王子にゴミのように捨てられて失意のあまり命を絶とうとしたら、月の神様に助けられて溺愛されました

狭山ひびき

花嫁修行は大変です 1

 カモミールの姫のお騒がせな一件から一か月がすぎたころだった。

 エレノアはぐつぐつと煮える鍋の中身が焦げ付かないように、ゆっくりと木べらを動かしていた。

 鍋の中には鮮やかな赤色をしたイチゴがたくさんはいっている。少しずつそれらをつぶしながら作っているのは、イチゴジャムだった。

 今朝、サーシャロッドの腕の中で微睡んでいた時に、突然やってきた妖精たちによって、大きな籠に山盛り一杯のイチゴをもらったのだ。

 一部はイチゴのタルトを作って消費したが、まだまだたくさんあるので、リーファが保存のきくイチゴジャムにしたらどうですかと提案してくれた。

 リーファは今、たくさんもらったイチゴの一部を、夫であるラーファオへ持っていて不在で、エレノアはその間の火の番をお願いされていた。

 妖精たちがくれたイチゴはとっても甘いから、砂糖は少なめにしてある。しっかり煮詰めたあと、最後にレモン汁を少し落とすと色がもっと鮮やかになるそうだ。

 それにしても――、妖精たちはイチゴやそのほかのフルーツを持ってきてくれるが、特に今日は量が多かった。

 ふと気になったエレノアは、彼女の周りでジャムが出来上がるのをまだかまだかと心待ちにしている妖精たちに訊いてみた。

 すると彼らは、リーファの周りをパタパタと飛び回りながら、

「いちごは、もらったの」

「おれいなんだって!」

「ありがとーって言ってた!」

「うん、けっこんするからって」

「ちがうよ、こんやくだよ」

「でも、そのあとけっこんするよ」

「そうだけどー」

「とにかく、おめでたいんだって」

「だから、おれい」

「えれのあに、ありがとうだって」

「よかったねー」

「えれのあ、がんばったもんねー?」

「さーしゃさま、ちょっぴりおこっちゃったけど」

「でも、えれのあのおかげなんだって」

「だから、ぷれぜんと!」

「婚約?? プレゼント?」

 エレノアは鍋に視線を落としたまま妖精たちに訊ねた。

「誰からのプレゼントなの?」

 すると妖精は、「言うの忘れてたー!」と笑って、

「かもみーるのおひめさまだよ」

「うん。かもみーるのおひめさま、こんやくするの!」

「ちがうよ、こんやくしたんだよ」

「えれのあのおかげ!」

「やまゆりのおうじさまが、ぷろぽーずしたんだって」

「だから、えれのあにぷれぜんと」

「ありがとうーっていちご、くれたんだよ」

 エレノアはびっくりした。

 先月心が通じ合ったカモミールの妖精姫とヤマユリの王子が、婚約? あまりの速さに驚いたが、しかし、おめでたい話にはかわりない。

 妖精と一緒に「よかったねー」と言いながら、エレノアは自分のことのように嬉しくなって、せっせと木べらを動かしていく。

「じゃあ、ジャムができたら、カモミールのお姫様にプレゼントしましょ?」

「ぷれぜんと?」

「ぷれぜんとのいちごで作って、ぷれぜんと?」

「ぷれぜんとのぷれぜんと?」

「すてきー!」

「かもみーるのおひめさま、きっとよろこぶよ!」

「本当? じゃあ、持って行ってくれる?」

「うん、いいよ!」

「あ、でももっていかなくてもいいかもー」

「たしかに!」

「え? 持って行かなくていいって?」

 持って行かなくていいというのであれば、取りに来てくれるのだろうか? わざわざ? それは申し訳ない気がする。

 しかし、どうやらそういうことではなかったらしく。

「かもみーるのおひめさま、しばらくここにすむんだって!」

「そうそう、はなよめしゅぎょうだよ!」

「およめさんになるから!」

「はなよめのこころえをおしえてもらうんだって!」

「たいへんねー?」

「たいへんだよねー?」

「ばあや、こわいもんねー?」

「ねー?」

「かもみーるのおひめさま、だいじょうぶかなぁ」

「すぐにつえで、おしりたたくもんね!」

「こわいー!」

 妖精たちが眉をハの字にしてぷるぷると小さく震えている。

(花嫁修業? ばあや?)

 何のことだかわからないが、とにかくカモミールのお姫様がしばらくここに来るらしい。

「いつから来るの?」

 鍋の中のイチゴが煮詰まってきたので、エレノアは火を止める。

「あしただよ!」

「あしたから、にしゅうかん!」

「はなよめしゅぎょうがはじまるの!」

 出来上がったジャムの香りをくんくんと鼻を動かしながらかいで、妖精たちが早くちょうだいとエレノアの袖を引っ張った。

 エレノアは妖精たちのためにジャムを器に盛って、別の皿にクラッカーを乗せると、テーブルに持って行く。

「明日からなの」

 じゃあ、明日から午後のおやつはカモミールの分も作らないとね――、このときエレノアは、そうのんきに考えていた。

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