夢の中でも愛してる

狭山ひびき

【リリーside】もっとあなたが好きになる 1


 ――もしかして、俺のことを知らないのか。



 はじめて会ったとき――いや、リリーが「はじめて」会ったと勘違いしたあの日。

 婚約のお広目をするはずだった舞踏会の日、中庭で会ったクロード王子は、腹立たしそうにそう言った。

 あの時は、婚約者だというのに肖像画に目を通していなかったから怒ったのだとリリーは思っていた。

 あの日から、とにかくクロードが怖くて――、どうしてリリーを見るたびに、イライラしたような表情を浮かべるのかわからなかった。

 でも、今ならわかる。

 クロードがイライラしていた理由。それは――



(どうして……、忘れていたのかしら)

 目尻から涙があふれて、その冷たさで、リリーは目を覚ました。

 目を開けると、まだ慣れない狭さの、暗い室内。

 狭いベッドは、リリーのものではなく、この体の持ち主である「遥香」のものだ。

 夢の中で見ていた世界。どういうわけか、馬車の事故をきっかけに、遥香と心だけが互いに入れ替わってしまったらしい。

 夢の中だと思っていた世界に来てしばらく経ったが、リリーはいまだに多くに戸惑う。

 クロードにそっくりな顔をした「弘貴」は優しいが、似ているだけで「クロード」ではない彼の顔を見るたび、何度絶望したことだろう。

(クロード王子に……会いたい)

 最初はあれほど怖かったのに。苦手だったのに。結婚することが不安で怖くて仕方がなかったというのに――、リリーはクロードに会いたくて仕方がない。

 冷たいと思っていたけれど、本当はとても優しいクロード王子。好きだと言われて――、リリーはまだ、「好き」を返せていない。やっと好きだと気がついたのに。伝える前に、もしかしたら、もう二度と会えないかもしれない世界へ連れてこられてしまった。

(やっと思い出したのに……)

 クロードにはじめて会ったのは、ずっと昔――、子供のころだったと。

 子供のころ、破れたテディベアを抱えて泣いていた時に、慰めてくれた優しいお兄ちゃん。彼がクロードだったと、ようやく思い出せたのに。

 リリーは暗闇の中で左手を掲げる。

 左手に光るピンクダイヤの指輪は、闇の中で色まではわからないけれど、今のリリーにはこれが唯一の希望だった。

「会いたい……」

 クロードに会ったら、今度こそ――

 好きだと、告げたかった。

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