夢の中でも愛してる

狭山ひびき

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ピピピピ ピピピピ

小さな電子音が聞こえて、遥香はるかの眉がぐっと寄った。

もぞもぞと布団の中にもぐりこんで、それでも鳴り続ける電子音に、やがて諦めたように薄く目を開く。

ベッドサイドのテーブルから小さな目覚まし時計を取り上げて電子音を止めると、遥香は小さくあくびをした。

朝である。

月曜日の朝だ。

「はあ……今日からまた仕事か」

目を開けて遥香の視界に飛び込んできたのは、狭い1DKのマンションの部屋だ。ベットだけで部屋の半分近くが占拠されている。OLの一人暮らしなんてこんなものだが、先ほどまで夢の中の豪華な部屋で生活していた遥香は、現実に引き戻されて少しだけ落胆した。

だが、贅沢ぜいたくなことは言っていられないのだ。

遥香は先月、大学を卒業して三年務めた広告代理店をやめ、専門商社の藤倉商事ふじくらしょうじに再就職したばかりだ。再就職といっても派遣社員としてである。もちろん、正社員で働いていた広告代理店のときと比べると収入は減るし、ボーナスもない。日々節約して生活する必要があるのだ。

遥香は十人並みの容姿に薄化粧を施し、グレーの春物のスーツの上にトレンチコートを羽織ってマンションを出た。

春とはいえ、先週桜が散ったばかり。まだまだ朝は冷たい風が吹き抜けていく。

駅までバスを利用している遥香は、トレンチコートの襟を立てて、バスが到着するまでの数分、夢の中のことを思い出していた。

いつのころからなのかはよく覚えていないが、遥香はずいぶん前から不思議な夢を見る。

夢の世界は、まるで小説の世界のような異世界で、遥香はそこではリリーという名の王女だった。

けれども、夢の中でお姫様として生活している遥香だが、悲しいかな、夢の中でも容姿は平々凡々のままだった。

遥香は自分の容姿にコンプレックスがある。

目元ははっきりした二重なのだが、自分の顔で褒められるところと言ったらそれくらいで、低い鼻に丸い顔、不細工というほどでもないが、特徴なんてどこにもない、薄っぺらい顔立ちだ。

――お人形。

決して誉め言葉ではなく、嘲り交じりに言われたその言葉が、ふと脳裏のうりに蘇ってきて、遥香はふるふると首を振った。

吹っ切ったはずなのだ。

今更動揺してどうするというのだ。

遥香は目の前に到着したバスに乗り込み、まだ顔もわからない夢の中の婚約者を思った。

せめて、夢の中では幸せな恋ができればいいな、と。

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