王子にゴミのように捨てられて失意のあまり命を絶とうとしたら、月の神様に助けられて溺愛されました

狭山ひびき

失意の果て4

ふわふわと、まるで雲の上で寝そべっているみたいな気持ちになる。

柔らかい感触、甘い花のような、いい香り。優しい歌声が響いて、エレノアをより深い眠りへと誘う。

こんなに心地のいい眠りは久しぶりだ。

家ではいつ呼びつけられて叩かれるかと思うと緊張して深く眠れなくて、ずっと長い間、眠りが気持ちいいと感じたことはなかった。

眠るのは、怖い。

それは、十四歳の時に、眠っている間に異母妹に首を絞められたせいかもしれないし、疲れて眠っていた時に父に「起きろ」と水をかけられてからかもしれない。

無防備に眠っているときは、怖いことが起こっても事前に察して回避することができないから、怖い。

だから、これほど心地いいと感じる眠りは、昔、カントリーハウスの裏手の丘でうたた寝をしたとき以来かもしれない。

(気持ちいい……、でも、起きなきゃ……)

いつ、父が、義母が、異母妹がやってくるかわからない。

エレノアは無価値だから。だから父たちはエレノアを殴って蹴る。でも、無防備な状態だったら、顔や腹をかばうことができないから、起きないと。

エレノアが眠気に抗うように無理やり瞼を持ち上げると、ぼんやりとした頭に、きゃいきゃいと甲高い声が聞こえてきた。

「おきたー!」

「えれのあ、おきた!」

「さーしゃ様ぁ」

「さーしゃろっど様ぁ」

知らない子供の声がたくさんして、エレノアは驚いて上体を起こした。そして、硬直する。

エレノアの周りには、背中に蝶のような翼の生えた、エレノアの両手ほどの大きさの子供たちが何十人もいたからだ。翼を使ってぱたぱたと宙を飛び回るものや、ベッドの上に乗り上げてエレノアの顔を覗き込むものなどさまざまだが、みなクリンとした大きな目をしていてとてもかわいい。

エレノアは茫然としながら、ゆっくりとあたりに視線を這わせた。

ここはどこだろう。

広い部屋の中は、まるで星屑をちりばめたみたいにキラキラとした光が舞っている。

薄くて透けるキラキラと光る布が無数に天井から垂れ下がっていて、エレノアが眠っていたベッドの周りには、淡い青紫色の薔薇に似た花がいくつも浮かんでいた。

(ここ、どこかしら……?)

知らないところだ。なにより、蝶のような翼を持った小人なんて見たことがない。

(夢かしら?)

夢なんて久しく見ていないが、夢を見ているとしか考えられない。

エレノアがぼんやりしていると、やがて衣擦れの音が聞こえてきた。顔をあげれば、背の高い男がまさに部屋に入ってこようとしたところだった。

(……きれいな、ひと)

長い銀色の髪に、深い青色の切れ長な双眸。ゆったりとした薄い青色の長い上着を羽織っていて、どこか気だるそうな雰囲気を醸し出している。

「目が覚めたか」

男は言って、ベッドの端に腰を下ろした。

エレノアの額に手を伸ばしてきたが、エレノアが反射的にびくりと肩を震わせると、ぴたりと動きを止め、そして、なだめるように頭を撫でた。

「安心しろ。私は殴らない」

エレノアがぱちぱちと瞬きをくり返せば、男は苦笑する。

「覚えていないか?」

「覚えて……?」

エレノアは首をひねって、ハッとした。

「わたし、死んだの……?」

すると、男はくすくすと笑いだした。

「死んでいない。お前が泉の中で気を失ったあと、私が助けてここへ運んだ。ここは私の宮だ」

「宮?」

男はくすぐるようにエレノアの頬を撫でた。

「そうだ。ここは月の宮。ようこそ、我が月の世界へ。歓迎しよう」

「月の、宮。我が……世界?」

口の中で言葉を転がして、エレノアは徐々に目を見開いていく。

(月の宮……。月の世界って、もしかして……)

エレノアは目の前で優しく微笑んでいる美貌の男を見て、息を呑む。

「もしかして……、月の、神様?」

男はエレノアの手を取って、恭しくその甲に口づけを落とした。

「まあ、そうとも呼ばれているな。私はサーシャロッド。月の神で、そなたの伴侶だ。会いたかった、我が妻よ」

エレノアの脳はあまりのことに、情報処理能力を放棄した。

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