葵夏

田中貴奈

ヒマワリヒトデ #1-1

「見て見て!あれUFOだ!」

7月の終業式の帰り道。五人で浜辺のガードレール沿いを歩いて帰っていると、ムッちゃんは元気良く一人だけ前へ飛び出して青空に浮かぶ光る何かを指差した。
学校に半刻ほど残っていた為だろうか。近所の小中学生は既に下校を終えていたようであまり人は歩いていない様子だ。海町の大通りは、私たちくらいしか騒いでいる人は居らず、すこし静かに感じる。

「そんなわけないでしょ。きっと人工衛星か何かだよ。ほら、宿題たくさん出されたんだから早く帰らないと。」

私は目をきらきらと輝かせているムッちゃんに対し、一つため息をついたのちに少し現実主義気味な自分の意見を淡々と述べて返答してみる。しかしムッちゃんはそんな私の意見を気に入らなかったらしい。

「ぶー、タイちゃんのサドリアリストー」
柔らかな頬を膨らませて、何処で覚えたのか定かでない言葉で反抗する。…風船みたいに膨らんだほっぺたは釣られた時のフグにようにパンパンだ。


タイちゃんというのは、私のあだ名だ。海野向日葵のヒマワリからヒマをとって、ヒマそうに見えるから。退屈そうに見えるから、タイちゃんなのだそうだ。それならば普通にヒマちゃんでいい気がするのだけれど。

きっとあだ名をつけたときは捻りたい気分だったのだろう。ムッちゃんはいつも気分で人のあだ名も自分のあだ名も決めるから困る。しかもそのヘンテコなあだ名がいつのまにか人に浸透するから尚更だ。…まぁ、もう慣れたけれど。



しかし、リアリストはまだしもサドまで言われるとは。正直それに反応するのもどうかと思ったが、呼ばれたからにはリクエストには答えたほうがいいだろう。弟に対して叱る姉のように頬をつまんで遊んでみることにしてみれば、ムッちゃんは文句を言いたげな子供のような顔をする。



ムッちゃんは「いはーい!」と言いながら抵抗していたが、面白いのでちょっと続けてみることにした。すべすべでもちもちで、よく伸びるほっぺだ。…こういうおもちゃ、あるよなあ。すると、


「まあまあ」

後ろから変声期を迎えたばかりの低めのが聞こえた。なんだろうと思い振り返るれば後ろを歩いていたシズちゃんがいつの間にかこちらに来る。伸びてきた手はそっと私の手を掴み、ムッちゃんのほっぺたから引き離した。…止めに来たのだろうか?しかしながら、そう思うやいなやシズちゃんは空に浮かんだ衛星を見つめて言った。


「今、昼間だからなあ。衛星が輝いてもそんなに目立つものじゃないし…そう言った観点から考えても多少ファンタジックだがそう言った考えに陥ってもまあ痛い子だと思われる以外は問題ないと思うけど…。」

「それ大問題じゃないかな。」


シズちゃんが静かに言った感想に対してムッちゃんんはそうツッコむように返すと、「冗談だ」とからかうように言った。ムッちゃんは「シズちゃんのバカー!」と拗ね、シズちゃんは「それはムーの方だろ」と無表情で返す。



ぎゃあぎゃあとシズちゃんに対して文句を言うムッちゃん、ムッちゃんの言葉にはいはいとやる気なく返事するシズちゃん。こりゃあと5分は続くなあと予測すると目を逸らすように横目で海を見つめた。

今日は降水確率20%で晴れのち曇り。海は凪いでいた。海が青々しく輝く。


「わー…海が青いね。また今年ももうじき海開きかな。」と言った彼女のふわふわした髪が風に揺れる。潮の匂いがふわりと鼻をくすぐった。

「そうだね。また、泳ぎに行こっかミヤビ」
「うん!でもその前に宿題だね。」

ミヤビは苦笑いを浮かべる。そういえば今年も宿題はたんまりだったっけ。
「そうだね」
私もまた苦笑いで返した。



ギャーギャーと怒るムッちゃんにそれをからかうシズちゃん。喧嘩のように見える光景も実際のところ、全部シズちゃんに論破されているから成立していない。…シズちゃんは2個上だし、頭もいいから口喧嘩で勝てるわけもないのに懲りないなぁ。

そろそろ止めようか、ため息をついたのち右手を上げてチョップのポーズを取る。頭をごちんと一発やれば大人しくなるはずだ。構えて、一点に集中する…………と、後ろの方向から大きな声で誰かに呼ばれる。振り返ってみれば、ものすごい勢いで走ってくるのが見えた。



「皆待ってー!靴紐解けてたのー!」

道の向こうから息をぜえはあと切らしながら誰かが近づいてくる。そういえば幾分か静かに感じたのは、彼女がいなかったからかもしれない。



「ごめんユリ姉、靴紐ほどけたって言ってたの忘れてた。」

「酷っ⁉︎」

「ついでにユリ姉の存在も忘れてた。」

「うわーん⁉︎ちょっと待って泣いちゃうよ⁉︎タイちゃんお姉ちゃん泣いちゃうよ⁉︎」


笑顔でそうからかえば、ユリ姉は目をウルウルとさせてきた。なんだか昔やってたCMのチワワを彷彿とさせるその顔を見ると、思わずからかいたくなってしまう。



「冗談だってばー。忘れてたのは本当だけど」

「ひどい!妹がひどい!タイちゃんのバカー!」

ユリ姉は半泣きの表情で私の背中をポカポカと叩いた。正確には姉じゃなくて従姉だけれど、こういうじゃれあいはわりと好きな方だ。


あわあわとしながらユリ姉を止めようとするミヤビに、ニヤついた顔で眺めるシズちゃん。…ムッちゃんはいつもならどちらかに参加するはずなのに静かだなと思えば、なんでか海を見つめていた。子供だ子供だと思ってたけど、もう中学1年生になったんだから、多少は成長したのかもしれない。そう、思っていたのだけれど


「そうだ!」

「わっ!?ど、どうしたのムッくん」

次の瞬間、手のひらを叩きムッちゃんは大きな声で言った。急な大声にどうしたのと聞こうとすれば、それよりも前にミヤビが動く。

「あのさ、今から自由研究しようよ!」

なんの脈絡もなく、前振りもなく。キラキラした目で、ムッちゃんはそう言った。…何がどうして、その提案に至ったのだろう。


「はぁ?どうしたムー、頭打ったか?」


しかし、そう思っていたのは私だけではなかったらしい。シズちゃんが半笑いで小馬鹿にしたように聞けば、ムッちゃんは「無事だから!」とちょっと怒ったように言い、そして続ける。



「ほら、理科の夏休みの宿題で自由研究があるでしょ。小学生の頃な十円磨いたりとか、レモンで電池作ったりとかやってたけどなんかそんなのよりもっと楽しいのやりたいじゃん。それでね、僕考えてたんだけどさ。この海辺のさ、生物調査とかどうかなって思って!

理科のコバセンが言ってたけど、調査範囲とかテーマが大きいものって評価いいらしいし!…それに僕、後にしたら忘れそうだしさ。みんなでやったら楽しいしいいかなって思ってさ。ね、ね、やるでしょ?」


アヒルとポッキーが並ぶ通知表のムッちゃんのことだ、評価はさほど気にしていないはずだ。だからこの場合、忘れないようにすることのほうが大事だろうに。…まぁ、みんなでやったほうが楽しいというのもわかるし、なによりその目は先ほどUFOを見たと言った時よりも輝いているように見える。

それに来年になれば1つ年上のシズちゃんとユリ姉は高校生になってしまうからこんなことをできるのも今年までだ。楽しい思い出にもなるしいいかもしれない。



「まぁ確かにそういうのよく表彰されてるよね!去年タイちゃんもやってたし」

「まぁね。でも調査とかにするならテーマがはっきりしてたほうがいいんじゃない?私は
ヒマワリの品種研究だったし」

「じゃあ、貝殻の研究にしよう!」

「じゃあいったん荷物置きてーし、帰ってからの方がいいんじゃないか?」

「そうだね。それじゃあお昼ご飯を食べて、着替えて、1時になったら集合って感じにしようか」



一人が賛成すれば、二人、三人四人と続いていって。とんとん拍子で決めれば一斉にみんなでうなずく。終業式の帰り道、夏休みの一番さいしょの予定を果たすためそれぞれの帰路へと一目散に分かれていった。



「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く