藤ヶ谷海斗は変われない。

うみはかる

転移と無能と海斗の選択。

......今日の夜、庭に来なさい。

その言葉がぐるぐると頭の中で回っていた。
一つ誤解のないように言っておくが、俺だって男子高校生である。
早乙女も認めたくないが可愛いと思うし、委員長は美人だし、志波姫は可憐だと思う。
欲が消え去った朴念仁なんかじゃなく、あの志波姫に呼び出されたという事に舞い上がってしまいそうになったのも事実なのだが。

「...何されるんだろうか、俺。」

冷静になってみると、明らかに恋慕の類を抱いてるとは思えない。ここ最近の記憶を辿っても、志波姫から向けられた感情は大体が失望だった気がする。

「......もしかしなくてもただボコられるだけじゃないのか?」

ふとそんな疑問がよぎるが、志波姫が夜中に呼び出して、人目のつかないところで弱者を嬲るような真似をする、矮小な人間とはどうしても思えなかった。

...考えても仕方がないだろう、夜を待つことにした。動くには支障がなくなってきたので、ある程度のストレッチをした後、今日も感謝の気持ちを持ってシャワーを浴びる。

......それからしばらくして。

温まった体が夜風に冷やされ、気持ちいいほどに晴れ渡り星が光る夜の中、夜には眩しすぎる髪をたなびかせ彼女は俺を待っていた。

「やっときたのね、私を待たせるとはいい度胸だわ。」

「お前が時間を教えなかったからだろ....」

お互いに一言交すと、庭に置かれている、休憩としてお茶菓子を食べたり茶を飲んだりするために置かれてると思われる休憩スペースのようなところに移動する。


...少しの静寂の後、志波姫が口を開いた。

「ねえ。」

「.....なんだ。」


彼女が切り出した。声をかけられた俺は、俺と同じように風呂を上がった後であろう艶やかな髪と薄着に少し心拍数が上がるのを感じながら、返事をする。
今日のやり取りの、ことだろうか。

「あんた、なんでここに残ろうとするの?」

「そっちの方が、楽だからだ。」

ここに来る前と、同じように返して、きっとまた彼女は寂しそうな顔をする。

「逃げれば楽になるとか、思わないわけ?」

彼女は、こちらの顔を覗くように顔を横に傾けて、目を合わせてくる。ここに来てから心配という感情を何度も向けられている。それ以上の、何倍もの憎悪や悪意を向けられても何も動かない心が、一人二人の心配、失望に揺れ動いてしまう事に、嫌気が差す。

「この世界で一人で生きていけるようにも思えないからな。殴られるだけで食事と風呂と宿が全部ついてくるんだ。こんなに楽なことはないだろ?」

「...バカね、あんた。」

「俺は楽に生きようとしてるだけだ。勇者なんて特別な存在でもなければ、この世界ですら才能のない凡人っていうのに、異世界に召喚されただけで勇者の一員として特別待遇だ。こんなに楽なことはないだろ?」

「..ほんとに、バカね。」


これで彼女も、俺に失望しただろうか。
それでいい。雲の上にいる彼女が、泥の中に沈んでいる俺に関わる必要はないのだ。

「バカで結構。話はそれだけか?」

少し間が空いて、見切りをつけ俺が立ち上がった瞬間、彼女の口から、予期せぬ発言が飛び出した。

「......なにか、ここにいないといけないと思う理由があるわけ、ね。」

...自分の体が強張ったのを、自分でもありありと感じた。

「...何のことだ?何で急にそんなことを」

「本当に、バカで、アホね。」

そうつぶやいた彼女が、少し微笑んだのが、見えた。
一呼吸の間が何時間にも感じられ、志波姫が、ポツリと溢した。

「....私、嘘は嫌いよ。」

少しの間を置いて、息を吐いた俺は、志波姫へ返す。

「奇遇だな、俺も嘘は嫌いだ。」

「...強情ね...。」

大きくため息を吐いて、頭に手を当てた彼女は、呆れたように立ち上がる。動揺をどうにか悟られぬように顔を背けた俺を尻目に、彼女は歩いていく。

立ち去った彼女を見送った後、俺は頭を抱えていた。


...部屋に向かいながら、思案に耽る。

志波姫の言葉が、ぐるぐると頭の中で渦巻いていた。

周囲の人間の優しさに、俺は戸惑いしか得られなかった。なんで俺に、としか思えなかった。

ここにきてから迷惑しか掛けていない自分に嫌気が差していた。地球に戻りたいという意志も人を救いたいなんて高尚な思想もなければ、その癖能力もない自分が嫌いだった。

早乙女や志波姫、委員長、そして亜月に憧れていた。
自分には力がない理不尽さを嘆いていた。

...早乙女の為に動く。
目標も、思想もない自分が、ここにきて最初に決めたこと。
自分のせいで巻き込んでしまった彼女を、元の世界に返すために。

だが実際はどうだろうか。無能と呼ばれた自分は早乙女を助けるどころか、助けられてばかりだった。

せめて俺に力があれば。

...ふと、頭に過ぎる、魔王の2文字。
俺と同じ、魔力量0でありながら、俺とは対照的に世界に反逆するほどの力を持つ、魔王。

「......でも、それは。」

魔王へ会いに行く。それは、クラスメイト、引いてはフリードへの反逆行為であるということ。

そして、ここを抜けると言うこと。もう二度とここには戻ってこれないと言うこと。

本末転倒とも思える、その案が、俺の頭を独占した。一度浮かんだ思考は消えることなく周りだし、上手くまとめることができず寝つけぬまま、俺は悩み続けることとなった。

次の日、いつもより遅く部屋を出た俺は、廊下を歩いて広間に向かおうと思ったのだが。

歩いてきた谷山が見え、咄嗟に身を隠してしまった。早く通り過ぎるのを願いながら身を隠していると、どうやら誰かに話しかけられたようだ。俺も身動きが取れず仕方なくそこに隠れ続けていた。

話し相手は野口かそこらあたりだろうか...と少し覗いてみると、そこにいたのは...早乙女?

「...ちょろいもんですよ〜、少し優しくしてあげるだけでいいんですし。にしても谷山先輩、すごいな〜!あの“無能”相手とはいえ、圧倒的に勝っちゃうんですもん!」

「へ、へへ。そうか?にしてもあいつ、ほんとにキモいよなあ?」


...一瞬、思考が停止した。
聞きたくないと現実から逃げようにも、隠れた場所から逃げることもできない。
聞き耳を立てること以外に何もできない俺は、ただ二人の会話を聞いているのみだった。


「ほんとですよ。ほんっと、最低。無能なのに先輩ヅラばっか。私、あの人のために回復魔法使いたい訳じゃないんですけど。」

いつもの明るい声じゃない。トーンが低くて、人を軽蔑してる、そんな声が、頭に響く。

...考えてみれば、当然だろう。
同い年の知り合いなんておらず、自分だけが巻き込まれて転移させられた挙句、その
原因となった男は無能と呼ばれ、実際に何もできず、自分に迷惑ばかり掛けてくる。


...はは。

「...そうか、そうだよな。」

......早乙女から、心配されていたと思っていたのも、おそらく思い込みなんだろう。

馬鹿みたいだ。

「あんな無能より、谷山先輩の方が素敵ですよ〜!それじゃ、今日は後衛グループの座学があるので、さよなら〜!」

二人が去っていき、一人座り込む。


...ここに残ろうなんて考えが、愚かだったと、思い知らされた。

立ち上がり歩こうとすると、ふと足を縺れさせ、バランスを崩して壁に手をつく。

視界がぼやけているのを感じた。
頬を何かが伝ってきて、涙だ、とやっと理解する。

「...はは...は...。馬鹿だな、本当。」

手でぐしゃぐしゃと涙を拭って、フリードの所へ向かって行った。


「...!どうしたんだい、海斗君。」

驚いた、と直ぐにわかるような表情を浮かべるフリード。相変わらず、顔に出るやつだ。

「...なんでもない。答えが決まったから、伝えにきただけだ。」

ずっと後を引いている、早乙女への感情。
復讐心でも、憎悪でもない、この感情は、わからないから置いておこうと、何度も投げ捨てているのだが。

「...答え。決まったんだね。聞かせてくれ。君がこの一週間で決めた答えを。」


......息を大きく吸って、フリードの目を見る。


...俺は。



「ここを出ていくことにする。お前の願った通り、な。」


フリードは俺の声に、嬉しそうな表情を浮かべ、分かってくれたのか、と俺の手を取って笑った。



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