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殿下、あなたが捨てた女が本物の聖女です

狭山ひびき

人生は単純ではないと言うけれど 9

「………。……殿下」

 わたしはたっぷりと沈黙したあと、はーっと大きく息を吐きだした。

 ファーマンとのお付き合い宣言をしてから四日ほどたって、その間メイナードは一度も訪ねてこなかったから、てっきり諦めて王都へ帰ったんだと思っていた。

 そして五日目。

 ファーマンは相変わらず教会に出向いていて、護衛のくせに教会に入り浸っていることに腹を立てるセルマをなだめつつ、暇だから庭師のおじちゃんと一緒に土いじりでもしようかしらー、なんて考えていたときだった。

 日焼け防止に帽子をかぶって、動きやすいシンプルなワンピースに着替えて、さあ草むしりするぞ花を植えるぞと息巻いて玄関に向かったわたしは、ちょうど邸にやってきていた殿下とばったり遭遇した。

 わたしが玄関にいると思わなかったらしいメイナードはちょっと驚いたようだったけれども、すぐに満面の笑みを浮かべで、わたしに手に持っていたものを差し出した。

 花束。真っ赤な薔薇の。たぶん、五十本くらいある。

 わたしはその花束を見下ろして、はーっと嘆息してしまったってわけ。

 婚約していた時だって、花束なんてもらったことはない。花なんて、せいぜい、ダンスパーティーとかで、メイナードが胸に差していた薔薇をもらったくらいよ。それなのに、何を思って花束。意味不明。

「アイリーン、話し合おう」

 まだ言ってるし!

 花には罪はないからさー、受け取りますけれども!

 この人、第一王子でそれなりに忙しいはずなんだけど、いつまでもこんなところにいていいのかしら?

「殿下、この前も言いましたけど、わたしにはファーマンが」

 ファーマンの名前を出すと、メイナードの顔がむっとなる。

「ファーマン、ファーマンって言うけれど、いったいアードラーのどこがいいんだ」

「え?」

 わたしは薔薇の花束を両手で抱えたまま考えた。つーか、この花束重いよ! 半分くらいの量にしようよ!

「ファーマンはぁ……、優しいし」

「私も優しい」

「かっこいいし」

「顔で負けてはないはずだ」

「包容力あるし」

「私だって数年したら包容力くらい出る……はずだ」

「胸筋分厚くって素敵だし」

「私だって鍛えれば何とでもなる!」

「何よりキスが上手」

「キスくらい私だ―――はあ 」

 人が説明している横で茶々入れしていたメイナードは「キス」の単語に目を剥いた。

「キス  キスってどういうことだ  まさか君、私と言うものがありながらほかの男とキス……」

 だからメイナードとはもう他人だってば。
 わたしはちょっぴり恥ずかしくなって薔薇の花で顔を隠した。

「恋人同士ですもの、キスくらい……」

 といっても、キスはあの夜だけだけどね! どうもそれ以来、あまーい雰囲気にならないの。ムードかしら。ムードがたりないの? うー……、ムードの作り方なんて知らないわよ。どうしようかしら。

 もう一度キスしたいなーなんて破廉恥なことを考えているわたしの目の前で、メイナードがプルプルと震えていた。

「キスなんて、私だって婚約式のときに一度したきりじゃないか!」

 ええ、さすがに赤ちゃんのときに婚約式はできないから、わたしが十歳の時だったかしら? もう遠い記憶ねー。キスの感触……、うーん、覚えてないわ。

 だって婚約して十八年間、わたしと殿下の間に「あまーい」雰囲気なんてこれっぽっちもなかった。メイナードの部屋で二人っきりのときだって、二人そろってボードゲームとかカードゲームとかに夢中になってたし。たまにそこにバーランド様とかオルフェウスお兄様とかが入って四人で遊ぶこともあったし。とにかく、恋人らしい甘酸っぱい空気って言うの? そんなものあったためしがない。

 メイナードはなぜかショックを受けてしまって、ブツブツ独り言まで言いはじめた。

 そんなにキスがショックだったの? まさかメイナード、実はキス魔だったりするのかしら。そんなにしたけりゃリーナとすればいいのに。

 そう! リーナよ!

 わたしが領地に引っ込んでからも、お友達から手紙が届く。それによれば、リーナは寝込んでいる間に一度も看病に来なかったメイナードに癇癪を起しているんだとか。

 わたしとの婚約解消とリーナとの婚約が早かったから、まだ正式に婚約式もしていないんだけど、早く婚約式をしろって父親の伯爵経由で国王に訴えがあったらしい。

 え? どうしてそんなに詳しく知っているのかって?

 それは、情報元が三大公爵家の一つで現宰相のジェネール公爵の娘キャロラインからの情報だから。バーランド様の妹のキャロラインはわたしより一つ年上の十九歳で、大親友なのよ。

 というわけでリーナが大騒ぎしているみたいだから、メイナードも早く帰った方がいいと思うんだけど……。

「不公平だ」

「は?」

 ぶつぶつ言っていたメイナードは、突然顔をあげるとそんなことを言い出した。

「私はもう八年もキスをしていないのに、ほかの男が大人になった君の唇の感触を知っているのは不公平だ!」

 どんな理屈だ。

「私だってアイリーンとキスがしたい!」

 げ、本当にキス魔だよこの男!

 わたしはさっと薔薇の花束で唇をガードすると、くるりとメイナードに背を向けた。

 一、二、三歩!

 メイナードと三歩の距離を開けたわたしは、振り返ってメイナードに向かって指を突きつける。

「今日から三歩以内に入ったらぶん殴ります!」

 ……メイナードは「ガーン」と音さえ聞こえてきそうなほどショックを受けた顔になった。

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