声優さえできればいい

東郷 アリス

第28話 カノンの神対応



「そろそろ時間だね」


「そうだな」


「そろそろ戻ろっか」


「ああ」


俺たちは静かに会場から去ろうとした。だが、イベントにハプニングはつきものだ。(by作者)


「ひっくっ、ひっくっ、ママー!!」


きりんたちの前に泣いてる小さな女の子がいた。状況からしてママからはぐれてしまったらしい。イベントに小さな子って…まぁ、いるかそういう人は。子どもは一人にできないもんな。


「君大丈夫?」


そこですかさず姉が小さな女の子に喋りかける。そこで少し泣き止んだのか、泣きそうになりながらも話してくれた。


「あのね、ママのはぐれちゃったの」


ということらしい。うん、知ってた。


他に教えてもらった情報はというと、名前が由比ヶ浜 佳奈ちゃんということか。でも、これから普通に探すのはすごく時間がかかるし、俺たちのタイムリミットは近くまできているため、そんなことをしている余裕はない。


それに名前が分かったからといって迷子センターや、そのコールセンターなどもない。このイベントは子ども向けじゃない。そのためそんな物は用意なんてされていない。


そんなことを考えているうちに時刻は十時まで残り二十分。


「見つからね〜」


「うん。これは少し厳しいかも。この子には申し訳ないけど…」


「お姉ちゃん…」


佳奈ちゃんが泣きそうになる。


「何かみんなに注目される。そんなようなことがあれば楽なんだが」


俺と姉は考え込んだ。そしてしばらくして、はっと思いついたのか、姉は俺にその案を話しだした。


「きりん、それだよ!」


「えっ?」


「ステージだよ!ステージに上がれば!目立つことができる!」


「ああ、そういうことか!」


「うん!それじゃあ急いで行こう!」


俺たちは佳奈ちゃんを連れて自分たちの楽屋に戻ろうとしたんだけど…


「佳奈ちゃんが入れないよ姉!」


「それは知ってるから策はあるよ!あれ!」


姉が指差した方を見るとそこにはコスプレコーナーが。ちょっと作者さん、準備良すぎません?


「佳奈ちゃん、コスプレしたい?」


「コスプレ?」


いや、普通したくないだろ。


「カノンちゃんがやってるアリアちゃんの服を着れるんだよ?」


「カノンちゃんの?」


「うん、そうだよ」


こんな都合の良い話を聞くとは…


「うん!じゃーきる!」


着るんかーい!!


「うん!じゃあ行こうか!」


「うん!」


「きりんも!」


「お、おう!」


佳奈ちゃんはカノンのことを知っていたため、疑われることなく、スムーズに運ぶことができた。そして俺たちはコスプレコーナーへ急いだ。






コスプレコーナーに来ると、俺たちは早速、自分たちで衣装を取って一人用の簡素な更衣室へ入った。でも佳奈ちゃんは一人で着替えられないから姉と。姉はコスプレしないらしい。そして俺はもちろん一人だ。


そして俺が取った衣装。それは音音アリアの私服バージョン衣装。もちろん俺が取ったからには着る。だがこれは俺じゃなくて……私が着るもの。


そう、きりんはここでカノンになったのだ。そして衣装に着替える。ーーーーーーーうん、バッチリ。でも少し胸がきついかも?


「きりーん、じゃなくてたぶんカノン、佳奈ちゃんの着替え終わったからこっちは大丈夫だよ?」


「うん、私も大丈夫」


「電話で一応、おおまかにし状況は説明してあるから大丈夫だよ。あと数分で始まるよ。スタンバイは?」


「うん、大丈夫」


私は、姉さんにもらったマイクの位置を少し整える。


そして十時ジャスト。ステージが始まった。


最初は元から録音してあったもの。いわゆるボイスレコード的な。


「ではオープニングステージの始まりです!」 


その言葉を聞いて私は更衣室から外へ出た。


「ふぇっ?」


外で待機していた佳奈ちゃんはなんでここにカノンちゃんが?と言いたそうに顔をポカーンとさせている。そしてそれはコスプレコーナーのスタッフさんも。それ以外のみんなはステージに気を取られて気づいていないみたい。好都合だ。


「佳奈ちゃん、私と手を繋ごう?」


佳奈ちゃんは、私と手を繋ぐことを躊躇いながらも、私の要望通りに手を繋いでくれた。けれど、佳奈ちゃんの手は緊張のせいか、少しいや、結構震えていた。


そんな佳奈ちゃんを私は「いつも通りで笑顔よ」と励ました。すると佳奈ちゃんはそれで少し緊張がほぐれたのか、笑顔を私に返してくれた。


赤宮 カノン。ステージ始めます!


私は佳奈ちゃんと一緒にステージへ歩き出した。そこでステージエリアに入りきらなかった後ろの人たちが、私が後ろにいることに気づいたのか、大きな声援をあげた。また、私に気づいた人たちは、急いでスマホを手に取り、私の生姿を見逃すまいと写真を撮りまくっている。でも私は気にしない。どんどんステージに向けて佳奈ちゃんと歩いていく。


そしてそれが浸透して、私の存在はどんどん周りの人たちに知れ渡っていく。それと同時に会場がどんどん盛り上がっていく。


『うぉおおおおーーー!!!』
 

私は手を振ってその声援に応えながら、ステージ上での定着についた。


「本日のオープニングステージを務めさせていただきます、赤宮 カノンよ。皆、感謝祭楽しんでいるかしら?」


『楽しんでるよーー!!』


「そう、みんなありがとう」


そして私は本題に入った。


「まずステージの前に一つです。会場でこの子が迷子になっていたのですが、この子の親はいらっしゃいませんか?」


そこで会場がどよめいた。こんなの予定に組まれていなかったはず。そんな感じ。そんな中、遠くの方でお母さんであろう人が、肩身狭そうに手を挙げながらステージ付近までやってきた。


「すみません!私の娘です!」


「あっ、お母さん!」


佳奈ちゃんのお母さんは、スタッフに案内してもらいながらステージにあがり、佳奈ちゃんに向かって走って「心配したのよ?」一言佳奈ちゃんに言ってから、愛おしそうに抱きしめた。


「うん。ママ、ごめんなさい」


そして佳奈ちゃんのお母さんは一度抱くのをやめて私の方を見る。


「すみません、カノンさん、迷惑をかけてしまい…」


「いえ、大丈夫です。お母さんが見つかって良かったです」


「はい。ありがとうございます!じゃあ佳奈、ありがとうって言おうか」


「うん。カノンちゃんありがとう」


「どういたしまして。次ははぐれないようにするのよ?」


「うん!」


「じゃあ佳奈、行こう?」


「………」


だが、佳奈ちゃんは、何故かそこで黙り込んでしまった。ステージを観に来てくれているファンの人たちも不思議そうに佳奈ちゃんを見ていた。


「どうしたの黙り込んで?早く行かないとカノンさんのステージの迷惑になっちゃうよ?」


「……サイン」


「サイン?」


「カノンちゃんのサインが欲しい!」


「佳奈、迷惑かけ過ぎてるんだからそれぐらい諦めなさい」


「嫌だ!」


「もう、佳奈…」


「別に構いませんよ?サイン。ではスタッフさん…」


と、私が色紙とペンを頼もうとしたところ、姉がすでにそれを持って待機していた。もちろん変装して。その色紙に私はサインを書いていく。


「っと。はい、佳奈ちゃん、これが私のサインよ?」


「ありがとう!」


「すみません、カノンさん。じゃあ佳奈、行こう?」


「うん!バイバイ!カノンちゃん!」


私は二人がステージから降りるまで手を振った。


「じゃあみんな、気を取り直して、オープニングステージを始めるわよ!」


『うぉおおおお!!』


そこから会場は更なる盛り上がりを見せた。そしてカノンのステージは大成功を収めたのだった。


それともう一つ。


のちに佳奈ちゃんを助けたことがSNSやニュースなので取り上げられ、それが神対応と評判を集めてカノン人気がまたも急上昇したとか、してないとか。





















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