旦那様は魔王様

狭山ひびき

18

ガシャン、と鉄格子が開いた。

しかし、沙良は立ち上がることもできずに、鉄格子を開けてくれたシヴァを見上げていた。

シヴァも無言で沙良を見下ろしている。

「立てないのか?」

シヴァが言った。

相変わらずの冷たい声だったが、沙良はひどくほっとして泣きそうになった。

シヴァは沙良のそばまで歩み寄ると、両手を伸ばして、ひょいと沙良の体を抱き上げた。

「―――っ」

横抱きに――俗にいうお姫様抱っこというやつだ――抱え上げられて、沙良の体は硬直する。

「軽いな」

ぼそりとシヴァがつぶやいた。

沙良は恐る恐るシヴァの顔を見た。

端正な顔がすぐ目の前にある。不機嫌そうで、冷たい印象の顔だが、どうしてだろう、今はそれほど怖くない。

シヴァは沙良を腕に抱えたまま鉄格子をくぐり、地下牢の階段を上りはじめた。

カツンカツン、と音が響く。

「悪かったな」

ぼそり、とシヴァが言った。

「え?」

聞き間違えだろうか? 今、シヴァは「悪かった」と言った気がする。

「体が冷えている。部屋に戻ったら、温かいものを飲ませてもらえ」

ついに耳がおかしくなったのだ。

シヴァの口から、優しい言葉が聞こえてきた。

沙良は何も言えずに、ただじっとシヴァを見つめていた。

沙良がいつまでも無言だったからだろう。シヴァは怪訝そうに足を止めて、沙良の顔を覗き込んだ。

「どうした? 気分でも悪いのか?」

ぐっと整った顔が近くなって、沙良は慌てて首を振った。

「……怖かったのか?」

訊かれて、沙良は息を呑んだ。

声が、優しい。

つん、と鼻の奥が痛くなった。

緊張の糸が切れたのだろうか――。急に涙があふれてきて、沙良にはどうすることもできなかった。

突然ぼろぼろと涙をこぼしはじめた沙良に、シヴァの瞳が揺れた。

「お、おい……」

焦ったように言って、胸元からハンカチを取り出すと、沙良に握らせる。

沙良はそのハンカチに顔をうずめて、しゃくりあげた。

シヴァはしばらく立ち尽くしていたが、ややして、ぎこちない手つきで沙良の背中をぽんぽんと叩きはじめた。

その手は、子供をあやすように優しかった。

沙良はハンカチを放り出して、シヴァの胸に顔をうずめた。

ぎゅうっとしがみつくと、困ったような声が降ってくる。

「そんなに怖かったのか……?」

シヴァは上り途中だった階段に腰を下ろして、沙良を腕に抱えなおした。

背中を撫でていた手が移動して、頭を撫でられる。

「……アスヴィルに言われた」

ぽつり、とシヴァはつぶやいた。

沙良が少しだけ顔を上げると、涙でぐちゃぐちゃの顔に苦笑して、シヴァが続けた。

「生贄と呼んだのは、まずかったらしい……」

自嘲するような声だった。

「お前が違う意味にとらえている、と。……悪かった」

沙良は首を傾げた。

「違う、意味……?」

生贄に、違う意味など存在するのだろうか?

悩んでいると、シヴァは指の腹で沙良の頬を伝う涙をぬぐった。

「お前を殺すつもりはない」

「え……?」

「お前に選択肢はなかったから、生贄と呼んだが、正確には――」

シヴァは手の甲で沙良の頬を撫でた。

「お前は俺の、花嫁だよ」

沙良は、脳天に雷を落とされたような気がした。

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