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約束の大空

佳川鈴奈

6.知らない世界 戸惑いの暮らし - 舞 -



今、私は江戸から、
御殿場へと向かってる。



長州で晋作さんと義助さんに助けられた数日後、
義助さんたちの旅立ちが突然決まった。


当初、『君はここに居たらいい』
そう言ってくれた晋作さんの言葉を押しのけて、
一緒に行きたいと我儘を通した。


長州を出て行商として旅を続ける私たち。
一度、江戸で晋作さんたちは誰かと会うと、
そのまま今度は、御殿場へと移動した。



自分が誰かもわからない。


何処かもわからないこの場所で
一人、残されるのは嫌。


誰も知らない場所で過ごすほど、
不安なものはないから。




だったら、
今、私が居るこの世界で
少しでも信じられる
二人の傍に居たい。



心がそう告げたから。




何度も何度も頭を下げて、
我儘を通して……ようやく、
承諾してもらった旅のお供。




お二人を指示するお仲間さんたちをはじめ、
お二人にも迷惑かけたくなくて必死に移動続けた。





船旅は……船酔いが酷くなって
立ち上がることすら出来ないありさま。



陸路にかわると、ひ弱な足の裏が
悲鳴を上げる。




歩くたびに、足の皮に水泡が出来て
皮が破れ、ヒリヒリと痛みだけが残る。 



歩いてついていくだけで精一杯、
あんなにもお荷物になりたくないと思っていたのに
すでにどうしようもない状態だった。


「舞さん、無理しなくていいですよ。
 荷物を貸してください」


義助さんが私の肩から荷物を奪い取ると、
逆サイドからは、晋作さんが私の前に腰をかがめる。


「おぶってやるよ」



戸惑う私に早く来いと催促して抱え上げると、
ゆっくりと山道をくださっていく。


「あのっ、重くないですか?」


定期的に続く振動を体で感じながら
晋作さんの体温を衣類越しに感じる。



「重いなー」



えっ。
重い……やっぱり。



「あの、晋作さん。私、降ります。
 自分で歩きます」



慌てて、そう答えると
晋作さんは面白そうに笑った。



「舞、重くはないよ。
 
 あと少しで、数日の宿につく。
 舞はそこで休んでろ」



そう言うと、晋作さんは、
また力強く歩き出した。




晋作さんの背中に揺られ、
途中からは、義助さんの背中に
揺られて辿りついた目的の宿。




そこに着くころには喉はカラカラで、
体は寒さに震えて頭がクラクラしてた。




「舞さん……」




私の異変に気が付いたのか、
遠くで義助さんが叫ぶ声が聞こえた。









目が覚めたら、
また……見知らぬ部屋に居た。



目の前に広がる天井。




「舞さん、気が付きましたか?」






私が眠る隣には義助さんが座っていて、
桶の中の水に手ぬぐいを浸して絞り、
私のおでこへともう一度戻した。



そして眠る布団の逆側、
晋作さんが壁に持たれるようにして
じっと見つめながら座ってた。




「馬鹿がっ。
 無理してどうする?」



えっ?



「晋作は、舞さんが旅の疲れで倒れて以来
 心配してたんですよ。

 それは私も同じですけど」



旅の疲れで倒れた。 





この言葉がずっしりと
重くのしかかる。





迷惑をかけないって
そう言って、長州から江戸へ。
江戸から、御殿場へ。



ずっとついてきたのに私、
迷惑かけてばかりだよ。





「どうした?
 どこか痛いのか?」




何も出来ない自分が悔しくて
涙が出てるくる。




どうして、
記憶がないのよ。


どうして、
何も思い出せないのよ。





舞って名前も晋作さんが
つけてくれた名前。 




私は……誰なの?





「舞、もういい。
 泣かずに何も考えず休め。

 当面、この御殿場に宿を構える。

 俺は用があって少し留守にするが
 お前のことは、 ここの宿の主人にちゃんと頼んでおく。

 だから……舞は療養するといい」


そう言葉を残して、
晋作さんも義助さんも立ち上がって、
襖の方へと歩いていく。

一人になるのが、
こんなにも心細い。



「ちゃんと……ちゃんと迎えに
 来てくれますか?」

「あぁ。
 
 また迎えにくる。
 それまではゆっくりと休んでろ」



そう言うと晋作さんは、
誰かに呼ばれて部屋を出て行った。



「舞さん、ゆっくりと休んでいてくださいね」




そう言って出て行った二人は、
暫く、この場所に帰ってくることはなかった。


この宿の主人の介抱もあって、
熱は下がりある程度動けるようになった
私は主人に頼んで晋作さんと義助さんが
帰ってくるまで、宿の手伝いをさせて貰いたいと
頼んだ。




お世話になってる
お礼も兼ねて、
何かお渡ししたくて。



だけどそれにはお金が必要で。




必死にその思いを伝えたら、
主人は、快く快諾してくれた。






宿に泊まりに来たお客さんを、
部屋に案内し料理を運ぶ。


薪を割り、お風呂を沸かして
お客様の背中を洗い、背中を流す。




宿の手伝いをはじめて、
二週間ほどした深夜、その約束は果たされた。




「舞さん、起きてください」



寝ぼけ眼にボーっと見つめた先には、
義助さんの姿。




「今夜、出立します。
 
 晋作と合流するので支度を
 急いでください」




慌てて、支度をして
立ち去るのと同時にお役人さんたちが
宿の中に入っているのを微かにとらえた。




義助さんに手を引かれて、
走り続ける山道。




道のない暗闇の中、
夜道を走り抜けていく。








「舞さん、すいません。
 後、少し。
 もう少しの辛抱ですから」





時折、後ろを振り返りながら
義助さんが私を気遣う。




「大丈夫です。

 私、ちゃんと走りますから」 





その山道を走り抜けると
晋作さんが、私を出迎えてくれた。



晋作さんは……何時もの旅装束。
行商の出で立ちで、私たちを待ち続ける。


「舞、今日のお前は薬屋の女房だ」


そう言って風呂敷の中に
支度された着物へと着替えさせられる。


木の陰に隠れて慌てて着替え終わると、
一行は、京に向かって山道を歩いて行った。




京に行く道すがら
風の噂が教えてくれた。



どこかで建設中の英国の大使館が
焼失したのだと。



深くは聞かないけど、晋作さんと義助さんたちが
もしかしたら絡んでるのかななんて思いつつ……
その心を隠したまま今を生きることを優先させる。



晋作さんと義助さんが
どんな人だとしても私は構わない。




この二人は、
私にはとても優しい瞳を
見せてくれるから。






この二人が居るから
私が生きていられる。






それは紛れのない事実だから。

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