旦那様は魔王様

狭山ひびき

放蕩王弟帰城する! 1

シヴァはこの日、久しぶりに夢を見た。

それは、沙良さらが産まれる少し前のことだった――

シヴァは、ふと、遠くから誰かが呼ぶ声を聞いた。

その声は小さく、今にも消えてなくなりそうなほど弱かった。

だが、その声にこもっていた感情だけは何よりも強かった。

魔王になって長らくたつが、シヴァの心をここまで動かす声に出会ったのははじめてだった。

――助けて、とその声は言った。

お母さんを、助けて、と。

その声は、まだ生まれる前の胎児のものだった。

自分の命のともしびも消えてなくなりそうな状況で、胎児が救いを求めたのは自分ではなく母親の命だった。

その時シヴァの胸に沸き起こった感情を、何と呼べばいいのか――

シヴァは、助けたいと思った。

胎児が求める母親の命ではなく、胎児そのものを。

そのためには、胎児が望むようにその母親も救う必要がある。

シヴァは地上に降りて、胎児の両親の前に立った。

母親は血だらけで、生きていることが不思議なほどの状態だった。おそらく、このまま放置すれば、あと十分も持たないだろう。

シヴァはある交換条件と引き換えに母親の命を救った。もちろん胎児もだ。

驚愕にひきつる胎児の両親に背を向け、その場を去ろうとしたとき――

――ありがとう。

シヴァの耳に胎児の声が届いた。

シヴァは薄く笑い、姿の見えない胎児に答えた。

――お前が大きくなったら、迎えに行く。

なぜその声に惹かれたのかと問われれば、シヴァはわからないと答えるだろう。

シヴァに理由はわからないのだ。感情に突き動かされるまま、動いただけだった。

ただ、一つだけ言えることは――

淡く、儚く、不確かだったが強烈なその感情に名前をつけるならば、それは初恋と呼べるのだろう。

シヴァは、沙良の魂そのものに恋をした。

もちろん沙良は、覚えていないことであろうが――

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