君がいないと

夏目流羽

2:君だけがいない

チュンチュンだなんて、ベタな雀の鳴き声で目を覚ます
あ〜まだ寝足りない……ってか今何時だろ?
首だけを動かして時計を見れば、時刻は朝の9:40
の、わりにはなんか部屋が薄暗い。なんでだ?
ボーっとしたまま部屋を見回して気付いた。
カーテンが開いてないんだ
いつもは、目を瞑っていても感じる朝日の眩しさで目を覚ます
それは晶がいつもちょうどいい時間にカーテンを開けるから。
そんで、起こされて朝飯っていうのがいつもの休日のパターン
今日はまだ寝てんのかな?

上半身を起こして隣を見ればーーーいない

なんだ、起きてるんじゃん
俺はゆっくりベッドから抜け出し伸びをした。
ってか、考えたら俺昨日晶に謝ってないな
もしかして起こさなかったの、小さな嫌がらせ?
ったく、面倒くさいなぁ……仕方ないから、一言くらい謝ろうか

「晶」

呼びかけながらリビングに入って、止まる

いないーーー?

ガランとした部屋はやけに綺麗に整えられていて、人の気配がまったく感じられなかった。

「晶?」

トイレや洗面所、キッチンの方を見やってももちろんいない
とりあえず水を飲もうと冷蔵庫を開ければ、ラップのかけられた皿が何枚か並んでいた。
ハンバーグ、カレー、オムライス……?
それらは多分昨日の晩飯
なに考えてんだ?遅くなるって言ったのに、こんなに作って待ってたわけ?
意味わかんない
ってかこんな朝っぱらからどこ行ったんだか。
今日は土曜日で、仕事はちゃんと休みだって言ってたし。
俺も大学もバイトも休みだから、土曜日は絶対一緒に出掛けようって言ってたのはどこのどいつだっけ?
まぁラッキーだけど。家でゆっくりしてよ。

とりあえず煙草を吸おうとして、気付いた。
昨日買うの忘れたんだった……最悪
もしかしたら昨日のアウターにまだ残りが入ってるかな
足早に寝室へ戻ってみれば、昨日脱ぎ捨てたはずのそれが無いーーーなんて、いつものことで。
晶がしまってくれたであろうクローゼットを開けた瞬間

違和感

どうしようもないくらいの

違和感を、感じた。


一瞬
思考も
時間も
息すらも、止まった気がして。

半分カラになったクローゼットの前で、俺はただただ立ちつくしていた。


多分、5分くらい?
いや10分くらいかな……
もしかしたら、1分も経ってなかったかも。
とにかく何も考えられなくて
目に映るものを、頭の中で文にしてみる

いつもパンパンで場所の取り合いをしていたクローゼット
今は、半分しか埋まっていなくて。

見慣れたスーツも
買ってあげたコートも
お気に入りのカーディガンも
全部全部、見当たらなくて。

「は……なに?」

めったに出ない一人言を口にしつつ、俺は振り返った。
目についたのは、部屋の1番奥にある小さな鏡台
晶が持ってきたもので、嫁入り道具かよと笑ったのはもう1年前
いつもは晶の化粧水やらスプレーやらが置かれているそこに、今日は小さな花束と封筒が置かれていた。

クローゼットを見ないように意識しながら、その封筒を取りさっき開け忘れたカーテンを開ける
明るくなった部屋の中、ベッドに腰掛けて封を切った。
中にはシンプルな便せんが1枚
一目見ただけで晶だとわかる少し癖のある字に苦笑する
やけに頭が真っ白で、なんだか何も考えられない
ただ身体は意思と関係無く勝手に動いていて、その文字をゆっくりと読み取っていた。

『蓮』
『何も言わず、出て行ってごめん』

へぇ
やっぱり、出て行ったんだ

『さよならを言えば、泣いてしまいそうだから』

ってか、泣きながら書いたんでしょ
字……震えてるし。

『いつかこんな日がくること、ずっと前からわかっていたけど、やっぱり悲しい』

こんな日ってどんな日?
なに勝手なこと言ってんの?

『蓮の浮気が初めてバレた時、花をくれたよね』
『あの時、決めたんだ』
『花が5本になったら、さよならしようって』

ほんと……意味がわからない
あの時、笑いながら、そんなこと考えてたわけ?
ふと横を見れば、小さな花束が視界に入った。
昨日あげた白い花を真ん中に、ピンク・紫・黄色・赤が周りを囲っている計5本の花束

『決めていたはずなのに、俺、見なかったことにしようとした』
『気付かなければ、まだ隣に居られると思った』

あぁ
そういえば昨日、すぐ背中向けてたっけ
あんなバッチリ目が合ったのに、気付かないフリしようとしたの?相変わらず、面白いひと。
そんなこと思いつつ、唇が引き攣ってなぜか笑えない

『でも、この花が証拠』
『見て見ぬ振りは、もうできない』

だから、さよなら。

その一文を見て、思わず指に力がこもる
昨日花を受け取る時、一瞬躊躇した晶
その理由がこれ?
ってかそんな決まり、晶が勝手に考えてただけでしょ?俺全然知らなかったし。
知ってたら、わざわざ買ってこなかったのに
そしたら晶も、出て行かなくてすんだのに

『蓮、今までありがとう』
『蓮と過ごした2年間は、俺にとって一番大切な宝物だよ』

宝物って……ダサいし。

『隣に居られて、幸せだった』

そんなの当たり前でしょ
俺の一番近くに居させてあげたんだから
俺だってそれなりに優しくしたし、最初の1年間は遊びもせず晶だけを見ていたつもり
それだけで、幸せだったでしょ

『本当に、大好きだった』

「知ってるよ……」

気付けば無意識に呟いていた。

どれだけ近くに居たと思ってるの
顔見りゃ晶の気持ちなんてわかる
忙しくなって、一緒に過ごす時間は少しずつ減っていたけれど
いつだって一途に、いつだって真っ直ぐ
俺を、愛してくれていたよね?
深夜仕事から帰ってきた晶が、いつも俺の髪を撫でながらキスをしていたことーーー知ってるんだよ
昨日、みたいに。

本文はそこで終わっていて、一番下に書かれた小さな追伸

『蓮、目を閉じてみて』

俺は一瞬だけ瞳を閉じて、すぐに続きを読んだ。

『蓮の中の俺は、笑顔でいるか?』
『昨日、ちゃんと笑えてたかな』

思い浮かんだのは、昨日の笑顔
ちゃんと笑えてたけど、笑えてなかったよ
だって晶の笑顔は、あんなんじゃないでしょ
もっと、太陽みたいに明るくて光り輝くような
俺までつられて、笑っちゃうようなーーー

「っつーか、なにこれ。心理戦?」

口に出してみるけれどもちろん返ってくる声はなく、静かすぎる部屋で1人笑う

晶が、自分から離れていくわけない
俺が居なきゃ生きてる意味がないって、前に言ってたよね?
同棲初日の夜、ずっと一緒に居ようって約束したよね?
これって結局、電話してくんのを待ってるんでしょ
押して駄目なら引いてみろってやつ?
まぁ、みえみえな手だけど、今回だけは引っ掛かってあげるよ
これ以上手間かけさせたら、マジで別れるからね

見回せばベッドのサイドデスクに携帯と財布が置かれていた。
そういや昨日、デニムのポケットに入れたまま寝たんだっけ
寝ている間に晶が出してくれたんだな
ほんと、細かいところ気が利くよね
無造作に携帯を手に取ってショートカットを探す
けれど
あ…れ……?
いつもある場所に、晶の番号のショートカットがない
おかしいな……俺、間違って消したっけ?
首を傾げつつ連絡先を開いてスクロール
普段晶に電話をかける時、ショートカット以外使ったことがない
フォルダ分けなんて面倒くさいことしていないから、1から順番に見ていく
あー、超だるい
流れていくどうでもいい名前の数々
友達の友達とか、クラブで出会った女とか、セフレとか
顔さえ出てこないヤツもたくさんいるな……そろそろ整理しないと、なんて考えていたらスクロールが止まった。

「は……?」

え、なに?
意味わかんないんだけど
なんで
なんで、無いの……?

微かに震える指でもう一度スクロールしてみるけれど、どうでもいい名前はいっぱいあるのに

【瀬野 晶】

それだけが、無い
履歴にも、メッセージにも、SNSにも
どこにも、無い

今度こそ本当に頭が真っ白になった

間違いなく俺の携帯
間違いなく俺の部屋
まったくいつも通りなのに

晶だけが、いない

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