夢の中でも愛してる

狭山ひびき

6

弘貴がとったホテルの部屋は、駅から少し離れたところにあった。

フラワーパークから何とかタクシーを拾ってホテルまで移動すると、遥香はホテルの部屋の入口で所在なさげに立ち尽くす。

弘貴がとった部屋はツインルームだった。

ゴールデンウィークでどこもいっぱいで、さらに雨が降りはじめたせいで急な予約が入りはじめ、取れた部屋は一室だけだったそうだ。

申し訳なさそうに言った弘貴には「大丈夫です」と返したが、いざホテルの室内に二人きりにされるとどうしていいのかわからなくなってしまう。マンションで二人きりとはわけが違うのだ。なんというか――、とにかくドキドキして仕方がない。

弘貴は荷物をおくと、部屋の入口に立ち尽くしたままの遥香に苦笑する。

「そんなに怖がられると、どうしていいのか困るな」

遥香はハッと顔をあげた。

「ち、違います! 怖がってるわけじゃ……」

「そう? 俺はこれから必要なものを買いに一階のコンビニに行くけど、遥香はどうする? 必要なものもあるんじゃない? 俺が代わりに買ってきてもいいけど……」

確かにそうだ。泊まることは想定外のことだったので、メイク落としも持ってきていなければ下着もない。そのほか必要なものがどの程度ホテルのコンビニでそろうかどうかはわからないが、必要なものは買っておきたかった。

「……一緒に行きます」

下着を頼めるはずもなく、このまま部屋に残っていてはドキドキしっぱなしなので、遥香は弘貴についてコンビニに行くことにした。

一緒に払おうかと言う弘貴に断りを入れて――下着を買ってもらうなんて恥ずかしすぎる――、遥香はメイク落としや化粧水、下着など必要なものを購入すると、弘貴と手をつないで部屋まで戻った。

「ずいぶん買ったんですね」

部屋のテーブルの上においたコンビニ袋が大きかったので遥香が不思議そうに訊ねると、弘貴は笑いながら袋を開ける。

「うん。水とビールと、お菓子と、酒のつまみと、あ、プリンも買ったよ。好きだろう? それから……」

次々と袋から出てくるものに、遥香は少しあきれた。

「明日には帰るのに、そんなに……?」

「こういうのって、少し楽しくない? ついついね」

備え付けの小さな冷蔵庫へ買ったものを詰め込みながら弘貴が笑った。

「さてと。夕食までまだ時間があるね。テレビでも見ようか」

ベッドに座った弘貴に手招きされて、遥香は恐る恐るその隣に腰を下ろした。途端、肩に手をまわされて引き寄せられる。

弘貴にぴったりとくっつくと、あっという間に遥香の鼓動は早鐘を打った。

「まだ緊張した顔してる」

弘貴が遥香の顔を覗き込んで、見つめ返すとちゅっと鼻先にキスをされた。

思わず鼻をおさえてうつむくと、弘貴にぎゅっと抱きしめられる。

「かわいいなぁ。……あ、そうだった。ちょっと待って」

弘貴立ち上がると袋を持って戻ってくる。

「はい。急いで買ったから吟味できなかったんだけど、こういうの好きかと思って」

袋を開けると、ハーバリウムが入っていた。ドライフラワーを瓶に入れてオイル漬けにした、最近流行りのインテリアだ。

円筒状の瓶の中に、ピンク色の胡蝶蘭やカスミソウ、ちいさな薔薇が入っていてとても可愛らしい。

フラワーパークで購入したのだろうが、いつの間に買ったのだろう。驚いている遥香の耳元で、弘貴がささやいた。

「ピンクの胡蝶蘭の花言葉って、あなたを愛していますって言うんだって」

ドキリと心臓が跳ねた。

「……温室で、見たんですか?」

「あれ? 遥香も説明書き読んでたの?」

コクリと頷くと、弘貴が「それは少し残念」と言って頬をかく。

「知らなかったら感動してもらえると思ったんだけどなぁ」

「充分感動してます。……ありがとうございます。すごく嬉しいです」

ぎゅっとハーバリウムを胸に抱えて微笑むと、弘貴に抱きしめられてそのまま後ろに押し倒された。

「え?」

目を丸くして硬直する遥香を見下ろして、弘貴が遥香の頬を撫でる。

「何もしないから。―――キスだけ、させて」

ゆっくりと弘貴の顔が近づいて、遥香はドキドキしながら目を閉じる。

結局そのあとは何度もキスをされて、テレビを見るどころではなくなってしまった。

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