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約束の大空

佳川鈴奈

1.家宝の剣 -花桜-


真っ白な白装束が
やけに脳裏に焼き付く。



顔の見えないその人は、
穏やかな微笑みと共に暗闇へと散って行った。










「花桜、起きなさい。
 何時までも寝てるんじゃありません。

 早く起きて道場に行きなさい」



突然、部屋の襖が開いてお母さんの声が耳につく。



「うるさいなぁー。
 起きてるよ」



寝起きの体をベッドの上に
ゆっくりと起こすと、腰まである
長いストレートの黒髪に手櫛を通す。



「煩いなぁっじゃないでしょ?

 花桜、今日は剣道の全国大会。

 試合の前に、
 お義父さまに手合せして貰うんでしょ。

 お義父さまが道場で待ってるわよ」


お母さんは、
そう言って部屋を出ていく。




慌ててベッドサイドの
携帯を引き寄せて画面を魅入る。





六時。





いやぁー。
お母さん、何で六時になんて起こすかな。



お祖父ちゃんとの
約束の時間じゃない?




慌ててベッドから飛び出すと
稽古着に袖を通して部屋から
慌てて飛び出す。




自宅から道場までは、
僅か五分に満たない距離。




お祖父ちゃんにお説教くらうのは
間違いないだろうなー。



そう思いながら、
慌ただしく家を飛び出そうとすると、
別の声が聞こえた。



「花桜。

 何をそんなに取り乱しているのです。

 女子(おなご)たるもの
 いかなる時も堂々と、
 凛としてらっしゃい。

 その煩い足音を止めて
 背筋を正して品良く。

 お義母さまは……。
 
 貴女の、
 ひいおばあ様は……」



全速力で走る私を呼び止めたのは
お祖母ちゃん。


お祖母ちゃんは、
私の日舞や茶道・華道のお師匠。




うわぁ、
完全にアウトだ。



お祖父ちゃんに怒られるよ。




私、山波花桜【やまなみ かお】。


聖フローシア学園に
通学する高校二年生。



そして今日はインターハイ。

剣道の全国大会当日。


戦いの前に、お祖父ちゃんに手合せを
頼んでいたのに約束の時間に遅れて大ピンチ。



それもこれも、
あの夢のせい。





ここ一か月ほどずっと見る夢。





その夢は突然始まる。



最初に記憶に残るのは白装束。



そして……はっきりと顔の見えない
白装束のその人は穏やかに微笑んで最後を迎える。



何か……口だけは言葉を伝えようとしているんだけど
その言葉は声として届かないまま真っ暗な世界に
切り替わって私はいつも涙を流しながら目覚める。





何で泣いてるのかわからないのに
涙が止まらなくて寝るのが怖くなる。



どれだけ我慢しようとしても、
やっぱり何時しか眠ってしまうわけで
眠ったら……また始まるんだ。





その夢が。







それで……ちょっと
寝不足気味って言うか寝坊しちゃった。





「お祖母ちゃん、
 ごめんなさい」




慌てて謝罪して、
一礼すると走るのをやめて
早足で道場へと向かう。



道場では、すでに竹刀が
交わる音が響き渡る。





「失礼します」




声を張り上げて一礼すると、
お祖父ちゃんと、従兄弟の敬里(としざと)が
いる方へとゆっくりと歩いていく。




「敬里、
 それまでじゃ」
 



お祖父ちゃんの声が響いて、
敬里が静かにお辞儀をして面をゆっくりと外した。




「花桜、
 何遅刻してんだよ」


「煩いなっ。
 
 敬里なんかにそんなこと
 言われたくないわよ。

 アンタの方が今日は、
 たまたま早かっただけでしょうに」




憎まれ口を叩きながら、
座って、ゆっくりと面を顔に括り付ける。




汗臭い……その面を身に着けると
身も心も引き締まっていく。




「花桜、来なさい」



一礼した後、その言葉をきっかけに
声を張り上げて打ち込んでいく。



無心に打ち込んでいく間に
真っ白になっていく頭。



真っ白になればなるほど、
思考は澄み切って目の前の
打ち込みだけに集中できる。



「はいっ。
 それまで」



研ぎ澄まされた
聴覚がその言葉を
捉えたとき私はゆっくりと
構えの型を解いた。



「花桜、お前
 どんな神経してんだよ。
 
 じいちゃんと、30分も
 打ち込み続けるなんて」



呆れたような敬里の言葉に慌てて、
道場の壁に掛けられている時計を見つめる。





……本当だ……。





またやっちゃったよ。






慌てて姿勢を正して一礼すると
座って、ゆっくりと面を外す。






「花桜。

 強くなったな」






お祖父ちゃんの名前は、
山波 敬介【やまなみ けいすけ】。


そして私の師匠である、
お祖母さまの名前は、明里【あかり】さん。



歴史好きの親友、岩倉瑠花【いわくら るか】には、
新選組じゃあるまいしなんて、笑い話にされる名前。




だけど……私の一族が、
そんな歴史の人物と縁深い家柄だなんて
その時の私は知るはずもなく、
その日も朝稽古を終えた。




道場を退室していくお祖父ちゃんの後を追いかけるように
私も道場を後にする。


私の背後には、
同じようについてくる、

お爺ちゃんの後について、
私と敬里も道場を出ていく。




小鳥が囀る気持ちいい朝。




深く深呼吸して見上げた空は
何処までも青くて。




暫く、深呼吸をしながら
空を眺めつづけていたお祖父ちゃんが、
ゆっくりと私の方を向き直った。




慌てて、お祖父ちゃんの方を向いた私に
静かに告げた。
 




「決めたぞい。

 わしの息子、敬明【としあき】は論外。
 敬里では役不足じゃな。

 我が家に代々伝わる家宝の剣を
 私は花桜に託すことに決めたよ。

 ご先祖さまも……花桜ならば、
 許してくれるだろう。

 今、空を見上げながら
 話して決めた」




お祖父ちゃんは宣言すると、
そのまま、また道場の方へと向かい
丁寧に布にまかれた細い何かを私の前に差し出した。



ゆっくりと手を伸ばして、
差し出されたそれを受け取る。




受け取ったそれは、
ずっしりとした重さを秘めていて
ゆっくりと布を外していくと
真っ黒な鞘が姿を見せて、
その鞘の奥には銀色に輝く刃。







日本刀?








刃に吸い込まれるように
視線を移すと……それは模造等ではなくて真剣。




銃刀法違反にならないように、
所持の許可証まで布の中から
姿を見せたその重い剣。




「これ」

「私の亡き父上から譲り受けた
 先祖代々の宝だ。

 何でも我が一族の御先祖様の形見だそうだ。

 ご先祖様の一人、総助【そうすけ】さまが残した書によると、
 総助さまには、物心ついた時から父上はおらず、
 母上と、この家宝の剣だけが支えだったという。

 総助そまにとって、この家宝の剣は
 亡き父上とを繋げる唯一の存在。


 そして空。

 空だけは、何時の世でも父上に繋がっているのだと
 この家宝の剣と共に代々伝わる書には書き記されていた」



そういいながら愛しそうに
家宝の剣を見つめるお祖父ちゃん。




「お祖父ちゃん。

 そんな大切なもの、私、受けとれないよ。

 御先祖さまがずっとずっと大切にしてきた、
 一族の宝物なら、ちゃんとお祖父ちゃんが持ってたらいいでしょ」


その剣を受け取ったら、
お祖父ちゃんが消えてしまいそうで
必死に言葉を探す。




「いやっ。
 これは……お前のもんじゃよ。

 ご先祖様と話して決めた。
 この剣に恥じぬ試合をしてきなさい」




お祖父ちゃんは、そう言うと、
私にもう一度、その剣を握らせた。



ずっしりと重いその剣を、
手にして私は自室へと戻る。


自分の部屋のベッドの上に置くと、
朝食を食べて支度を整えて
仏壇にゆっくりと手を合わせる。





静かに合掌してお祈りしていると、
背後で、お祖母ちゃんの声が聞こえた。




「朱里(あかり)さま、
 どうぞ、孫の花桜をお導きください」




ゆっくりと私の隣に座って
合掌して、念仏を唱える。





「花桜、
 そろそろ時間だろ」




玄関の方から聞こえてくる敬里の声に
お祖母ちゃんが、
念仏を唱える手を休めて私の方を見る。




「行ってきます」






家族に見守られて迎えに来てくれた
敬里と共に家を後にする私。






空は何処までも高くて優しかった。











……行ってきます……。









空の何処かに居る
ご先祖様に心の中で問いかける。








(いってらっしゃい)









風もない、その場所に
穏やかな優しい風がゆっくりと走り抜けた。

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