先生の全部、俺で埋めてあげる。

咲倉なこ

*1 初めての感情

俺の通う学校の近くに、図書館がある。
市営の図書館で、学校の近くにあるのに何故か同校の生徒はほとんど来ない。
図書館にいる人それぞれが本を探したり調べ物をしたりと、自分の目的を果たすためにそこにいる。

放課後、俺は一人で考え事をしたい時に、その図書館へ向かう。
今日も少しイライラしていて、適当に本を選んで手に持った。
8人掛けの広いテーブルが4つ並んでいるコーナーがあって、誰も座っていない場所に座って本を開く。

本の内容なんて全然頭に入っていない。
ただなんとなくページをペラペラとめくりながら、今日一日のことを振り返っていた。


「夕惺くん、別れよう」

学校の昼休み。
最近付き合っていた彼女から屋上に呼び出されて、突然別れを告げられた。

「なんで?」
一応理由を聞いてみる。

「だって夕惺くん、私のこと好きじゃないでしょ?」
まゆ毛を下げて悲しげな表情で笑ってる彼女。
その顔を見てると、なんて返事をすればいいか分からなかった。


だって図星だったから。


俺が何も言わないでいると、さっきまで彼女だった女は涙を流した。
自分から別れようって言ったくせに。
泣くのは振られた俺なんじゃないの?
嘘でもそんなことないよ、って言ってあげればよかったのかな。


「分かった。別れよう」


俺はなかなか泣き止まない彼女にハンカチだけ渡して、先に屋上を後にした。
重い扉が、鈍い音を立てて閉まる。

いつだってそうだった。
向こうから告白してきて、振られるのはいつも俺。
まあ、自分でも理由はなんとなく分かっている。

俺は普通の人より冷めているから。
好きという感情がどんなものなのか、いまいちよく分からない。
付き合おうって言われたら、とりあえず付き合ってみるし、好きになる努力もする。
だけど、今まで誰一人として好きになれた事がなかった。


「俺っておかしいのかな」


図書館にいることを忘れて、思わず心の声が出てしまった。
それと同時に、自分の前の席に誰かが座っていることに気づいた。
その人は、俺の声に反応するようにこっちを見る。


───え?


一瞬、自分を取り巻く全ての音が消えた。
図書館だから静かなんだけど、本をめくる音も外から入ってくる風の音も聴こえなくなるぐらい。

目の前に座っていた女性は俺と目があって、ちょっと驚きながらも少し口角を上げて笑った。

───ドクン。

自分の心臓が大きく音を立てる。
この静かな図書館に響き渡ってしまうんじゃないかと思うくらいに。

俺はその時初めて、名前も知らない感情でいっぱいになった。

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