うことを……。


そしてそれは……次の命を奪う瞬間が
一刻、一刻と近づいていることを私に自覚させて突きつけてくる。



いつもと変わりのない日常。




そんな仮面をかぶりながら、
その瞬間は音もなく忍び寄ってくる。



庭の紅葉が……やけに色づいて、
紅々しく映った。





……大丈夫……。






私はちゃんと出来るから。






瑠花も舞も……そして、
心に生きる大切な人も私が守ってみせるから。





そんな祈りが、馬鹿げた幻想にすぎないと
気づかされるまでに、
もうそんなにも時は残されていなかった。

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