殿下、あなたが捨てた女が本物の聖女です
6
馬鹿だよね?
馬鹿ですとも。
馬鹿に違いない。
わたしの頭の中で「馬鹿」の二文字が踊る。
だってさ、馬鹿でしょ?
この王子様は真面目な顔で何を言っているのかしら。
聖女にこだわるあまりに自分の気持ち――とか言っているけど、明らかにわたしが聖女に選ばれたからここに来ましたよね、そんなことを言いましたよね?
そんな見え透いた嘘のどこを信じろと?
ぜんっぜんこれっぽっちもトキメキませんよ。
わたしはぺいっと王子の手から自分の手を取り返した。
「殿下、おっしゃっている意味がわかりません」
まったくもって、理解できませんとも!
しかしメイナードは傷ついた顔をして、わたしの顔を覗き込んだ。
「アイリーン……、怒っているのか」
怒っていないと思っているならあなたの頭はおかしいでしょうね!
わたしは怒りのあまり髪が逆立ちそうになりながら、ずんずんとリビングの扉まで歩いていき、扉を開けてこう言った。
「お帰りください、『元』婚約者様」
元、の部分を思いっきり強調してわたしが言えば、メイナードは愕然とした表情で目を見開いた。
絶賛やさぐれ中です。
心の救いはあなただけです、ファーマン!
メイナードがすごすごと邸から出て行ったあと、怒りとか悲しみとか苛立ちとか、とにかくいろいろな感情がないまぜになったわたしは、子供のように泣き出してしまった。
わんわん泣くわたしを見て、セルマはおろおろして、ファーマンが子供にするように、でも恐る恐ると言った様子で頭を撫でてきたので、もう勢い余って抱きついた。
わたしが両腕を思いっきり回しても、右と左の手がギリギリ届くかどうかというほどがっしりした体つきのファーマンに縋りつき号泣していると、ファーマンがぎこちなくあやすように背中を叩いてくれる。
「もうやだぁー! あの王子やだぁ!」
嫌い嫌いと泣き叫べば、ファーマンがぎゅっと抱きしめてくれた。
うえーん、でも頭の中ぐちゃぐちゃで念願の胸筋の硬さを堪能する余裕がないよー!
そして散々泣きじゃくったわたしは、どうやらそのまま眠ってしまったらしい。
気がついたら夜で、ぱちっと目を開けると、すぐ隣にファーマンの男らしく整った顔が――
(きゃああああっ)
あまりにことに悲鳴をあげそうになりましたよ!
どうしてここにファーマンがいるの? ここ、わたしのベッドだよね?
パニックになっていると、わたしの気配で起きたのか、ファーマンが目を開ける。
「おはようございます」
「お、おはよう、ございます?」
いやいや、まだ夜ですけどね!
首を傾げるわたしに、ファーマンは小さく笑うと上体を起こした。
「すみません、離していただけなかったものですから」
くいっと彼が腕をあげれば、わたしの右手も上がる。あららら、わたしったら彼の服の袖をしっかりと握りしめていたみたい。
わたしの手が離れないから、ファーマンは仕方なくわたしのベッドに横になっていたのね。
なーんだ。
ちょっぴり残念な気持ちになってしまう。
どきどきしたのになー。どきどき、返してほしいなー。
まだちょっぴり、やさぐれモードのわたし。
するとファーマンは苦笑を浮かべて、わたしの頭をよしよししてくれた。
「まだご機嫌斜めですか?」
わたしはお子様か!
そう突っ込みたいけど、頭をなでなでされるのが気持ちよくてうっとりしてしまう。
なんか、今なら甘えても許される気がして、すりすりち彼の手に頭をこすりつけるような仕草をすれば、「だめですよ」と叱られた。
「男と二人きりで、しかもベッドの中で、そんなことをしたら駄目ですよ」
でもわたしはまだやさぐれているから、ぷうっと頬を膨らませて、なおのことファーマンの手に甘える。
「アイリーン様」
「………」
「アイリーン様」
「………やだ」
本当にだめなら頭をなでなでしなければいいじゃない。
だめって言うのに、まだわたしの頭をなでなでしてるのは、ファーマンでしょ?
わたしが一向に甘えるのをやめないでいると、頭のてっぺんに、ファーマンの大きなため息が落ちた。
やだ、怒らせちゃった?
思わずビクッとなるわたしが恐る恐るファーマンを見上げた時だった。
ファーマンの手が頭から離れたと思ったら、気がついたらわたしはファーマンに組み敷かれていて、彼の唇がわたしの唇を塞いでいた。
「ふぁ……ま…」
「あなたが悪いんですよ」
角度を変えてわたしの口をついばみながら、ファーマンが言う。
「あなたが、私を煽るから」
口の中にぬるりと舌を入れられて、驚いているうちに口の中が蹂躙される。舌をからめとられて、歯列を舐め上げられて、強く吸い上げられると、頭の中がくらくらした。
息が苦しくなったころにようやく解放されて、わたしは自分でも潤んでいるのがわかる目で彼を見る。
「あなたがほしい」
ストレートに言われて、脳が茹りそうになった。
「それとも、誰かほかに先約が?」
ぶんぶんと首を横に振れば、ホッとしたように笑われる。
「では、私があなたをもらってもいいですか?」
わたしは真っ赤になって、――小さく頷いた。でもでもさすがにこの場では――、とちょっぴり慌てると、ちゅっと振れるだけのキスをしたファーマンが愛おしそうに目を細める。
「大丈夫、キスだけですよ」
そう言って優しく唇が塞がられるから、うっとりしてしまう。
結局ファーマンは、わたしが疲れて眠りに落ちるまでずっとキスをしていて、次の日の朝、隣で眠っているファーマンの顔を見つけたわたしは、ものすごく幸せになってしまったわけで。
――今代の聖女様は、王家のものにはなるつもりはございませんので、あしからず。
馬鹿ですとも。
馬鹿に違いない。
わたしの頭の中で「馬鹿」の二文字が踊る。
だってさ、馬鹿でしょ?
この王子様は真面目な顔で何を言っているのかしら。
聖女にこだわるあまりに自分の気持ち――とか言っているけど、明らかにわたしが聖女に選ばれたからここに来ましたよね、そんなことを言いましたよね?
そんな見え透いた嘘のどこを信じろと?
ぜんっぜんこれっぽっちもトキメキませんよ。
わたしはぺいっと王子の手から自分の手を取り返した。
「殿下、おっしゃっている意味がわかりません」
まったくもって、理解できませんとも!
しかしメイナードは傷ついた顔をして、わたしの顔を覗き込んだ。
「アイリーン……、怒っているのか」
怒っていないと思っているならあなたの頭はおかしいでしょうね!
わたしは怒りのあまり髪が逆立ちそうになりながら、ずんずんとリビングの扉まで歩いていき、扉を開けてこう言った。
「お帰りください、『元』婚約者様」
元、の部分を思いっきり強調してわたしが言えば、メイナードは愕然とした表情で目を見開いた。
絶賛やさぐれ中です。
心の救いはあなただけです、ファーマン!
メイナードがすごすごと邸から出て行ったあと、怒りとか悲しみとか苛立ちとか、とにかくいろいろな感情がないまぜになったわたしは、子供のように泣き出してしまった。
わんわん泣くわたしを見て、セルマはおろおろして、ファーマンが子供にするように、でも恐る恐ると言った様子で頭を撫でてきたので、もう勢い余って抱きついた。
わたしが両腕を思いっきり回しても、右と左の手がギリギリ届くかどうかというほどがっしりした体つきのファーマンに縋りつき号泣していると、ファーマンがぎこちなくあやすように背中を叩いてくれる。
「もうやだぁー! あの王子やだぁ!」
嫌い嫌いと泣き叫べば、ファーマンがぎゅっと抱きしめてくれた。
うえーん、でも頭の中ぐちゃぐちゃで念願の胸筋の硬さを堪能する余裕がないよー!
そして散々泣きじゃくったわたしは、どうやらそのまま眠ってしまったらしい。
気がついたら夜で、ぱちっと目を開けると、すぐ隣にファーマンの男らしく整った顔が――
(きゃああああっ)
あまりにことに悲鳴をあげそうになりましたよ!
どうしてここにファーマンがいるの? ここ、わたしのベッドだよね?
パニックになっていると、わたしの気配で起きたのか、ファーマンが目を開ける。
「おはようございます」
「お、おはよう、ございます?」
いやいや、まだ夜ですけどね!
首を傾げるわたしに、ファーマンは小さく笑うと上体を起こした。
「すみません、離していただけなかったものですから」
くいっと彼が腕をあげれば、わたしの右手も上がる。あららら、わたしったら彼の服の袖をしっかりと握りしめていたみたい。
わたしの手が離れないから、ファーマンは仕方なくわたしのベッドに横になっていたのね。
なーんだ。
ちょっぴり残念な気持ちになってしまう。
どきどきしたのになー。どきどき、返してほしいなー。
まだちょっぴり、やさぐれモードのわたし。
するとファーマンは苦笑を浮かべて、わたしの頭をよしよししてくれた。
「まだご機嫌斜めですか?」
わたしはお子様か!
そう突っ込みたいけど、頭をなでなでされるのが気持ちよくてうっとりしてしまう。
なんか、今なら甘えても許される気がして、すりすりち彼の手に頭をこすりつけるような仕草をすれば、「だめですよ」と叱られた。
「男と二人きりで、しかもベッドの中で、そんなことをしたら駄目ですよ」
でもわたしはまだやさぐれているから、ぷうっと頬を膨らませて、なおのことファーマンの手に甘える。
「アイリーン様」
「………」
「アイリーン様」
「………やだ」
本当にだめなら頭をなでなでしなければいいじゃない。
だめって言うのに、まだわたしの頭をなでなでしてるのは、ファーマンでしょ?
わたしが一向に甘えるのをやめないでいると、頭のてっぺんに、ファーマンの大きなため息が落ちた。
やだ、怒らせちゃった?
思わずビクッとなるわたしが恐る恐るファーマンを見上げた時だった。
ファーマンの手が頭から離れたと思ったら、気がついたらわたしはファーマンに組み敷かれていて、彼の唇がわたしの唇を塞いでいた。
「ふぁ……ま…」
「あなたが悪いんですよ」
角度を変えてわたしの口をついばみながら、ファーマンが言う。
「あなたが、私を煽るから」
口の中にぬるりと舌を入れられて、驚いているうちに口の中が蹂躙される。舌をからめとられて、歯列を舐め上げられて、強く吸い上げられると、頭の中がくらくらした。
息が苦しくなったころにようやく解放されて、わたしは自分でも潤んでいるのがわかる目で彼を見る。
「あなたがほしい」
ストレートに言われて、脳が茹りそうになった。
「それとも、誰かほかに先約が?」
ぶんぶんと首を横に振れば、ホッとしたように笑われる。
「では、私があなたをもらってもいいですか?」
わたしは真っ赤になって、――小さく頷いた。でもでもさすがにこの場では――、とちょっぴり慌てると、ちゅっと振れるだけのキスをしたファーマンが愛おしそうに目を細める。
「大丈夫、キスだけですよ」
そう言って優しく唇が塞がられるから、うっとりしてしまう。
結局ファーマンは、わたしが疲れて眠りに落ちるまでずっとキスをしていて、次の日の朝、隣で眠っているファーマンの顔を見つけたわたしは、ものすごく幸せになってしまったわけで。
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