藤ヶ谷海斗は変われない。

うみはかる

異世界のはみ出し者。

整備されていない道を、馬車はその体躯を揺らしながら進んでいく。

馬車、というのは正しくないか。
この世界では動物のほぼ全てが魔物と化しており、動物は富豪がコレクションで持っている程度、のようだ。馬に似たこいつも、また魔物の一種らしい。

馬車には俺の他に“冒険者”と呼ばれる、所謂依頼されれば何でもやる、万屋のような人が乗っていて、魔物が襲ってきても守ってくれる、ようだ。

ここにくる前に、見た目が30後半ぐらいだろうかと思える男が、俺に話しかけてきたことを振り返る。

「ようあんちゃん。若いのにあの騎士団長様直々の依頼で輸送なんて、色々訳ありそうだな。」

そういってラフに話しかけてきた男は、名をアロイと名乗った。どうやら、冒険者だそうだ。

「兄ちゃんがどんな訳でこんな風になってるのかは聞かねえけどよ、こう見えても俺達は熟練のパーティなんだぜ、守ってやるから安心しな!」

グッと親指を立てて気さくに話してくるアロイに、俺は久々に自分について何も知らない、ただの人と話せたことに安堵と嬉しさを覚えた。

アロイはしばらく、自分には妻と子供がいて、この遠征で土産を買ってやるんだということを話してくれた。

彼はもう一台の馬車に乗って行ったので、今は俺の前を進む馬車に乗っているのだろう。

にしても、外の景色を見るのは、久しぶりだろうか。

後だんだんと小さくなっていく城は、俺がもうするべき目的を失ったことを示していた。

「...これから、どうしようか。」

強くなる理由も、なくなったしな、と溢しかけて、首を振る。

あの日の事は忘れよう。これからのことを、考えようと、思い直してフリードから伝えられたことを思い出す。

『君のように、この世界で肩身の狭いものが集まっている場所を知っている。』

俺はどうやら、そんな場所に向かっているようだ。

にしても、職につくことすら叶うのか怪しい状況だが、生きていくことはできるのだろうか。

...考えても何も解決策が浮かばないので、とりあえず着くまでは眠っていようと目を瞑った。



......爆発音で、目が醒めた。


何だ、何事だと思った次の瞬間には、体が叩きつけられた衝撃で意識が覚醒する。

「ぐッ...」

谷山に蹴られた時に比べれば軽い衝撃だった。
ムカつくことにあいつらのおかげで痛みに耐性ができていたのだろうか、衝撃に対して回復はある程度早く、何とか立ち上がる。
何だ、何が起きた。
前を見ると、馬車が横転していて、俺はどうやら馬車から吹き飛ばされたようだ。

何が起きたかもわかっていない俺の前に、ごろん、と何かが転がってくる。

『それ』と目が合った。

「............は?」

それが何か、すぐにはわからなった。

甲高くヒャハハ、と笑う声が聞こえて、現実から逃げるようにその笑い声に視線を移すと、刃を振るい笑う男と、首を失った男の体が倒れていた。


そうして初めて、『それ』の正体がわかった。

アロイ。アロイだったもの。


「あ...あ.....」

何もわからない。さっきまであんなに明るく声を発していたアロイが、生気を失った顔で、こちらを見つめている。

ずっと見つめていると自分もそうなってしまいそうで目を逸らすと、違う人間の死体が辺りに転がっていた。

俺を守るために派遣された冒険者たちの、屍の集まりだった。

「う...あ、うわああああああ!」

怖くなって、厭になって走り出す。
なんだ、なんだよ、なんなんだよこれ!

次の瞬間、体が宙に浮いた。

何が起きたか、というのは簡単で、二度目の爆発が起きたのだ。
直撃は免れたようだが、先ほど笑い声を上げていた男が、爆発を起こした張本人なのだろう。
そんな思考と共に本日2回目の地面直撃。

受け身を取ることも叶わず地面を無様に転がって、痛みで立ち上がることにすら時間がかかる。

なんとか顔を前に向けると、その男はこちらに迫ってきていた。
人間とは違う肌の色。紫掛かったその肌と、頭に生える大きな角。

魔族だ。本で読んだ通りの見た目。

...そして、膨大な魔力量を持つ、少数にして個の強さに於いては右に出るものがいない種族。


「っぐ....」

逃げなければ。
走ろうとすると、足がもつれて動かない。
衝撃の影響かうまく体を動かせず、そんな俺に殺戮の足音はだんだんと近づいてくる。

クソッ...ここに来てから碌な事がねえ...ここで死ぬのか...

光に照らされて刃が輝いたのが視界の端に映った。

...魔族の見下す顔が谷山や野口と重なって、俺は最後まであいつらに見下されて死ぬのかと、死の間際に目を瞑り、一人笑った。

...斬られていれば間違いなく首が跳ね飛ぶであろうその凶刃が俺の首に達する事はなく、かわりにキィン!と金属同士がぶつかる音が辺りには響いた。


違和感に目を開けると、魔族の剣は一人の少女によって食い止められていた。

「リィ、そこの子を連れてって。」

俺とそこまで歳が変わらないであろう少女は、リィ、と呼ばれる人物へ語りかける。

「了解っすー!」

明るく快活な少女を思わせる声が聞こえた次の瞬間、俺の体は本日3度目となる宙ぶらりん空への旅を経験していた。

横を見ると、頭に獣の耳が生えた緑色の髪を揺らす、亜人の中でも一般的な『獣人種』の少女が、俺を傍に抱えて飛んでいる、というのが現状らしい。とんでもない膂力である。

「お...おい!」

「なんだ、騒がしい人間っすねー。」

「あの女の子を置いて行って大丈夫なのかよ!あいつ魔族だろ!?」

当たり前の疑問である。あいつは魔族で、あの女の子はみたところ人間。たとえ人間に見えただけで亜人の一種だったとしても、魔人とは種族の時点で天と地の差がある、そういうものだと読んだ。

「師匠の心配?そんなもんいらないっす。」

そう言ってにゃはは、と笑う彼女。膂力の面から見ても獣人の彼女よりもあの女の子が優れているとは思えない。今すぐ戻るべきだ、と提案しようとして、ふと思いつく。

「彼女にはすごいスキルとか、そういうのが合って勝てるって事...か。」

ポツリ、とこぼした言葉を大きな耳は拾っていたようで、次は少し馬鹿にしたように、にゃはは、と笑う。

「師匠はスキルなんて恵まれたものはほぼ持ってないっす。ステータスだけでみたら私の圧勝っす。」

期待は簡単に裏切られた。

呑気に、『師匠』と呼ばれる人物が死ぬかもしれない状況で、簡単にこの少女はそれを言ってのける。

そんなやりとりのうちにあっという間に、馬車の何倍のスピードだろうか、山奥の小屋...?のような場所に着く。

「ま、あと少ししたら師匠も帰ってくると思うし、それまでここで待ってるにゃ。」

...ごねても無駄だろう。あの場面から助けてくれたのはこの二人なんだし、こいつのいうことを俺は信じるしかない。

数分後、ガラガラ、と音をたてて小屋に人影が見えた。

目を凝らすと、あの魔族の顔が...

いや、『首』だけを持って、血に塗れたあの少女が戻ってきた。

唖然とする俺に近づいて、少女は

「...大丈夫?さっき、倒れていたように見えたけど。」

と、片手に生首を持っているとは思えないほど冷静な声で俺に話しかけてきた。

「....あ、ああ。お前こそ...」

血に塗れている。怪我だらけなんじゃないか。そう言いかけた俺の声を遮って、彼女は“リィ”と呼んだ少女にはなしかける。

「そう、それならよかった。この首は明日あたりザリアに持って行って換金してもらいましょう。リィ、適当に置いておいて。」

「あいあいさー。」

ぴょこん、と耳を揺らして小屋の奥から現れたリィは、受け取った生首を持って戻っていく。

「...聞きたいことはあるだろうけど。
その前に血で濡れてるから風呂に入ってきてもいい?」

「...あ、ああ。」


無表情のまま淡々と話を進める彼女は、羞恥心なくその場で服を脱ぎ始めた。

「え、あ、ちょ!」

困惑する俺を置いて淡々と服を脱ぎ出す彼女の体を見て、気づく。


傷が一つもない。

彼女の服にも、破れたようなあとどころか、血以外には砂埃一つの汚れもないのだ。

「...人の裸をジロリと見ないでもらいたいんだけど。」

「あ、ああ。ごめん。」


ジトっとした目でそう返され、目を瞑る。
どうやらこの山奥でもシャワーなどの施設はあるようだ。
電気などと違い電線を引かなくても魔力、もしくは魔力石さえあれば使える、ということだろうか。

シャワーの音が響く中で、やっと自分が生き残った実感がやってきて、一人その場で倒れ込んだ。
















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