旦那様は魔王様

狭山ひびき

9

沙良は着替えを胸に抱きしめるように抱えて、とことこと廊下を進んでいた。

一階の温泉に向かっている途中である。

シヴァと沙良の部屋は二階の端にあり、一階の端っこにある温泉までは少し距離があった。

シヴァが空間移動で送ってやろうかと申し出てくれたが、普段、誰かに空間移動で飛ばされるか、シヴァに抱きかかえられて移動することが多いので、たまには自分の足で歩こうと、沙良は辞退したのだ。

毛足の短い絨毯が敷かれている二階の廊下を、離宮の中央にある大階段の方角へ、沙良は早歩きで進んでいく。

今は昼間だし、離宮の中は明るいのだが、どうしても昨夜見た白い影が脳裏をちらつき、一人で歩いていると心細くなるのだ。そのため、沙良の歩く速度は速くなる。

それでも、沙良が一人で温泉に向かっているには訳があるのだ。

なぜなら、シヴァは今、部屋で本を読んでおり、温泉には入らないと言っていた。つまり、沙良が入っていても、シヴァがやってくることはないということだ。

一人でゆっくりと、安心して、心おきなく、温泉につかることができるのである。

これは、行かない手はない。

というわけで、沙良は意気揚々と温泉に向かうことにしたのだが。

(うぅ、ゼノさんに頼んでついてきてもらえばよかった……)

この離宮は広いわりに使用人が少なく、人気がない。

廊下にはメイド一人いないし、物音もせずシーンとしている。

沙良のとてとてという足音だけが廊下に響いて、沙良は少し怖くなった。

沙良は歩く速度を少し上げた。大階段の手前まで来ると、階段も急いで駆け下りようと、手すりに右手を乗せる。――そのときだった。

ふわっと微かな風を頬に感じて、沙良は顔を上げた。

沙良が歩いてきた方とは逆の廊下を見やって、彼女は驚愕に目を見開く。

一瞬、ほんの一瞬だが、白い影が彼女の視界の端を横切った。

「―――!」

沙良は声にならない悲鳴を上げて、歩いて来た廊下を全力で駆け戻ったのだった。

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