旦那様は魔王様
11
シヴァは地下へと続く階段を下りていた。
石を組んで作られたその階段は、やや湿度の高い空気にさらされて、表面が滑りやすくなっている。けれどもシヴァは危なげなくその階段を降りると、階段を下りてすぐのところにある、精緻な彫刻が彫られた木の扉に手をかけた。
「入るぞ」
一応の礼儀として室内に声をかけるが、返事はない。
シヴァは構わず扉を開けると、室内に足を踏み入れた。
部屋の中は、じめじめした地下に存在しているとは思えないほど豪華だった。
壁には絵画が飾られ、室内にある家具や調度品も趣味がいい。しかし、一つだけ、この部屋に不似合いな妙なものがあった。
それは、でん、と部屋の中央に鎮座していた。
掘られた彫刻の細かさや、金や銀で細工してある豪華さを考えれば、部屋の中の調度品と何ら遜色のないモノではあるが、見た目の華やかさではなく「それ」自体が部屋の中に恐ろしいほどの違和感を落とす。
部屋の中で一番自己主張をしていると言っても過言でないそれは、大きな#棺__ひつぎ__#だった。
「……相変わらず、寝るときはそこなのか……」
あきれたようにつぶやいて、シヴァはその棺の上に腰かけた。
視線を壁に向けたまま、コンコンと棺を叩く。
「お前、何かしてないだろうな?」
しかし、棺からは沈黙しか返らない。
「沙良が怯えている。お前が絡んでいるのなら、なんとかしろ」
やはり棺からは何の言葉も戻ってこなかったが、ややして、棺の中でごそごそと音がしはじめる。
シヴァは立ち上がって、棺を見下ろした。
やがてガタンという重たい音がして、棺の蓋が持ち上がった。
棺の中から、眠たそうに眼をこすりながら、一人の男が体を起こす。
まだ眠そうな双眸をぼんやりと開き、シヴァを見あげた男は、小さく首を傾げた。
その瞳は、血を流したように赤い。
「あれ、シヴァ様?」
「あれ、じゃない。今起きたのか。いつまで寝るんだお前は。昼過ぎだぞ」
「昨夜はわけあってずっと起きていたんですよ。おかげで、まだ眠いんです」
シヴァはため息をついた。
男は棺から出るとシヴァと自分のために茶を煎れはじめる。
「それで、どうされたんですか?」
挨拶なら昨日も来ただろう、と言いたげな口ぶりに、シヴァは片眉を上げた。どうやらシヴァが先ほど話しかけた内容は、夢の中にいた彼の耳には届いていなかったらしい。
シヴァはソファに腰を下ろし、腕を組んだ。
「白い影を見たと言って、沙良が怯えているんだ」
その言葉に、男は慌てたように振り返った。
「なんですって?」
「……やはりお前が絡んでいるのか」
この離宮で何か騒動が起きるのならばこの男が絡んでいるはずだ、と踏んだシヴァの勘は当たっていたらしい。
男は入れかけていたティーポットを放置して、シヴァに詰め寄った。
「白い影って、どんな影ですか?」
「どんな? 俺は見ていないが、沙良は女のようだったと言っていたな」
「ああ……!」
男は顔を覆った。その声が幾分歓喜に沸いているように聞こえ、シヴァは訝しむ。
「まさかとは思うが、知り合いか?」
「ええ! あなたも知っているはずですよ。きっとエルザです!」
「は?」
シヴァは目を丸くした。確かにエルザという女は知っている。だが、沙良が語った白い影とエルザの印象が一致しない。エルザは、蜂蜜色の髪をした、快活な少女のはずだ。
男は指を組み、天を仰ぐように天井を見上げた。
「ああ! エルザ、やっぱり君は僕をまだ愛していてくれたんだね……!」
話が全く見えない。
シヴァは頭が痛くなってきて額を抑えた。
「それで……、仮にその人影がエルザだったとして、どうしてエルザが離宮の中を徘徊しているんだ。ゼノなりメイドなりを呼んで堂々と入ってくればいいだろう」
「きっと僕を探しているんです!」
「いや、だから……」
「こっそり僕に会いに来て、驚かそうという魂胆ですね!」
「……」
だめだ。うっとりと自分の世界に入り込んだ男には、シヴァの言葉は正しく解釈されないらしい。
シヴァは面倒になってきて、幸せそうに笑み崩れている男の耳を引っ張った。
「い、いたたたた……」
「いいか。エルザとお前がどうなろうと、俺にはどうだっていい。ただ、エルザらしき人影が沙良を怯えさせている。お前が絡んでいるなら今すぐ捕まえて、離宮の中を幽鬼のようにうろうろするのはやめろと伝えてこい!」
容赦なく耳を引っ張られて、うっすらと涙を浮かべた男は、こくこくと小刻みに頷いた。
「わかりました! エルザを捕まえて、僕に会いたいなら堂々と胸に飛び込んで来いと伝えればいいんですね」
「―――、はぁ」
シヴァは嘆息した。だが、もう訂正する気力もない。シヴァは立ち上がり、用はすんだとばかりに部屋を出て行こうとした。
だが――
「きゃああああああ―――!」
遠くから、沙良の悲鳴のような声が微かに聞こえてきて、シヴァの顔がこわばる。
男もやや驚いたような顔をしたが、慌てたシヴァは男を完全に視界から追い出し、急いで沙良の部屋まで飛んで行ったのだった。
石を組んで作られたその階段は、やや湿度の高い空気にさらされて、表面が滑りやすくなっている。けれどもシヴァは危なげなくその階段を降りると、階段を下りてすぐのところにある、精緻な彫刻が彫られた木の扉に手をかけた。
「入るぞ」
一応の礼儀として室内に声をかけるが、返事はない。
シヴァは構わず扉を開けると、室内に足を踏み入れた。
部屋の中は、じめじめした地下に存在しているとは思えないほど豪華だった。
壁には絵画が飾られ、室内にある家具や調度品も趣味がいい。しかし、一つだけ、この部屋に不似合いな妙なものがあった。
それは、でん、と部屋の中央に鎮座していた。
掘られた彫刻の細かさや、金や銀で細工してある豪華さを考えれば、部屋の中の調度品と何ら遜色のないモノではあるが、見た目の華やかさではなく「それ」自体が部屋の中に恐ろしいほどの違和感を落とす。
部屋の中で一番自己主張をしていると言っても過言でないそれは、大きな#棺__ひつぎ__#だった。
「……相変わらず、寝るときはそこなのか……」
あきれたようにつぶやいて、シヴァはその棺の上に腰かけた。
視線を壁に向けたまま、コンコンと棺を叩く。
「お前、何かしてないだろうな?」
しかし、棺からは沈黙しか返らない。
「沙良が怯えている。お前が絡んでいるのなら、なんとかしろ」
やはり棺からは何の言葉も戻ってこなかったが、ややして、棺の中でごそごそと音がしはじめる。
シヴァは立ち上がって、棺を見下ろした。
やがてガタンという重たい音がして、棺の蓋が持ち上がった。
棺の中から、眠たそうに眼をこすりながら、一人の男が体を起こす。
まだ眠そうな双眸をぼんやりと開き、シヴァを見あげた男は、小さく首を傾げた。
その瞳は、血を流したように赤い。
「あれ、シヴァ様?」
「あれ、じゃない。今起きたのか。いつまで寝るんだお前は。昼過ぎだぞ」
「昨夜はわけあってずっと起きていたんですよ。おかげで、まだ眠いんです」
シヴァはため息をついた。
男は棺から出るとシヴァと自分のために茶を煎れはじめる。
「それで、どうされたんですか?」
挨拶なら昨日も来ただろう、と言いたげな口ぶりに、シヴァは片眉を上げた。どうやらシヴァが先ほど話しかけた内容は、夢の中にいた彼の耳には届いていなかったらしい。
シヴァはソファに腰を下ろし、腕を組んだ。
「白い影を見たと言って、沙良が怯えているんだ」
その言葉に、男は慌てたように振り返った。
「なんですって?」
「……やはりお前が絡んでいるのか」
この離宮で何か騒動が起きるのならばこの男が絡んでいるはずだ、と踏んだシヴァの勘は当たっていたらしい。
男は入れかけていたティーポットを放置して、シヴァに詰め寄った。
「白い影って、どんな影ですか?」
「どんな? 俺は見ていないが、沙良は女のようだったと言っていたな」
「ああ……!」
男は顔を覆った。その声が幾分歓喜に沸いているように聞こえ、シヴァは訝しむ。
「まさかとは思うが、知り合いか?」
「ええ! あなたも知っているはずですよ。きっとエルザです!」
「は?」
シヴァは目を丸くした。確かにエルザという女は知っている。だが、沙良が語った白い影とエルザの印象が一致しない。エルザは、蜂蜜色の髪をした、快活な少女のはずだ。
男は指を組み、天を仰ぐように天井を見上げた。
「ああ! エルザ、やっぱり君は僕をまだ愛していてくれたんだね……!」
話が全く見えない。
シヴァは頭が痛くなってきて額を抑えた。
「それで……、仮にその人影がエルザだったとして、どうしてエルザが離宮の中を徘徊しているんだ。ゼノなりメイドなりを呼んで堂々と入ってくればいいだろう」
「きっと僕を探しているんです!」
「いや、だから……」
「こっそり僕に会いに来て、驚かそうという魂胆ですね!」
「……」
だめだ。うっとりと自分の世界に入り込んだ男には、シヴァの言葉は正しく解釈されないらしい。
シヴァは面倒になってきて、幸せそうに笑み崩れている男の耳を引っ張った。
「い、いたたたた……」
「いいか。エルザとお前がどうなろうと、俺にはどうだっていい。ただ、エルザらしき人影が沙良を怯えさせている。お前が絡んでいるなら今すぐ捕まえて、離宮の中を幽鬼のようにうろうろするのはやめろと伝えてこい!」
容赦なく耳を引っ張られて、うっすらと涙を浮かべた男は、こくこくと小刻みに頷いた。
「わかりました! エルザを捕まえて、僕に会いたいなら堂々と胸に飛び込んで来いと伝えればいいんですね」
「―――、はぁ」
シヴァは嘆息した。だが、もう訂正する気力もない。シヴァは立ち上がり、用はすんだとばかりに部屋を出て行こうとした。
だが――
「きゃああああああ―――!」
遠くから、沙良の悲鳴のような声が微かに聞こえてきて、シヴァの顔がこわばる。
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