藤ヶ谷海斗は変われない。
それぞれの願い。
『私』はとある小さな国に生まれた、第3王女、“だった”。
基本、能力というのは親から遺伝するもので、それは兄弟、姉妹間で差が出るものではない。けれど、ごく稀に優れた能力を持って生まれてくる人もいる。私がそれに該当していたのだ。
普通、一属性にしか適性がない人が多く、二属性扱えればこの世界ではかなりの才能を持っている、と言ってもいい。
そんな中、三属性を扱える「トリプル」であり、しかもそのうちの一つは《光属性》の魔術だと判明したのは生まれてすぐだった。
私を神童だと持ち上げた両親は、私の姉と兄をほっぽって、私にばかり構うようになった。まだ小さかったから、私はただ両親に愛されているだけだと思っていた。
もしそれで、兄と姉から恨みを買われて復讐される……程度の話だったら、よかったのに。私は今でもそう考えてしまう。兄も姉も、私に優しく接したのだ。私専属の騎士もつけてもらって、そうして私は、家族全員から愛されながら育った。正しく表現するなら、愛されていると思いながら、なんだろうけど。
私のことはすぐに噂になったようで、大きな王国から声がかかった。私は神の使いの一人として祭り上げられた。両親は私を政治の道具としてしか見ていなかったのだ。それに気づくのはもっと後だったけれど。
私は親が大好きだったから、求められるままに「きちんとした私」を演じた。本当は体を動かして外で遊ぶのが好きだったけど、部屋の中で大人しく貴族の嗜みみたいなことをやった。
セシリアという私の国の名前が、名前についていた。セシリア=コット。この名前が私は大好きだった。けれどいつしか、私は『セシリア=ノイア』と呼ばれるようになった。私の名前は、どこかは消えてしまった。
神の使徒として英雄を導いた使徒の名前。今なお受け継がれる、「ノイア」。私の本当の名前を知ってる人はほとんどいなくて、セシリア国から生まれた神の使徒だ、としてしか見てもらえなくなった。
そんな私が、唯一心を開いていたのは、専属でついてくれていた騎士だった。彼にだけは本当は使徒じゃなくて私が英雄として闘いたいこととか、本当の私を話せた。彼だけは、私を「コット」と呼んだ。
けれど、私は魔術が『打てなかった。』
大きくなって、魔術の訓練を始めて。プレートには三属性の適性がしっかりと刻まれているし、魔力量も平均を大きく上回っている。なのに、魔術は全く打てなかった。
理由はついぞ最後まで分からなかった。周りはだんだんと私を見放していき、神の使徒である「ノイア」の名で呼ばれることはなくなった。望んでいたことのはずなのに、感じたのは悲しさだけだった。
ある日の夜だった。突然、私の専属の騎士だった彼が、私の部屋を訪ねてきた。突然抱き抱えられて、わたしは王国を逃げ出した。
……無謀な逃避行だった。私を始末しようとする両親の話を聞いてしまって、彼は私を連れて逃げ出したらしい。今聞いても、馬鹿なんじゃないかと思う。
私がただ死んでいれば、彼が犠牲になることはなかったのだ。
私を連れて逃げ出した彼の行動はすぐに両親に伝わり、彼と私はすぐに追手に追いつかれた。
目の前で、彼は私を守ろうと立ち向かう。けれど、多勢に無勢。どんどんと、彼はボロボロになる。それでも逃げ出さない。私を守るために、命をかけようとしていた。
……例えば、私が物語の主人公なら。きっとここですごい力に目覚めたり、助けが来たりして、彼は助かるのかもしれない。
がむしゃらに、わたしは魔術を唱えた。打てるかも分からない。お飾りだと馬鹿にされた杖を構えて、《ホーリーライト》を唱えた。
魔術は正常に放たれた。私は、きっとわたしは主人公なのだと感じた。彼を助けられるのだと、歓喜した。がむしゃらに光線を放った。
……そんなのが甘い考えだと気付けなかった。戦闘に関して素人もいいところな私は、すぐに魔力が尽きて、《ホーリーライト》も打てなくなった。
なにもできなくなった私の前で、彼は複数の人にボロボロにされて、最後は剣で腹部を貫かれて死んだ。かくん、と首がもたげて、その目が私を観ていた。今まで竦んで動けなかった足は、恐怖によって動き出し、私はその場から狂乱して逃げ出した。
……そのあとのことは、詳しくは覚えていない。わたしはギルドマスターに助けられて、国からは追放という形にされ、ギルドに所属した。
あの日から、私は魔術を扱えるようになった。基本属性である水と火の魔術は、あんなに悩んでいたのが嘘のように放てた。
……それなのに、光属性だけは、いつまでも打てなかったのだ。
その日から、ギルドで働きだした。王国の教会で従事していた時よりも、何倍も充実していた。周りの人は優しいし、私は私でいられた。誰も境遇について深く詮索することはなかったし、私と同じように戦えなくなってしまった人も、事務仕事を頑張っていた。ギルドでは、セシリアと名乗った。
そんな風な日が続いて、ある日のことだった。私の仕事仲間であるルベリオ君。彼が、今度の依頼についていくというのだ。
「セシリアも、来ないか?人質の確保が仕事で、戦う必要はないらしいんだけど……一人じゃ心細くて。」
彼が少しの勇気を振り絞ったのだと思って、そんな彼に置いていかれそうな気がして、焦燥を感じたのだろうか、わたしはその場で二つ返事で了承をしてしまった。
……こんなことになるとは、思っていなくて。
〓〓〓〓〓
師匠に命令されて、私はカイトを安全なところまで逃す。
「カイト、起きるっす!起きて、また楽しく話して、たまに遊びに出かけるっす!」
意識がない彼を、必死で呼ぶ。
多少心を開いていないのは、分かってた。どこか距離を感じるカイトに、いつかは心を開いてもらおうと思っていた。私が師匠にそうして貰ったように。
「だから起きるっす、その日が来る前に、お別れなんて……寂しいっす……嫌だ……だから……」
応急手当てはした。傷口に布を当てて、血をなんとか止めたけれど、流れている血は多くて、カイトは死の間際に立っていると感じた。
……ダメかもしれない。そんな考えが過ぎって、頭を振る。今はただ、手を握って願うしか無かった。
回復促進のポーションじゃ、カイトは助からない。間に合わないのだ。
ああ、もし私が、伝説でしか語られない、回復属性の魔術を持っていたら。
お願い、助けて。
もう力を感じないカイトの手を握りしめて、私はいつの日か信じなくなった神に、何年振りに祈りを捧げた。
〓〓〓〓〓
……戦闘は、あまりにも一方的だった。
ランさんは明らかに理性を失っていて、有り余る強靭な力を、怒りのままに振り回している。それはスズさんへの敵愾心なのか、それとも……
対するスズさんは、自分の何倍もあるだろうその力を飄々と受け流していく。一撃一撃が当たれば致命傷は免れないと思われるほど、二人には力の差があるというのに、スズさんはそれを技量で補っている。
誰がどうみても、結果は明らかだった。
幾ばくかの刀の交わし合いの末に、ランさんが地に伏した。私もカイトも全く敵わなかった相手を、スズさんは軽く倒して見せた。
……これが、リバティザイン最強の人。
その格の差に、頭がくらっとする。上は遠いなあ。そんなことを思いながら、スズさんの方へ向かう。
「……助けていただき、ありがとうございました。」
「ん、怪我はない?今からランを捕縛して、まずはカイトの容態を確認しなきゃいけない。やることは山積みだから、手伝って。」
無愛想ながらに思いやりを感じられる気がするのは、きっと私の思い込みじゃないと信じたい。
……カイトは、大丈夫だろうか。そう思って急いで彼のところへ向かおうと、踵を返した時。
肉同士がおぞましくひしめき合うような音がした。ぐちゃぐちゃと音を立てて、『何か』がその形を変えようとしている。視線を向ければ、その音の出るところは、ランさんだった。
「ッ!セシリア!」
スズさんが焦りを露わにして、私の方へ飛び込む。どす黒い手のようなものが、私の方へ伸びてきていた。
私を庇うように、スズさんは黒い手を斬り伏せる。簡単に千切れた肉塊は地面に落ちるや否や蒸発し、切り落とされた筈の手は次の瞬間には再生していた。
しばらくして、その肉塊は完全に変形を終えた。しばらくの間私とスズさんは動けないまま、それを見守るしか無かった。
オーク、だろうか?人の3倍程度の大きさの、人型の生物。皮膚は人間とは違い緑に染まり、口には牙が生えている。
人が、魔物に変化した。
「ぐおおおおお!」
叫び声を上げて、ランだったものはスズさんへ突進する。スズさんはその力をいなして、オークの腕を切り裂いた。
傷は、すぐに「修復」された。
「……!」
オークにこんな再生能力はない。かなりの脅威となる魔物ではあるが、ある程度の実力がある人なら倒せるレベルの魔物のはずだ。
「他の人を呼んでこなきゃ……!」
「……無理だと思う。正面には、もう一人ランとは違う実力者がいた。私が抜けたから、そいつと戦うのにギルドは総力戦をかけてる。本当なら、私も早く戻らなきゃいけないんだけど……事情が変わってきた。」
そう言いながら、スズさんは刀を構える。第二ラウンドが始まろうとしていた。
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