藤ヶ谷海斗は変われない。

うみはかる

夢の終わりと現実の続き。

「藤ヶ谷後輩、元気かい?」

先輩はそう言って話しかけてきた。
如月 柚子きさらぎ ゆず。高校3年生。今日も眼鏡を光らせ、茶髪のボブをふわりと揺らし、本を片手に少し悪戯ぽく微笑んでいる。

「...相変わらず俺には先輩風を吹かせますね。早乙女にも同じように関わってもらいたいものですけど。」

「ぅ...だって...怖いし.....」

この様である。口調もなにも全部虚勢、中身は俺よりも小心者で、引っ込み思案。

「誰が怖いんです?柚子先輩。」

ひょっこりと顔を出した早乙女に、猫みたいに跳ねた如月先輩。

学校が好きじゃなかった俺でも、あの空間は心地よかった。そう記憶している。

そんなやりとりをした次の日、如月先輩はどこかに消えた。

...それからは活動日数を平日毎日から月金に減らして、二人で如月先輩の帰りを待っていた。

「そう言えば先輩。」

「ん、なんだ。」

「最近わたし、誰かに付けられてる気がするんですよ...」

気のせいじゃないか、と言い掛けたところで嫌な妄想が頭をよぎる。如月先輩も、早乙女をつけている誰かに連れ去られてしまったのだろうか。

不安げにこちらを見つめる早乙女に、嘘はなさそうだ。


「...ま、他にいなさそうだしな。」

同級生に媚びれば簡単にボディーガードを捕まえることはできるだろうが、その男を信用できるかは別問題だろう。

「....先輩!」

表情をコロコロと変える早乙女。いつもは小悪魔的な笑みしか浮かべない彼女が、嘘偽りないような眩しい笑顔を向けてきて、少しドキリとした。
 
....早乙女を家まで送ろうと道を歩いていると、急に視界が暗転した。

暗くなった世界の中で、如月先輩がそこにはいた。

「如月先輩!...どこに...」

如月先輩はこちらに振り向かず、遠くへ遠くへと行ってしまう。

「待って下さいよ、先輩!」

手を伸ばしても追いつけない。異常な事態に早乙女のいた方を見ると、彼女はすでに隣にはいなかった。


視点をもう一度前に向けると、早乙女もまた、如月先輩の隣にいた。

待ってくれ。待ってくれよ。

声すら出なくなり、必死に伸ばした手も届かない闇の中に二人が消えていって....





「....ッは...はぁ...はぁ...」

気づくと、ベッドの上にいた。

「...夢......か...」


自分の部屋じゃない...どこだ?
あたりを見渡すと、来たことのない場所であることがわかる。
立ち上がろうとすると腹のあたりがずきりと痛む。我慢ができないほどではなかったが、その痛みが敗北を思い出させた。

「..ああ...クソ。」

ここに来てから、情けない自分を何度も自覚させられている。

今は...何も考えたくない。

そう思って、ベッドに倒れ込んだ。
窓から差し込む光は眩しくて、自分を笑っているかのように感じてしまうのは、あまりにも自虐的だろうか。

「...大丈夫かい。」

ドアの開いた音に目を向けると、フリードが立っていた。

「...ああ、痛みはだいぶ引いた。」

「早乙女くんだったかな、倒れた君に、彼女がほぼ一晩中君に回復魔法をかけていてね。彼女のおかげで君はかなりの重症からここまで回復することができた。」

早乙女が...か。ここに来てから、迷惑をかけてしかいない。

「...君がここに来て、もう6日。一週間が経とうしている。君の考えは纏まったかい?」

...そうか、明日が期限か。
フリードの問いにすぐに返せないでいる俺を見て、何かを察したのだろうか、フリードは少し話しにくそうに、口を開いた。

「...予定より早く、明日には王が帰還するようだ。王に君のことが耳に入れば、君がどういう扱いを受けるかは、僕にも分からない。」

魔王は絶対悪、それが王宮の共通認識。
王宮全体の認識がそうということは、王の認識も同じようなものなのだろう。
もしかしたら、もっと強いものなのかもしれない。

「...っと、重い話はここまでにしよう。君に話がある子も、来ているようだしね。」

そう言って部屋を去っていくフリード。
閉じられたドアを見つめ、何を言っているんだと思いながら去っていくフリードを見送って数秒後、早乙女がやってきた。

「先輩ッ!」

ドアが壊れるんじゃなかろうかという音を立てて開いた。

「...おはよう、早乙女。」

「おはようじゃないですよ!丸一日寝てて...もう起きないんじゃないかって...」

「心配かけた。もう大丈夫だ。お前が回復魔法をかけてくれたって聞いた。その...ありがとな。」

少し気恥ずかしくなり目を逸らした俺を見て、何かおかしかったのだろう、不安と安堵が入り混じったような早乙女の表情が、少し緩んだのがうかがえた。

「あの後、亜月先輩があの場を収めてくれて...すごいかっこよかったんですよ!」

その時を思い出しているようで、早乙女は亜月の「かっこよさ」とやらを俺に説きだした。

数分語り続ける早乙女を呆れた顔で見る俺。ここに来て数日、激動の日々だったからこそ、地球にいた時の、部活と同じような、何気ない会話に、心が安らいでいた。

「...目、覚めたのね。」

早乙女と何気ない会話をしている時、その声は小さな部屋に朗々と響いた。

「...志波姫。」

腕を組み凛とした姿で、彼女は部屋に入ってきた。彼女を見ていると、自分の弱さを自覚させられるようで、そんな自分が情けなくなってくる。

「ああ、ぱっちりな。」

「...早乙女、だっけ。少し席をあけてくれる?」

「は、はい。」 

志波姫の雰囲気に気圧されたのか、少し怯えたような返事をして部屋から出ていく早乙女。それを見届けた志波姫は、ベットに横たわる俺にを数秒見つめて、


「バッカじゃないの?」

と、一言言い放った。

「....は?」

「バカじゃないの?って言ったの。あんたどういう状態だったかわかってる?見た限りでも骨折は確実、内臓への損傷も甚大。あの子がいなかったら死んでた可能性すらあった。そういう状態だったのよ。」

予想外すぎる発言に、思わず飛び出た声。そんな声を押しつぶすかのように、俺がどういう状況だったかを簡潔に説明された。

...そんな状況だったのか、俺。

「あの時から王宮内はバタバタの大騒ぎ。仮にも勇者の仲間が、同じ勇者の仲間を無能とはいえ殺人未遂。主犯の谷口はとりあえず宿舎の中で謹慎もどきな判決。正式な処罰は明日帰ってくる王様次第、らしいけど。」

さっきから知らない情報がどんどん流れてくる。俺に説明してないこと、多すぎじゃないか?

「...あんた、何したの?」

「...何したって、どういうことだよ。」

「明らかに被害者なあんたが悪っていうのが、だいたいの王宮内の意見よ。ここに来てなんかやらかしたりしてない限り、あんたが責められる言われがないじゃない。」

...誰でも時間をかければ簡単に気付く疑問である。“無能”だからという理由でここまでボコられるような苛烈な世界でない限り、俺の扱いは確かに不当だろう。

「...さあな、わからん。勇者の仲間に対する期待と落胆の結果じゃないか。」

「ふぅん......。ねえ。」

「なんだ。」

俺の返答に全く納得ない様子で、彼女は怪しむように、息を吐く。
少し間を置いて俺に声をかけた彼女に、少し嫌な予感がしつつ、俺はそっけない返事を返した。

「今日の夜、庭に来なさい。命令よ。」


...そう言われた時の俺の顔は、とんでもない間抜け面だったそうだ。







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