夢の中でも愛してる
6
ヴァージニアと国王、祖父、コレットが立ち去ると、遥香は控室の窓から見える聖堂の裏庭に視線を落としていた。
色とりどりの花が植えられているが、どこか落ち着いた雰囲気の裏庭は、婚約式の開始時刻が迫るにつれて緊張してきた遥香の心を落ち着けくれる。
誓約書にサインをして、婚約指輪を指にはめてもらい、退場した後は馬車で城下町を一周する。そして城に戻って、夜に舞踏会が開かれる予定だった。
遥香はそっと左手の薬指に視線を落とした。何もはまっていないこの指に、クロードが指輪をはめてくれことを想像すると、顔が熱くなる。
婚約者であったことは間違いないが、少し曖昧だった婚約が、今日、確固たるものになるのだ。
「リリー様、クロード王子がいらしています」
アンヌに教えられて、遥香は顔をあげた。
青と金の刺繍が入った、式典用の白の襟詰めの服に身を包んだクロードが、扉からまっすぐこちらへ歩いてくる。
「よく似合うな」
装いを褒められて、遥香は赤くなった。
「クロード王子も……、よく、お似合いです」
「ありがとう」
クロードは遥香のそばの椅子に腰を下ろすと、遥香の手を取った。手のひらを開かせて、その上に小さな箱をおく。
「指輪だ。……俺の、他界した母―――前王妃の指輪だ」
遥香は驚いて目を丸くした。
クロードが箱を開くと、海の底のような深い青をした大きな宝石が輝く指輪が姿を現す。青い石の周りには小粒のダイヤがあしらわれており、遥香の小さな指には、少々石が大きすぎるように見えるが、リングのサイズは遥香に合わせて調整したようで、クロードが試しに遥香の指に通すと、ぴったりとはまった。
「逃げられないぞ」
「え?」
「婚約式で、こうしてお前の指にこの指輪をはめたら、もうお前は逃げられない」
クロードは、まるで遥香を試すように言う。
重量感のある指輪を見下ろして、遥香が言葉に迷っていると、クロードにその指輪を指からそっと抜き取られた。
「逃げたいか?」
遥香は抜き取られた指輪を追うように視線を動かし、クロードを見上げた。クロードの目を見ながら、無言で首を横に振ると、どこかホッとしたようにクロードが笑う。
「リリー、俺は、俺の婚約者がお前で、よかったと思っている」
クロードは指輪を小箱に戻し、ぎゅっと握りしめながら言った。
「お前はぼんやりしていて、とろいし、鈍いし、すぐ泣くし、頼りなくて内向的でどうしようもないが、俺はほかの誰でもなく、お前がいい」
遥香は息を呑んだ。照れたような、それでいて少し怒っているようにも見えるクロードの顔を見上げていると、じんわりと目が潤んでくる。
「泣くな。頼むから。……俺では、化粧が直せない」
こくこくと頷いて、遥香が泣くのを我慢していると、ゆっくりと抱きしめられる。
「お前はどうしようもなく頼りないから、俺が隣で支えていてやる。だから、あまり不安がるな」
「はい……」
クロードの腕の中で、遥香が小さく返事をすれば、ほめるようにポンポンと背中を叩かれた。
やがて、婚約式の開始時刻が近くなり、侍女が呼びに来ると、クロードは立ち上がって遥香に手を差し出した。
「行こうか、リリー」
――俺が隣で支えていてやる。
クロードのその言葉を胸に、遥香は頷く。
「はい」
クロードの手を取ることに、もう、何の不安もなかった。
色とりどりの花が植えられているが、どこか落ち着いた雰囲気の裏庭は、婚約式の開始時刻が迫るにつれて緊張してきた遥香の心を落ち着けくれる。
誓約書にサインをして、婚約指輪を指にはめてもらい、退場した後は馬車で城下町を一周する。そして城に戻って、夜に舞踏会が開かれる予定だった。
遥香はそっと左手の薬指に視線を落とした。何もはまっていないこの指に、クロードが指輪をはめてくれことを想像すると、顔が熱くなる。
婚約者であったことは間違いないが、少し曖昧だった婚約が、今日、確固たるものになるのだ。
「リリー様、クロード王子がいらしています」
アンヌに教えられて、遥香は顔をあげた。
青と金の刺繍が入った、式典用の白の襟詰めの服に身を包んだクロードが、扉からまっすぐこちらへ歩いてくる。
「よく似合うな」
装いを褒められて、遥香は赤くなった。
「クロード王子も……、よく、お似合いです」
「ありがとう」
クロードは遥香のそばの椅子に腰を下ろすと、遥香の手を取った。手のひらを開かせて、その上に小さな箱をおく。
「指輪だ。……俺の、他界した母―――前王妃の指輪だ」
遥香は驚いて目を丸くした。
クロードが箱を開くと、海の底のような深い青をした大きな宝石が輝く指輪が姿を現す。青い石の周りには小粒のダイヤがあしらわれており、遥香の小さな指には、少々石が大きすぎるように見えるが、リングのサイズは遥香に合わせて調整したようで、クロードが試しに遥香の指に通すと、ぴったりとはまった。
「逃げられないぞ」
「え?」
「婚約式で、こうしてお前の指にこの指輪をはめたら、もうお前は逃げられない」
クロードは、まるで遥香を試すように言う。
重量感のある指輪を見下ろして、遥香が言葉に迷っていると、クロードにその指輪を指からそっと抜き取られた。
「逃げたいか?」
遥香は抜き取られた指輪を追うように視線を動かし、クロードを見上げた。クロードの目を見ながら、無言で首を横に振ると、どこかホッとしたようにクロードが笑う。
「リリー、俺は、俺の婚約者がお前で、よかったと思っている」
クロードは指輪を小箱に戻し、ぎゅっと握りしめながら言った。
「お前はぼんやりしていて、とろいし、鈍いし、すぐ泣くし、頼りなくて内向的でどうしようもないが、俺はほかの誰でもなく、お前がいい」
遥香は息を呑んだ。照れたような、それでいて少し怒っているようにも見えるクロードの顔を見上げていると、じんわりと目が潤んでくる。
「泣くな。頼むから。……俺では、化粧が直せない」
こくこくと頷いて、遥香が泣くのを我慢していると、ゆっくりと抱きしめられる。
「お前はどうしようもなく頼りないから、俺が隣で支えていてやる。だから、あまり不安がるな」
「はい……」
クロードの腕の中で、遥香が小さく返事をすれば、ほめるようにポンポンと背中を叩かれた。
やがて、婚約式の開始時刻が近くなり、侍女が呼びに来ると、クロードは立ち上がって遥香に手を差し出した。
「行こうか、リリー」
――俺が隣で支えていてやる。
クロードのその言葉を胸に、遥香は頷く。
「はい」
クロードの手を取ることに、もう、何の不安もなかった。
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