夢の中でも愛してる
1
「婚約式、ですか?」
別荘から戻って数日がたったころ、遥香は父王に呼び出された。
国王の執務室の中にはすでにクロードがいて、遥香がソファに腰を下ろすと、父はあいさつもそこそこに「そろそろ延び延びになっている婚約式をしてはどうか」と言い出した。
遥香は横に座るクロードを見やったが、あらかじめ打診があったのだろう、彼に驚いた様子はなく、穏やかに見つめ返された。
「もともと、こちらへ滞在している間に行うという話だったんだ。俺自身、いつまでもこちらへいるわけにもいかないし、このあたりで婚約式をすませておきたい」
「……国に、帰られるんですか?」
「すぐではないが、近いうちには」
クロードは何でもないことのように言い、王に視線を戻す。
「しかし、あまり急すぎるのもいけませんね」
「いや、もともとクロード王子がいらしたときに、近いうちに婚約式をするとは伝えてある。さすがに明日明後日だとまずいが、一、二週間後の日取りであれば問題ないはずだ」
遥香はびっくりした。王族の婚約式は、本来は数か月前から日取りをおさえ、大々的に宣伝する。それが一、二週間後でもいいなんて聞いたことがない。
遥香が目を丸くしているのを見て、父王が苦笑して付け加えた。
「リリー、本来、婚約式は嫁ぎ先であるグロディール国で行うはずだったのを、無理を言ってこちらで行うことにさせてもらったのだ。お前には黙っていたが、日取りこそ決まっていなかったが、ずいぶん前から支度はすませてあるのだよ」
「そう……、だったんですか」
今までどうして気がつかなかったのか。遥香はグロディール国に嫁ぐ身だ。通常、自国で婚約式を行うはずがない。自国で婚約式を行うことに何の疑問も持たなかったが、それには父王やグロディール国の国王、クロード王子の配慮があったはずだ。
何も知らず、すべて周りに手はずを整えてもらって、のんびりとすごしていたことが申し訳なくてうつむいていると、クロード王子が微かに笑う気配がした。
「陛下が……、リリーをグロディール国に嫁がせることを了承するのに出した条件が、婚約式はセザーヌ国で、ということだったんだ」
「え?」
遥香はハッとして顔をあげた。バツの悪そうな顔をした父王と、楽しそうな顔をしたクロードの顔がある。
「……お父様?」
隠していた悪戯をバラされた子供のような表情を浮かべる父王は、生まれてはじめて見た。
「クロード王子……、あれほど黙っていてほしいと言ったのに」
「すみません、つい。―――リリー、陛下は君をグロディール国に嫁がせるのが嫌で、実はずっと渋っていてね。弟の娘ではダメか、とか、ごね……いや、いろいろな案を持ち出されたのだが、最後に、婚約式を自国で行うことで合意していただいたんだ」
なんてことだ。国同士の、しかもこの結婚は、お互いの国の安全保障の約束の意味もある重要なものなのに、そんな条件を突きつけていいのだろうか。しかも、渋っていたなんてはじめて聞いた。
唖然として父王を見ていると、遥香の視線に耐えられなくなったのか、父がコホンと咳ばらいをする。
「嫌がっていたわけではない。お前があまりに内気でおっとりしているから、父様は心配だっただけだ」
取り繕ったように言うが、全然取り繕えていない。
「陛下は君を手放したくないんだよ」
クロードが楽しそうに、ほんの少し繕った部分の糸をほどいていくから、父王はコホンコホンと大げさに咳をした。
「クロード王子」
「おっと。失礼いたしました。舅に嫌われるのは避けたいところなので、もう言いません」
くすくすと笑うクロードと、困った顔で頬をかく父王を見比べて、いつの間にこの二人はこんなに仲良くなったのだろうと首を傾げる。
「そういうことだから、近いうちに婚約式を行うからそのつもりで」
最後に威厳――はまったくなかったが、それなりに真面目な顔を作った父王にそう告げられて、遥香は半ば呆れながらもこくんと頷いだのだった。
別荘から戻って数日がたったころ、遥香は父王に呼び出された。
国王の執務室の中にはすでにクロードがいて、遥香がソファに腰を下ろすと、父はあいさつもそこそこに「そろそろ延び延びになっている婚約式をしてはどうか」と言い出した。
遥香は横に座るクロードを見やったが、あらかじめ打診があったのだろう、彼に驚いた様子はなく、穏やかに見つめ返された。
「もともと、こちらへ滞在している間に行うという話だったんだ。俺自身、いつまでもこちらへいるわけにもいかないし、このあたりで婚約式をすませておきたい」
「……国に、帰られるんですか?」
「すぐではないが、近いうちには」
クロードは何でもないことのように言い、王に視線を戻す。
「しかし、あまり急すぎるのもいけませんね」
「いや、もともとクロード王子がいらしたときに、近いうちに婚約式をするとは伝えてある。さすがに明日明後日だとまずいが、一、二週間後の日取りであれば問題ないはずだ」
遥香はびっくりした。王族の婚約式は、本来は数か月前から日取りをおさえ、大々的に宣伝する。それが一、二週間後でもいいなんて聞いたことがない。
遥香が目を丸くしているのを見て、父王が苦笑して付け加えた。
「リリー、本来、婚約式は嫁ぎ先であるグロディール国で行うはずだったのを、無理を言ってこちらで行うことにさせてもらったのだ。お前には黙っていたが、日取りこそ決まっていなかったが、ずいぶん前から支度はすませてあるのだよ」
「そう……、だったんですか」
今までどうして気がつかなかったのか。遥香はグロディール国に嫁ぐ身だ。通常、自国で婚約式を行うはずがない。自国で婚約式を行うことに何の疑問も持たなかったが、それには父王やグロディール国の国王、クロード王子の配慮があったはずだ。
何も知らず、すべて周りに手はずを整えてもらって、のんびりとすごしていたことが申し訳なくてうつむいていると、クロード王子が微かに笑う気配がした。
「陛下が……、リリーをグロディール国に嫁がせることを了承するのに出した条件が、婚約式はセザーヌ国で、ということだったんだ」
「え?」
遥香はハッとして顔をあげた。バツの悪そうな顔をした父王と、楽しそうな顔をしたクロードの顔がある。
「……お父様?」
隠していた悪戯をバラされた子供のような表情を浮かべる父王は、生まれてはじめて見た。
「クロード王子……、あれほど黙っていてほしいと言ったのに」
「すみません、つい。―――リリー、陛下は君をグロディール国に嫁がせるのが嫌で、実はずっと渋っていてね。弟の娘ではダメか、とか、ごね……いや、いろいろな案を持ち出されたのだが、最後に、婚約式を自国で行うことで合意していただいたんだ」
なんてことだ。国同士の、しかもこの結婚は、お互いの国の安全保障の約束の意味もある重要なものなのに、そんな条件を突きつけていいのだろうか。しかも、渋っていたなんてはじめて聞いた。
唖然として父王を見ていると、遥香の視線に耐えられなくなったのか、父がコホンと咳ばらいをする。
「嫌がっていたわけではない。お前があまりに内気でおっとりしているから、父様は心配だっただけだ」
取り繕ったように言うが、全然取り繕えていない。
「陛下は君を手放したくないんだよ」
クロードが楽しそうに、ほんの少し繕った部分の糸をほどいていくから、父王はコホンコホンと大げさに咳をした。
「クロード王子」
「おっと。失礼いたしました。舅に嫌われるのは避けたいところなので、もう言いません」
くすくすと笑うクロードと、困った顔で頬をかく父王を見比べて、いつの間にこの二人はこんなに仲良くなったのだろうと首を傾げる。
「そういうことだから、近いうちに婚約式を行うからそのつもりで」
最後に威厳――はまったくなかったが、それなりに真面目な顔を作った父王にそう告げられて、遥香は半ば呆れながらもこくんと頷いだのだった。
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