猟犬たちの黙示録

谷崎カナタ

0 夢

 

 夢を見た。日常見る、いや「見させられる」空虚な、何の変哲も無い夢だ。

 記憶のない幼児の齢より、何年も俺はその夢に取り憑かれている。いつだって俺はその「燃え盛る部屋」の中だ。燃え上がる炎は不自然に青く、大きい。陽炎のように空間を揺らし、目を凝らさなければその部屋の広さ、設えられているものはわからない。

 辛うじて認知出来るのは、一人では無いこと。足元から目線をあげれば、五歩ほど先には或る女の後ろ姿が見える。

 炎の中で肩を抱き、小動物のように震えている女は此方を振り向こうとはしない。その女は時折頰を自ら撫でている。止め処無く流れ来る涙を拭っていることは少し離れていてもわかった。

 何を泣く。俺に何を求めているというのだ。そんな疑問が頭の中を支配しようとも、口に出すことは出来ない。そう、「俺」の意思では。

   俺はただ深い意識の中で『俺』に身を委ねる。女に近づく。まだ女は振り返らない。ただただ吹き荒ぶ灼熱の風の中、俺は女の肩に手を伸ばしたーーーーー。

 

チチチ…。

「…。」

 鳥の囀が近い。僅かに開けられた窓際は俺の頭脇だ。頭を擡げると手の平ほどの小鳥が窓際の植木鉢に成った紅い実を啄んでいた。 
 
 ここ最近毎日違う寝床。違う窓。違う空気。今日は天井があるだけ有難い。昨日までの4日間は夜餐露宿であったと寝起きでぼんやりとした頭でふと考えた。身体中蚊に刺され、不快な痒みで意識が覚醒する野宿を好く変人とは、絶対に睦めないだろう。
 湿気の少ない爽やかな朝の風が窓から舞い込む。今日は一日中晴れだろう。穏やかな、兎に角心を乱さぬ平穏な1日になることを祈ってみるとしよう。


 まず聞き届けられないであろう祈りを胸に、俺は寝床から立ち上がった。

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