【コミカライズ】恋に恋する侯爵令嬢のこじらせ恋愛

狭山ひびき

好きな人4

「クリス、様?」

カトリーナはひどく落ち込んだような顔で部屋に入ってきたクリストファーを見上げて、ぱちぱちと目をしばたたいた。

「ごめん、カトリーナ」

クリストファーは後ろ手で扉を閉ざすと、カトリーナに向かって深く頭を下げる。

カトリーナは驚いて、慌ててベッドから立ち上がると、クリストファーに椅子をすすめた。

「クリス様がどうしてこちらに?」

クリストファーは決まり悪げに視線を彷徨さまよわせたのち、覚悟を決めたように口を開いた。

「僕はここに住んでいるんだ」

「そうなんですか―――え? ここはクリス様のおうちなんですか?」

「いや、そうじゃなくて……、わけあって住まわせてもらっているというか」

「それでは……、わたしをこうして連れてこられたのは、クリス様?」

「それは違う!」

カトリーナが不安そうに訊ねると、クリストファーは叫ぶように答えて、ハッと口を押えた。

「すまない、急に大声を出したりして……。ただ信じてほしい。僕じゃない。君が無理やり連れてこられたのを知って、急いできたんだ」

クリストファーが、小さなテーブルの上におかれているカトリーナのほっそりとした手を握りしめる。

クリストファーは真剣な表情を浮かべると、ちらりと扉に視線を投げたあとで、小声で言った。

「カトリーナ……、僕と一緒に逃げてくれないか」

「え? ええ、それは、わたしも逃げられるものなら逃げたいですが」

「そうじゃない」

クリストファーはゆっくりとかぶりを振ると、握りしめていたカトリーナの手を持ち上げて、両手で包み込み、祈るように額をつけた。

「僕と一緒に国外へ―――、遠くへ逃げてくれないか?」

カトリーナは思わず息を止めた。

クリストファーに告げられたことを反芻し、噛み砕いて、ようやく何を言われたのかを理解する。

(どうして、急に……)

何か理由があるのだろう。しかし、カトリーナには唐突すぎて、何が何だかわからない。

カトリーナは返事をするかわりに、握られていない方の手をそっとクリスの頬に伸ばした。

「どうして、遠くへ行こうと思うんですの?」

クリストファーはカトリーナに頬を撫でられながら、自嘲を浮かべる。

「僕はこの国にいるべきではないんだよ」

「だから―――?」

「ああ」

クリストファーは頷いて、カトリーナの紫色の瞳をまっすぐに見つめた。

「君が好きなんだ、カトリーナ。だから、一緒に逃げてほしい」

カトリーナの心臓が、ドクンと大きな音を立てた。

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