王子にゴミのように捨てられて失意のあまり命を絶とうとしたら、月の神様に助けられて溺愛されました
プロローグ
世界は大きく三つに分かれている。
一つは人間界。
一つは太陽の神が住まう世界『太陽の宮』。
一つは月の神が住まう世界『月の宮』。
創世のころより変わらない均衡を保つ三つの世界は互いに干渉しあいながら、しかしそれぞれが独立して存在していた。
人間界にある一つの小国サランシェスでは、今まさに、王の代替わりが行われようとしていた。
第一王子クライヴは王の代替わりのときのみ使用される大きな神殿で、現王である父や多くの臣下たちに見守られて祈りを捧げている最中である。
人の世で、一国の王になるためには、月と太陽、二つの神から祝福を得る必要がある。
だが、月と太陽の神は気まぐれで、こうして次代の王が祈りを捧げたところで、姿を現すことはほとんどない。
それゆえ、神たちが現れなければ祝福を得られたのだと、王たちは都合の良い解釈をすることにしていた。
今日もおそらく、二人の神がこの場にあらわれないだろうとクライヴは思っていた。
だが、それでいい。儀式さえ無事に終われば、クライヴは晴れて王の身になれるのだから。
クライヴのうしろでは、父王や母である王妃の隣に、愛すべき婚約者が座っていた。
まばゆいばかりの金髪に、大きな青い瞳、真っ白な肌をした天女のごとき美しい自慢の婚約者シンシア。
今日の儀式を終えて、戴冠式を終えたあと、彼女とは城の聖堂で結婚式を挙げることになっている。
クライヴは指を組んで祈りの言葉を言いながら、にやりと口端をつり上げた。
もうじき儀式が終わる。次期国王は、この俺だ――
そうして、最後の口上を述べようと口を開いたその時。
突然ざわざわと周囲がざわめきだして、不審に思ったクライヴは顔をあげた。そして、目に飛び込んできたあまりにまばゆい光に目を細める。
目の前に一人の男がいた。
さらさらと音が聞こえてきそうなほどまっすぐな銀髪に、青い氷のように冷たい光を宿した瞳。白い肌は雪のようで、すらりと高い、均整の取れた肢体。呼吸をするのを忘れそうなほどの美貌の持ち主が、すぐ目の前に立っている。
「な――、何者だ、無礼だぞ!」
いち早く我に返った警護の兵士が男を取り押さえようと動くが、男がついと視線を兵士に向けただけで、彼は凍りついたように動かなくなった。
「無礼はどちらだ」
ひんやりとした、清流のように静かな声。
まさか――、と誰かがつぶやいた。
「月の、神……?」
その声は次第に大きくなり、百数十年は姿を見せなかったといわれる月の神の登場に神殿の中が沸き立った。
クライヴはしばらく硬直していたが、少しずつ状況を理解すると、顔いっぱいに笑顔を浮かべる。
(月の神? なんてことだ! ついている! ついているぞ! ここ何代も神自らの口で祝福をもらえた王はいないと聞く! これで、俺の地位は確固たるものに――)
半年前に起こったちょっとした騒動から、一部の貴族がクライヴの即位にいい顔をしていないことは知っていた。しかしこれで一部の反対派を黙らせることができる。なぜならクライヴは、月の神自らから祝福をもらえた王なのだから!
興奮のあまり、クライヴはニヤニヤが抑えられなかった。
クライヴは月の神の前に跪く。
「この場に月の神様がいらっしゃったこと、まことに嬉しく存じます」
しっかりと謝意を表し、さあ祝福をよこせと顔をあげたクライヴは、月の神が永久凍土の氷のように冷たい目で自分を見下ろしていることを知ってぎくりとした。
「私は今日この場に、そなたを祝福するためにあらわれたのではない」
冷ややかな声が神殿に響き渡る。
しん、と静まり返った神殿内で、クライヴは茫然と神を見上げた。
「つ、月の神……?」
どういうことだ、と、あまりのことに思考が追いつかない脳で考える。
しかし、クライヴが堪えを出す前に、月の神は冷然と告げた。
「私はそなたと、そこにいる性根の腐った薄汚いそなたの婚約者へ、身の程というものを教えに来てやっただけだ。よく聞け。そなたらが国の王とその妃となれば、やがてこの国の草木は枯れ、水は濁り、大いなる災厄と貧困に見舞われるだろう。そして、未来永劫、そなたらの子孫に私は祝福を与えない」
水を打ったように静まり返っていた神殿の中が、再び騒めきはじめる。そのざわめきは大きくなり、次第に悲鳴まで混じるようになった。
はっとしてシンシアを振り返れば、彼女は真っ青な顔でぎゅっと唇をかみ、月の神を睨んでいた。
「どうして……、どうしてよ! どうして突然現れた誰とも知らないあんたにそんな失礼なことを言われないといけないのよ!」
ヒステリックに叫ぶシンシアを、同じく青い顔をしている国王が兵士に命じて取り押さえさせている。
離してと暴れているシンシアを、月の神はふっと鼻で嘲笑った。
「本当に醜い。覚えておけ。私は、そなたたちを許さない。エレノアを蔑み、ゴミのように扱ったそなたたちを、決して、な」
月の神はそう告げると、現れたときと同様に、唐突に目の前から消え失せた。
残されたクライヴは、その場に茫然と膝をついたまま、やがて乾いた笑いを口に乗せた。
「あ、はは、あははは、あはははははははは―――!」
狂ったように笑い続けるクライヴに、神殿の中にいた者たちは憐れむような視線を向けたのだった。
一つは人間界。
一つは太陽の神が住まう世界『太陽の宮』。
一つは月の神が住まう世界『月の宮』。
創世のころより変わらない均衡を保つ三つの世界は互いに干渉しあいながら、しかしそれぞれが独立して存在していた。
人間界にある一つの小国サランシェスでは、今まさに、王の代替わりが行われようとしていた。
第一王子クライヴは王の代替わりのときのみ使用される大きな神殿で、現王である父や多くの臣下たちに見守られて祈りを捧げている最中である。
人の世で、一国の王になるためには、月と太陽、二つの神から祝福を得る必要がある。
だが、月と太陽の神は気まぐれで、こうして次代の王が祈りを捧げたところで、姿を現すことはほとんどない。
それゆえ、神たちが現れなければ祝福を得られたのだと、王たちは都合の良い解釈をすることにしていた。
今日もおそらく、二人の神がこの場にあらわれないだろうとクライヴは思っていた。
だが、それでいい。儀式さえ無事に終われば、クライヴは晴れて王の身になれるのだから。
クライヴのうしろでは、父王や母である王妃の隣に、愛すべき婚約者が座っていた。
まばゆいばかりの金髪に、大きな青い瞳、真っ白な肌をした天女のごとき美しい自慢の婚約者シンシア。
今日の儀式を終えて、戴冠式を終えたあと、彼女とは城の聖堂で結婚式を挙げることになっている。
クライヴは指を組んで祈りの言葉を言いながら、にやりと口端をつり上げた。
もうじき儀式が終わる。次期国王は、この俺だ――
そうして、最後の口上を述べようと口を開いたその時。
突然ざわざわと周囲がざわめきだして、不審に思ったクライヴは顔をあげた。そして、目に飛び込んできたあまりにまばゆい光に目を細める。
目の前に一人の男がいた。
さらさらと音が聞こえてきそうなほどまっすぐな銀髪に、青い氷のように冷たい光を宿した瞳。白い肌は雪のようで、すらりと高い、均整の取れた肢体。呼吸をするのを忘れそうなほどの美貌の持ち主が、すぐ目の前に立っている。
「な――、何者だ、無礼だぞ!」
いち早く我に返った警護の兵士が男を取り押さえようと動くが、男がついと視線を兵士に向けただけで、彼は凍りついたように動かなくなった。
「無礼はどちらだ」
ひんやりとした、清流のように静かな声。
まさか――、と誰かがつぶやいた。
「月の、神……?」
その声は次第に大きくなり、百数十年は姿を見せなかったといわれる月の神の登場に神殿の中が沸き立った。
クライヴはしばらく硬直していたが、少しずつ状況を理解すると、顔いっぱいに笑顔を浮かべる。
(月の神? なんてことだ! ついている! ついているぞ! ここ何代も神自らの口で祝福をもらえた王はいないと聞く! これで、俺の地位は確固たるものに――)
半年前に起こったちょっとした騒動から、一部の貴族がクライヴの即位にいい顔をしていないことは知っていた。しかしこれで一部の反対派を黙らせることができる。なぜならクライヴは、月の神自らから祝福をもらえた王なのだから!
興奮のあまり、クライヴはニヤニヤが抑えられなかった。
クライヴは月の神の前に跪く。
「この場に月の神様がいらっしゃったこと、まことに嬉しく存じます」
しっかりと謝意を表し、さあ祝福をよこせと顔をあげたクライヴは、月の神が永久凍土の氷のように冷たい目で自分を見下ろしていることを知ってぎくりとした。
「私は今日この場に、そなたを祝福するためにあらわれたのではない」
冷ややかな声が神殿に響き渡る。
しん、と静まり返った神殿内で、クライヴは茫然と神を見上げた。
「つ、月の神……?」
どういうことだ、と、あまりのことに思考が追いつかない脳で考える。
しかし、クライヴが堪えを出す前に、月の神は冷然と告げた。
「私はそなたと、そこにいる性根の腐った薄汚いそなたの婚約者へ、身の程というものを教えに来てやっただけだ。よく聞け。そなたらが国の王とその妃となれば、やがてこの国の草木は枯れ、水は濁り、大いなる災厄と貧困に見舞われるだろう。そして、未来永劫、そなたらの子孫に私は祝福を与えない」
水を打ったように静まり返っていた神殿の中が、再び騒めきはじめる。そのざわめきは大きくなり、次第に悲鳴まで混じるようになった。
はっとしてシンシアを振り返れば、彼女は真っ青な顔でぎゅっと唇をかみ、月の神を睨んでいた。
「どうして……、どうしてよ! どうして突然現れた誰とも知らないあんたにそんな失礼なことを言われないといけないのよ!」
ヒステリックに叫ぶシンシアを、同じく青い顔をしている国王が兵士に命じて取り押さえさせている。
離してと暴れているシンシアを、月の神はふっと鼻で嘲笑った。
「本当に醜い。覚えておけ。私は、そなたたちを許さない。エレノアを蔑み、ゴミのように扱ったそなたたちを、決して、な」
月の神はそう告げると、現れたときと同様に、唐突に目の前から消え失せた。
残されたクライヴは、その場に茫然と膝をついたまま、やがて乾いた笑いを口に乗せた。
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