ウ〇コ時間に読めるショートショート

けったいん

ちいさなきっかけ【4月19日をテーマにショートショート】


「お前、馬臭いんだよ!」

席からぼーっと外を眺めていた僕は、思わず声の方に目をやった。
どうやら今の言葉は、木下くんが桜井さんに放った言葉のようだった。

教室の入り口付近で泣いている桜井さんを女子たちが慰めている。
木下くんは、どこかへ行ってしまったようだ。

木下くんは普段から乱暴で、男子とはよく喧嘩をするし、
女子にはすぐ悪口を言ってしまうような子だ。

一方の桜井さんは、読書が好きで気が弱く、
お父さんが馬の調教師らしく、競馬場の敷地に住んでいる子だ。

おそらく、桜井さんは、何かでむしゃくしゃしていた木下くんの標的になってしまったのだろう。
でも、小学5年生にもなって、女の子にあんなひどいことを言うなんて間違っていると思う。

新しいクラスになったばかりなのに、先が思いやられる。

僕は、また窓の方に視線を戻した。

・・・

学校が終わり、下校の時間になった。
今日は新しいクラスになって初めての集団下校だ。
僕の家までの帰り道には、競馬場がある。
つまり、桜井さんとは同じグループだ。

今年は、同じ方向に6年生も同級生もいないので、
僕と桜井さんの二人が、下級生たちを引き連れて帰ることになる。

・・・

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ばいばーい!」

最後の下級生を家まで見送り、ようやく僕らの役目は終わった。

口数が多いほうではない僕ら二人が、
まだまだ元気な下級生をまとめるのはかなり大変だった。

「疲れたねー。」と、桜井さんに話しかける。
「疲れたよ~。」と、桜井さんが答える。
そういえば、桜井さんときちんと話すのは初めてかもしれない。

「桜井さん、家は競馬場の方なんでしょ?」
今日の出来事には触れず、かつ、言葉を選びながら聞いてみた。

「そうだよ~。お父さんが馬の調教師だから、
ほとんど馬たちと一緒に住んでるみたいな感じなの。」 
「いいなー。楽しそう。馬ってかっこいいよね。」
「本当にかっこいいよ!私、馬が大好きなの!」

あまり考えずに放った言葉に対して、
想像以上のリアクションが帰ってきて少し驚いてしまった。

すると、桜井さんが足を止めて僕に言った。
「じゃあ、またね!」
もうそこは、ちょうど競馬場の前だった。
「うん!またね!」と、僕も答える。
笑顔で手を振っている桜井さんは、正直可愛かった。

「あのさ…、馬、見に行ってもいい?」
僕の口が勝手に動いた。

・・・

僕が見に行きたいといったことに大喜びした桜井さんは、
さっそく馬を飼育している厩舎まで案内してくれた。

すると、桜井さんはすぐに馬たちに駆け寄り、
「ただいまー!元気だった?ちゃんとご飯食べた?」
と、話しかけ始めた。

いつもと別人のような桜井さんを見て驚いていると、
「このこと、学校では言わないでね!」
と、恥ずかしそうに念を押された。

桜井さんは、自分の部屋にも案内してくれた。
中にはたくさんの馬の写真と大きな世界地図があった。

「この地図なに?」と聞くと、
「行きたい場所にシールを貼ってるの。世界には有名な
ブリーダーが沢山いるから、そこで修業したいんだ。」
と、桜井さんは答えた。
僕はこっちの桜井さんの方が、いつもの桜井さんより好きだ。

最後に、桜井さんのお父さんがいるパドックに案内してくれた。

パドックとは、レース前に馬たちが歩いて様子を見せる場所だ。

「こんにちは!」と、お父さんに挨拶をする。
「おう。こんにちは。お前、馬乗ってみるか?」
急な誘いだったが、僕は思い切って乗らせてもらうことにした。

お父さんの支えを借りながら、鐙に足をかけ
両腕に思いっきり力を入れて、馬の上までよじ登る。

初めて馬に乗った感覚は、言葉にならないほど清々しく、
自分自身も大きな動物になったように感じた。

その日は、馬に乗った感覚や景色がずっと頭に残っていた。

・・・

あれから十五年。
今日は、初めてこの競馬場でレースをする日だ。
僕が乗る馬は、桜井さんが世話をしてくれている馬らしい。
アメリカで技術を学んできた彼女の馬は、きっと速いに違いない。

僕と彼女の馬は、勢いよくゲートを飛び出した。


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4月19日は、
地図の日
飼育の日
乗馬許可の日

これらのキーワードをつなぎ合わせてショートショートを書いてみました!

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