藤ヶ谷海斗は変われない。

うみはかる

ライサ流と極限の修行。

“別のトレーニング”とやらは、次の日から決行された。

「......こんなのでいいのか......?」

スズから告げられた内容はストレッチ程度の、今までに比べて圧倒的に楽な運動だった。

「いいから、とりあえずやってみて。」

言われた通りに外に出て体を伸ばす。
少しして、違和感に気付いた。

「なんだ......これ。」

思った通りに体が動かないのだ。力をこれくらい入れればこれくらい動く、という感覚が今までとまるっきり違っていた。

「当たり前。一週間前とは、体の構造が全くの別物になった。本来筋肉は少しずつついていくものなのに、回復力の底上げとトレーニングだけを繰り返した7日間でカイトの体は急速に変化した。だからまずは、体を慣らしてもらう。」

淡々と語っていくスズの話を聞いて、やっと納得する。
昨日まで全く同じ動きを繰り返していたから、少しずつ蓄積された違和感に気づけないままだったのだろう。
それにしても動かし難い。ただのストレッチなのに、だ。

1時間くらい軽く体を動かして、やっと体の感覚が整ってきた。

「ん、感覚、戻ってきた?」

「ああ、普通に動かせるくらいには。」

「ん、なら私と立ち会ってもらう。」

....は?
木刀を渡されて、何も言い返す時間なく圧倒的な手際で模擬戦に持ち込まれた。

「私に手加減しなくていい。本気で打ち込んできて。」

無表情でありながら圧を感じる目で、スズはこちらを見つめていた。
その圧に、息を飲む。

もとより俺が手も足も出ない魔人を怪我一つなく倒して見せた彼女に、俺が手を抜いて勝てるはずもないし、だからといって逃げ出すことも出来ない。さ

仕方がない、と覚悟を決めて、木刀を構える。肩の力を抜いて、深呼吸。

足に力を込めて、木刀を上に構えて地を蹴り、駆ける。

「だああああ!」

木刀を縦に一閃。以前よりも鍛えた体から放たれた一撃は、王宮での模擬戦よりも、力強く、速く、渾身の一撃だ、と自信を持って言えるものだったと思う。

だが。
次の瞬間、手の痺れを感じたかと思うと、首に木刀が向けられていた。

「私の勝ち。」

何が起きたのか、理解するのには少しの時間を要した。簡単に言えば、俺の振り下ろした渾身の一撃は簡単に往なされ、スズの木刀により俺の手から木刀がはたき落とされていた。

もう戦う術を持たない俺への追撃は、来なかった。
当たり前のその事実に、深く安堵してしまう自分が、いまだに過去に囚われているようで、情けない。

「...リィから聞いたんだ。スズには特別なスキルとか、膨大な魔力量があるわけじゃないって。」

「そう。なら話は早い。私の流派は、代々、弱者が強者に抗うために作られた戦い方。」

...弱者が、強者に。

「カイトを私のところに預けたのは、そういう理由だと思う。他の人は、どうしても魔力やスキルを利用した戦い方になりがちだから、人に教えるのは同じスキル持ち同士だったりじゃないと、難しいから。」


...アシュネさんも、連れてきたからとかそういう適当な理由でスズを俺につけたようじゃないらしい。

「...弱者でも、強くなれるのか。」

「ええ。」

......もとよりやることもない。スキルも魔力もない俺に、この世界での居場所はない。

ならば、答えは明確だ。

「俺に、教えてくれ。その剣術を。」

「ん、歓迎する。カイト。私は厳しいよ。」

「......今更過ぎないか?」

そんなやりとりをして、今日も昨日と同じ量の運動をこなす。

だんだんこの運動量に慣れてきているのが自分でも怖い。

汗だくで運動を終えると、やっぱり空は薄橙色に染まっていた。

「お疲れ様。これから、新しいトレーニングをするよ。」


............は?

「ぽかんとしてないで。まだ今までと同じトレーニングしかしてないでしょう。」

どうやら別のトレーニング、と思っていたストレッチやらなんやらは、ただの前座だったようです。

「そう言えば、スズが使用する武器は刀、なんだな。」

ぐっぐっ、と体を伸ばしながら、素振りで木刀を使っていた時から疑問に思っていたことをぶつけてみる。王宮で使っていたのは剣だったし、刀は日本のイメージが強い。

「私の故郷でよく扱われた武器。私の流派も、その故郷で生まれたものなんだ。」

そう答えられて、スズ、という名前の日本人らしさから、この世界にも東洋みたいな場所があるのかもしれない、と思った。もしあるのなら、一度訪ねてみたいものだ。

「私の流派はライサ流って呼ぶの。もうこの流派を正式に継承してるのは私だけ...ほぼ絶えた流派だよ。憶えておいて。」

そう言って、スズも軽くストレッチを始めた。

ライサ流がどんな剣術なのか、というのを質問すると、スズは少し考えて

「剣術、っていうのは本当は正しくないんだ。ライサ流は、弱者がどんな手を使ってでも、強者に勝つ。それが根幹で、その中に剣術もあるってこと。」

...ふむ。なんとなく理解してきた。
それにしても、別のトレーニング、とは、何をやるのだろうか。

「何をやるんだろうか、って顔をしてるね。簡単に言えば、力の扱い方を知るんだよ。」

思考を読まれたことに驚いていると、とっっても端的に表された。何を言ってるか分からない。

「さっきの模擬戦、どんな感じだった?」

頭を悩ませている時に唐突に振られたその質問に、少し考えて、一つ、疑問に思ったことをぶつけてみる。

「...俺の攻撃が、気づかないうちに霧散したというか、力の行き先が失われたというか...気がついたら、木刀が手から離れていて気づかなかったけど、どう防御したんだ?」

そう聞くと、スズの表情が少し動いた。満足気である。多分。

「ん、合格点。正確には防御じゃなくて、力の方向を“逸らした”。」

...やっと、言いたいことが理解でき始めた。でも、言っていることがわかったとして、それに納得できるかは、別である。

「...それ、あまりにも無茶なことを言ってないか?」

「弱い者が、危険を冒さずに強者に勝てる訳がない。」

尤もだった。運動不足の俺に無茶な運動させた人の発言とは思えない。

「まずはカイトの悪いところを直していく。戦い方も我流だろうし、基礎から作っていかないといけない。」

そう言ってスズは、俺との模擬戦から、悪い点を教えてくれた。

「まず刀の構え方。そもそも、ライサ流には、攻める剣術が一つを除いてない。」

「一つを除いて、攻める剣術がない...?」

疑問に思い鸚鵡返しで聞き返すと、

「いわばライサ流は、最強のカウンター。力を逸らし、その力の流れのまま、相手を斬る。」

と、答えてくれた。

「だからカイトみたいに自分から打ち込む事も、ほぼない。相手の攻撃をいなす為の構えを、その場その場で取る。けれど、打ち込む時には、自分が打ち込む場所を悟られては行けない。」

「弱者だから、か。」

「そう。理解が早くて助かる。ライサ流において、自ら攻めるのは最後の手段。だから、攻め方から教えることはできない。それよりも先ずは、ライサ流の、基礎の型、静謐ノ型せいひつのかたを覚えてもらう。」

「...せいひつのかた?」

...聞き慣れない言葉だ。頭にハテナを浮かべながら聞き返すと、

「静謐ノ型は、ライサ流の基礎であり、全て。力の流れを感じて、それを逸らす。カイトの攻撃をいなしたのも、静謐ノ型。」


「......でも、俺は力の流れなんか分からないし、そんなこと、本当にできるのか?」

圧倒的な実力差を見せつけられた後で、自分にあそこまでの芸当を為し得ることができるのか、にわかに信じ難かった。

「勿論、今のカイトじゃ、刀を触れても、力の流れを逸らすのは難しい。そもそも、力の扱い方を知ることから。相手の力を操るためには、まず自分の力を完璧に掌握することが大切。」

「自分の力を...掌握する。でも、それってどうすれば......」

「感覚を研ぎ澄まして、体の節々まで、完璧に操ること。ライサ流の第一歩。」

そう言って、俺はスズに目隠しをされたまま、とある場所に手を引かれて、連れて行かれた。

淀みない足取りで坂のようなところをどんどんと高く登っていく。それにつれて息が苦しくなるのを感じた。そもそも、トレーニングを終えた後で疲弊しきっている体は、坂を登るだけでも辛かった。それに、この空気の薄さは、山を登っているのだろう。足は、震えを示していた

かなり登ったところで、彼女は立ち止まった。

「ここで3日間、瞑想してもらう。私は定期的に監視しに来るから。」

...切り株の上に座らされ、目隠しを取られた俺は、濃霧の中、そう告げられて、スズに置いて行かれた。

三日間。人が完全断食をして、ギリギリ生きれるかどうかの瀬戸際。

「.....嘘だろ!?おい!」

叫んだ声は無常にも、山の中に消えていくのみであった。


















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