約束の大空

佳川鈴奈

13.この世界に生きる覚悟 - 花桜 -


朝起きていつものように八木邸の雑用をこなす。


朝食の準備も床掃除も洗濯も手慣れたもので、
今では時折手の空いた隊士たちが手伝ってくれるようになってた。


隊士の人数も少しずつ増えて、
今では屋敷の中がごった返すほど。


その分、洗濯物も多いわけで
一人で全てをやりこなせる量ではなくなってきてるのも
手伝ってくれる理由であった。


そしてもう一つは、過労で倒れたのが原因だと、
体調崩した折に山崎さんが近藤さんや土方さんたちに
口添えしてくれたのも功を奏したようだった。


早々に仕事を終えると、
瑠花の居る前川邸へと向かう。

芹沢さんと沖田さんに助けられたあの晩から、
瑠花はすべてを拒絶するかのように心を閉ざし一言も話さない。


生きることを拒絶するかのように
食事も遠ざけてしまった。



「瑠花」


瑠花の部屋の前、座って声をかけながら
今日も手が付けられることがなかった
朝食の粥を眺める。


粥は冷たく干からびていた。


その粥を啄みに空からおりてくる小鳥たち。

返事のないまま、
ドアをあけて部屋の中へと入り込む。

ずっと、この世界の着物に袖を通してた
瑠花は今日も聖フローシアの制服に身を包んだまま、
固まって動かない。


「瑠花っ、お願いだから。
 少しは食べてよ」


縋り付くように声をかけても、
瑠花の反応は今もない。


「ちゃんと食べてよ。
 三人で……三人で現代に帰るんだから。

 一緒に帰るんだから。

 私……諦めてないから。
 舞……探してくるよ」


瑠花の心に届いているのか、
届いていないのかもわからぬままに
その思いを伝えて、もう一人の親友の名前を出して
その重苦しい部屋を後にした。



瑠花はあの調子。



そして、せっかく再会できたはずの
舞もあの晩……瑠花を助けて帰ってきたら
姿を消していた。



瑠花の部屋を出て、
八木邸へと向かう庭園を歩いているとき、
ふと、視線を感じて周囲を見渡した。



その視線の主はすぐにわかった。


庭園内の物陰に潜めるように
身を隠して、瑠花の部屋へと眼差しを向け続ける。



その相手は意外なことに沖田総司。



発狂した瑠花に、労咳で死ぬとかなんとか、
宣告されてた相手がどうして?



心に疑問を感じながらも
沖田さんの方へと近づいていく。


沖田さんのその瞳に少し人らしい
表情が出ていた気がして。



いつもは無表情の彼が瑠花の部屋を見つめる視線が
何故か、優しい気がして。




近づいた途端に反射的に刀へと手を伸ばし、
無表情な冷徹オーラー全開になる沖田さん。


ったく、何もしなかったらモデルでも十分やっていける、
そんな気がするのに。



「瑠花をお願いします」



小さくすれ違いざま、
紡いだ言葉に沖田さんの動きが硬直する。


戸惑ったような表情を見せた後、
無言で、その場所から消えてしまった。




どっと疲れた体を
どうにか支えて、
八木邸の自室へと戻る。




いつものように、
午後の飲み物を振る舞い終えて
自室に引き込まり
大の字に体を広げて横になる。




「花桜ちゃん、なんや。

 布団もきんと寝とったら風邪ひくで」


ウトウトと仕掛けた私に、
声がかけられる。


「山崎さん……」


慌てて飛び起きて眺めた私を、
笑いを堪えながらじっと見つめた。



「あの?
 山崎さん?」


「なんや、花桜ちゃん怒ってんのかっ。

 花桜ちゃんのここんとこな、
 畳の後、くっきりとついてるで。

 布団も敷かんと大の字になって
 寝てるからやで。

 それとも確信犯で風邪でもひいて
 オレに同じ布団入ってほしかったんか?」




はい?


今、
何て言った?





山崎さん。




慌てて押入れの扉を一気に開くと、
一番近くにあった枕を掴み取って山崎さんへとぶん投げる。



「おぉ、怖っ。
 花桜ちゃん」


なんてわざとらしくいいながら、
軽く身を翻して枕攻撃をかわしていく。



掴む枕がなくなって、投げた枕の残骸だけが
散らばっているのを確認しながら肩で息を整えていく。



「そんなだけ元気やったら安心した。

 花桜ちゃん、出掛けるで。
 舞ちゃん探しに行くんやろ」



山崎さんのその言葉に、
ウトウトしてしまった自分の顔に両手でバシーンと
気合を入れて、部屋を後にしていった。



八木邸を出て、瑠花が舞と
出逢った場所へと向かう。


そこには舞の姿は当然ながらない。



「山崎さん、今日は監察のお仕事は?」

「夜まで自分の時間や」

「今は何の仕事してるんですか?」


ずっと気になるのは監察の仕事。


いつも留守がちで、いないなーっと思えば
気が付いたら帰って来てる。
 


「花桜はまだ知らんでえぇよ」



知らなくていい。


そう言われた言葉にチクリと伴う痛み。


まだ私は得体の知れない子だから……。


信頼されるには程遠い。
そう言うことなのかな。


山崎さんと二人で出掛ける京。
舞を見つける気があるのかないのか。 



あっちにふらふら。
こっちにふらふら。




「もうっ。
 
 本当に舞、探す気あるんですか?」



寄り道するたびに、目くじら立てて、
怒る私を見て、笑いながら『ごめんごめん』って。


掴みどころがなくて、振り回されてばかりで。



でも……そんな山崎さんだからこそ、
何時の間にか気が付いたら思い悩んで居たことも
スーっと取り除いてくれてる。


一人で出来ないリフレッシュを
手伝ってくれるみたいに。



「花桜ちゃん、花桜ちゃんどれがええ?」


ずらりと並んだ貝殻。


貝殻には、綺麗な絵が描かれてあって、
中には……真っ赤な塗料が塗られてある。



これって……京紅?ってヤツ。



沢山描かれている中で、
桜の花を描いたそれに手が伸びた。



凛としなきゃ。



ちゃんと背筋を伸ばして。


それを見るたびに、おばあちゃんの言葉を
思い出せる気がするから。



「それがええんか?」


コクリと頷いた途端、
山崎さんは、それをお買い上げ。


そのまま、私の掌の中にコトリと置いた。



「花桜ちゃんが自分自身と戦いとーなったら使い。

 紅は、昔から呪いや。
 花桜ちゃんを守ってくれるやろ。

 気分転換にもなるやろからな」



そう言うと、
そのお店を後にしていく。


その帰り道……ほんわかしていた時間は一転する。



目の前を通り過ぎる舞の後ろ姿を見つけ、
慌てて声を出して追いかけようとした
私の口を、山崎さんの手が塞いだ。



山崎さんに羽交い絞めにされるような状態で
追いかけることもままなくなった私が
そのまま連れて行かれたのは八木邸の近藤さんの部屋。


近藤さん・土方さん・山南さん。


その三人が、勢揃いしてる中で
山崎さんはまじめに報告してる。



そんな中にポツンと放り込まれた
私は……その場所ではじめて思い知らされた。


「山波くん。

 山崎君の報告によると君の友人は、
 長州藩士たちと一緒に居るようだね」



落ち着いた深みのあるトーンで紡がれる言葉。
でも……その言葉の先に逃げ道はない。


「かっちゃん。
 そんな甘っろょいこと言ってる場合じゃねぇだろ。
 山波の知人が長州のヤツラと一緒に居た。
 だったら、こいつらも仲間だろ」


「近藤さんも、土方くんもまだ決めつけるのは
 早いのではありませんか?

 山波くんも、そろそろこの世界で生きる
 覚悟を決めて頂かないといけませんね。

 この場所に留まると言うことはいつか、
 お友達とも一戦を交えるかも知れないと言うこと。
 
 山波くん、貴女はどうしたいですか?

 この先も、この場所でお友達と戦うかもしれない
 リスクを伴ったまま歩き続ける覚悟はありますか?」



山南さんの穏やかな声が、
さらに逃げ道を寸断するように
私自身を追い込んでいく。
 



舞が……長州藩士たちと一緒にいた。



それがどういう意味なのか、
私には、はっきりとわからない。


こんなことになるなら、もっと歴史を
勉強しておけばよかった。



ただ一つ。

ただ一つ、言えることは
この場所は……私たちが住んでいた
現在ではないと言うこと。


私たちが住んでいた現在ではない。


だからこそ……その道が離れていくこともある。



舞も瑠花も守りたい。

守りたいよ……。



そして……この場所で出逢った
この人たちも。



背筋をまっすぐに伸ばして、
一呼吸おいて焦らないようにゆっくりと告げる。




「私は……この場所で、
 ここで歩いていきます」


「今、舞があらわれてお前にアイツが
 斬れるのか?」



思った通り、
土方さんはそうやって言うと思ってた。



「すぐには斬りません。
 舞と話し合います。

 話し合って、説得したうえで
 お互いの道が遠のいてしまったその時は
 私の……誠において覚悟を決めます」




そう。



それが……私が、
この世界に生きる覚悟。



願わくばその道が、
遠のくことがありませんように。


この声が届かぬことがありませんように。

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