藤ヶ谷海斗は変われない。

うみはかる

志波姫未来と早乙女凛。

事の次第は、海斗との夜の密会の前に遡る。

私、志波姫未来は、騎士団長、つまるところフリードの部屋に訪れていた。

ドアをノックすると、彼が顔を覗かせた。

「君は...志波姫君。なんの用かな?」

...ずっと抱いてきた、違和感。

「単刀直入に言わせてもらうわ。あのバカ...藤ヶ谷海斗について。あんた、何か知ってると思うんだけど。」

爽やかな表情は、崩れない。

「......知らないな。藤ヶ谷君がどうしたんだい?」

「そもそも、あいつが精鋭グループにいることがおかしいわ。魔力0を精鋭に入れた理由。それが何よりの疑問。ライズは、あんたがあいつを精鋭に入れた、って言ってたわね。なら、あんたが一番、怪しい。違う?」

誰も藤ヶ谷に、あいつに興味がなかったからこそ、なんであいつがあそこまで嫌われてるのかということにすら思考が回らなかったのだろうか。
少し考えればわかることに、誰もたどり着かなかった。


「......海斗君が何故、ああも王宮の人間から悪意を受けるのか、聞いているかい?」

「いいえ。全く。」

...ふぅ。と息を吐いて、フリードは覚悟を決めたようにこちらを向く。

「海斗君には怒られてしまうかもね...秘密にしているようだし。......でも。隠すのも無理そうだ。君のように、彼について考えてくれる人なら、大丈夫だろう。」

そういって、彼はポツポツと、話し始めた。

魔力0が、一体何なのか。

魔王について。

そして、海斗が二つの選択を迫られていること。


...私は、違和感を抱く。

「あいつ...“逃げる”選択肢を、選ばなかったの?」

「彼は...多くは語らなかったけど、あの顔は、何かするべきことがある、と思っている顔だった。何か責任を感じているんだと思う。僕には理由が分からなくて、彼の望むように見守ることしかできなかったけど.....」

なんでだろう。あいつはずっと、楽な方を選ぶようになっていた。
昔と違って。
逃げる道を選べるなら、その先を用意してくれるのなら。逃げる選択肢を選ぶはずだ。
そんなあいつが、どうして...。


「......あ。」

違和感が、点と点が、線になった。
確証はない。でも、それしかないと思った。

「変わって......ない。昔と。」

私と約束した、あの時と。変わってしまったと思った彼が、もしかしたら変わってないかもしれないという、可能性。

「...志波姫君。彼を助けてあげてくれ。」

「......ま、確約はできないけど。」

ぷい、と顔を逸らして、私はフリードの元を立ち去っていく。外を見ると、もう夜になろうかというところだった。 

まずはあいつのところへ行こう。時間もなさそうだし。

冷えた風が吹く中、私は庭で彼を待った。



...。



夜に現れた海斗との会話を終え、月がない星空を背に私は王宮へと戻っていく。

にしても。

鎌をかけてみたら、あっさりとあいつは引っかかってくれた。

「ここに残る理由がある」

そう示すようなあいつの反応は、私の疑惑を、確信へと強めていった。

早乙女凛。転移者唯一の一年生であり、海斗の、あいつの部活の後輩の女の子。

そして、私の唯一の心当たり。私は、彼女の部屋へ向かう。


コンコン、とドアをノックすると、

「は〜い、誰ですかー?」

と、ドアの間から彼女は顔を覗かせた。
私の顔を見上げて、一瞬びくりと体を震わせると、先ほどの明るい声とは対照的に、怯えたような声で

「えと...あの...何の用でしょうか...?」

と言った。

私、そんなに怖いのかしら...と思いつつも、話が逸れてしまいそうなので、本題を告げることとする。

「...他でもない、あんたの先輩。藤ヶ谷海斗について、よ。」

その名前を出すと、彼女は私を部屋に招き入れた。

「...あいつが置かれた状況、あんたは知っているの?」

「先輩が...ですか?」

きょとん、という表現が似合うような表情を浮かべる早乙女。私は、そんな早乙女に、フリードから聞いたことを伝えると、
彼女は私と同じような反応をした。

「先輩が逃げずにここに残った...?」

彼女が見てきた海斗の先輩像も、私とさほど変わらないようだ。
少し、これを告げるのは気が引ける。

「...私は、あいつがここに残るのは、あんたが理由だと思ってる。」

...目を合わせようとはしなかった彼女が、私の方へ顔を上げる。

「え...あっ...え?」

言葉が出ない、という奴だろうか。
困惑、というのとは違う感情な気がする。
まるで、分かっていて、目を逸らしていた、というような。

「わ...私が...ですか?」

「あいつが、何か責任を感じることがあるとすれば。早乙女、あなたがなぜ転移に巻き込まれたか、私、やっと思い出したのよ。」

ここに転移したクラスメイトは、全員ではない。
あの時教室にいた者のみ。
つまり、早乙女は1年生でありながら2年生のクラスに“何かの用”があって居た。

「...海斗に、用があったのよね。」

「...はい。部活のことで。」

...正直、無理やりな気がする。他に理由があるなら、それに勝てるような要素もない。

「.....あんたが知っているあいつは、私が“知っていた”あいつとは全然違ったのよ。」

「それって...」

「ま、その話は今度にしましょ。問題は、『海斗に用があって』『クラスにいた』
ということ。」

...早乙女は見たところ馬鹿ではない。少し明るくちゃらけているように受け取れるような態度はあれど、察しの良さと状況判断の速さは平均よりも明らかに高い。おそらく、周りの空気を読んで生きてきた、ムードメーカータイプの子なんだろう。

だから、私が言いたいことも読み取れたのだと思う。

「...先輩は......私の為に...?」


「......まだ確定したわけじゃないし、例えそうだったとしても、あんたが責任を感じる必要はないわ。」

早乙女は、もう一度俯いた。
きっと、今他の可能性を思案しているのだろう。

......私のことは、覚えていないもの。

「...そう...ですね。でも、私以外に理由が、私には思い付かなかったです......。」

「...本題は、ここから。あいつに“逃げる”選択肢を選ばせる方法について、一緒に考えて欲しいの。」

少し間を置いて、彼女は私に同意してくれた。夜の闇も深くなっていく中、二人で意見を出し合っていった。

「確定してない中で私が原因と聞くわけにもいかないし...聞いても答えてくれないですよね...先輩は。」

「まあ、そういう奴よね...。あいつは。」


素直じゃないあいつの性格が災いして、私たちはひたすら頭を悩ませていた。

「私から突き放せば...先輩は私を見捨ててくれますかね。」

「でも、直接突き離しても、あいつが気付かないはずがない。」

「...他の人との会話の中で先輩への悪口を、“偶々”先輩に聞かせれば...」

ぽつり、と早乙女がこぼす。

「そんな、現実的じゃないこと...」

「いえ、私のスキルなら...私の“負傷察知”なら、先輩だけを察知できると思います。」

負傷察知というスキルについて、彼女は私に説明し出した。

簡単に言えば、怪我をしてる人を半径何メートルかはわからないが察知できる能力、だそうだ。

「はじめて先輩が殴られてる時に、私のスキルが発動して...すごい危険な感じがして、走っていったら先輩がいて。今も、この王宮内で怪我を治し切れてないのは先輩だけなので、このスキルが発動したら近くに先輩がいるって、私はわかるんです。」

....いい案、だった。
一つの問題点を、ただ除けば。

「あんたと、あいつが。」

「そうですね。私と先輩はもう、関わることはなくなると思います。」

「......本当にいいの?」

そう聞くと、彼女はにこりと笑って、腰に手を当て、と胸を張り、

「大丈夫です!私に任せてください!」

と言った。

それから1日後。

私たちの元から海斗は消え、何処かへと旅立っていった。

...謝れる日は来ないだろうけれど。

ごめんなさい、早乙女、そして海斗。

私はそう呟いて、訓練へと戻っていった。









 

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