【書籍化、コミカライズ】殿下、あなたが捨てた女が本物の聖女です

狭山ひびき

人生は単純ではないと言うけれど 13

 ど田舎にある教会のバザーって、一種のお祭りみたいなのよね。

 娯楽が少ないから、ここぞとばかりに盛り上がるの。

 手作りの雑貨やお菓子が並び、賑やかな音楽が流れて、教会の庭では小さなお芝居までやってる。

 王都の教会のバザーも近いところがあるけれど、半分は貴族の社交場と化していて、用意されたテーブル席でご婦人方がうふふあははと噂話に興じたり、慈善活動が資産や権力の誇示の場を勘違いしている男性方が、寄付額を声高に自慢しあっていたりして、ちょっとなーって感じがするんだけど、ここは本当にバザーと言う名のお祭りを楽しんでいる感じがする。

 子供たちも多いし、可愛らしく着飾った子供が花籠を持って、小さな花束を売り歩いているのを見ると、ついつい買っちゃったりして。

 子供から白いマーガレットの花束を一つ買ったわたしは、それを片手に、ファーマンと腕を組んでバザーの中を見て回っていた。

「やあ、アイリーン。来ていたの?」

 バザーを一通り見て回って、飲み物を買ってベンチで休憩していると、わたしたちの姿を見つけたロバート様がやってきた。この教会を管理しているロバート様は、両手にたくさんの料理やお菓子を持っている。出品している店を回るたびに押し付けられたのだろう。食べるのを手伝ってくれと言いながらわたしの隣に腰を下ろした。

 わたしはカップケーキを、ファーマンはパンを受け取って、三人仲良く並んで食事を取る。

「君がここのバザーに来るのは久しぶりだね。どう? 楽しい?」

 もちろん楽しいです!

 わたしが隣のファーマンの顔を見上げると、彼はにっこり微笑み返してくれる。うん、今日のファーマン、機嫌がいいみたい。

 ロバート様に向かってのろけるわけにもいかないから、小さく「はい」と頷いたんだけど、ロバート様にはお見通しみたい。くすくす笑われてしまった。

 ロバート様はしばらく他愛ないおしゃべりを楽しんだのち、教会の人に呼ばれて慌ただしく戻っていった。

「疲れていませんか?」

「全然! ファーマンは?」

 って訊かなくてもわかるわね。わたしとは鍛え方が違う騎士様だもの。

 大丈夫ですよとくすりと笑われて、わたしはちょっとくすぐったくなる。

 ファーマン、ずっと教会に出入りしていたから、こうして二人きりでのんびりとすごすのは実ははじめて。

 王都から領地への移動の際は護衛としてそばにいてくれたけど、ゆっくりおしゃべりすることなんてなかったし。

「いい天気ねー」

「そうですね」

 二人そろってすっきりと晴れている青空を見上げてそんなことを言ったりして。

 なーんにもすることがないけど、逆にこうして二人でぼーっとしているのが嬉しかったりするの。

 バザーも一通り見て回ったけど、しばらくここでのんびりしていたい。

 もう少ししたら庭で演奏会が開かれるそうだから、それまでゆっくりして、時間になったら聞きに行ってもいい。

 子供から買ったマーガレットの小さな花束が風に揺れる。

 強い風ではないけれど、春先でまだ少し涼しいから、風が吹けば肌寒く感じてしまう。

 もし、寒いと言ってくっついたら、ファーマンはどんな顔をするのかなー。迷惑かな。あきれちゃうかな。仕方ないですねと抱き寄せてくれるかな。

 微妙にあいた二人の距離を埋めたくて、ちらりとベンチに視線を落とす。

 本当は、遠慮なくぎゅーって抱きついてみたいけど、まだそんな勇気はない。

 恋愛って難しい。

 メイナードのときは、生まれたときから婚約していたし、結婚することを疑っていなかったし、遠慮なんてほとんどなかったけど、知り合って間もないファーマンは何が好きで何が嫌いかなんてまだわからないし、甘えすぎて嫌われたらと思うとなかなか甘えられない。

 でもほら、恋人同士だし、少しずつ距離を縮めていきたいじゃない?

 何からはじめるのがいいのかしら。

 恋の順番ってどんな感じ?

 当り前だけど、「お付き合い」することがゴールじゃないんだなってつくづく感じる今日この頃。

 うー、今度キャロラインに訊いてみようかしら。

 キャロラインってばまだ誰とも婚約していなくて、三大公爵家のジェネール公爵の娘だから引く手あまたなはずなのに、あちこちの夜会で蝶のように羽ばたく恋多き女性。といっても、一線はきっちり守って、羽目を外しすぎないのがキャロラインのすごいところなんだけど――とにかく、男性の心をつかむ術にかけては、わたしの知る限りキャロラインの右に出る者はいない。

「アイリーン様?」

 わたしがうんうん考え込んでいると、ファーマンが心配そうに顔を覗き込んできた。

「どうされました? 具合でも?」

 わたしはハッとしてぶんぶん首を横に振った。

 何でもありません!

 ファーマンともっとイチャイチャしたいなぁーなんて、やましいことなんてこれっぽっちも考えてないです!

「そろそろ演奏会がはじまるようですから、向かいましょうか」

 ファーマンに手を差し出されて、わたしはゆっくりと立ち上がる。手を放したくなくて少し力をこめたら、つないだままでいてくれた。

 些細なことだけど、こんなことでもわたしの心はほわーってなる。

 わたしは小さな幸せをかみしめながら、ファーマンと一緒に庭に設置された演奏会の会場へ向かった。

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