先生の全部、俺で埋めてあげる。

咲倉なこ

*21

家に帰ると相変わらず真っ暗で。
電気も付けず着替えもせずにベッドに倒れこむ。

ペンはずっと握ったまま。


くそっ…。


悔しくて、苦しくて。
さっき見た残像だけが鮮明に脳裏に焼き付いている。

先生が腕を絡めにいったあの男性は、普通にちゃんとした大人だった。
背も高くて、スーツもいい感じで着こなしてて。
優しい笑顔で先生に笑いかけていた。

俺から見ても2人はお似合いだった。

最悪。


追いかけなきゃよかった。
もっと一緒にいたいだなんて、欲を出さなければよかった。
そしたら余計なものまで見ずに済んだのに。

俺なんて全然相手にされていないのに。
最初は先生の近くにいれれば、それで良かったはずなのに。
いつのまにか、こんなにも気持ちが大きくなっていたなんて、自分でも驚く。

今更気づいても遅いよ。
バカかよ、俺。


その夜は浅く眠っては起きて繰り返しで、全然寝た感じがしない。
ずっと苦しくて。
空が明るくなってきて、部屋に日が差し込んできても、次の日になった気がしなかった。

朝になっても動く気がしない。
さっきからスマホがうるさく音をたててるけど、全然頭に入ってこない。
自分だけが昨日に取り残された感じだった。


はあ、つら。

先生の彼氏の存在は、自分が思っていた以上にダメージが大きかった。


ベッドの上で相変わらずぼーっと天井を眺めていると、インターフォンが鳴った。
その後すぐにカギをまわす音が聞こえる。

親が帰ってきた?
何故かそう思って、すぐ違うことに気づく。
そっか。
今日は家政婦の今井さんが来る日だった。
重い体を起こして、玄関に向かった。

「あら、夕惺さん。いらしてたんですね」
今井さんには、俺がいない間に掃除やご飯の準備をして欲しいとお願いしてある。
だから、こうやって顔を合わすのはすごく久しぶりだった。

「また時間改めましょうか?」
俺に気を使ってくれたんだろう。
「いいよ、もうすぐ出るから。入って」
お邪魔します、と言って今井さんは靴を脱いだ。

俺は軽くシャワーを浴びて、スマホと財布をポケットに入れ、すぐに家を出た。

外に出て初めてスマホの画面を見る。
友達のグループラインが大量に溜まっていた。
既読にした瞬間、電話が鳴って。
「お前未読無視すんなよなー、今どこ?」
柾木からだった。

「家の近く」
「夏祭り、お前も行くよな?」
「そうだな」
本当は乗り気ではなかったけど、気を紛らわすには丁度いいと思った。
今すぐにでも、頭にこびりついている先生の彼氏の残像を抹消したい。



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